■編集委員会から■


編集にあたって

羽藤 英二 土木学会誌編集委員長、東京大学 教授

 土木学会誌の第一巻第一号には、廣井勇による「海中工事における鉄筋混凝土」の記事がある。廣井勇は札幌農学校から工部省で小樽の築港に尽力した人である。現場で粘り強く研究を繰り返し、北海道の火山灰を使い混凝土強度を向上させ現場工事を成功に導いたその記録が描かれていた。当時、第一次世界大戦下にあり慌ただしくなる国情の中で、土木技術者自身による現場の研究成果報告を中心とした学会誌には、訥々(とつとつ)とした文章の端々に、みずみずしい土木の息吹が感じられる。
土木の原点は現場にある。第一巻発刊後も、関東大震災、戦災復興といったさまざまな苦境の中で、技術者の行動の軌跡を過去の会誌からたどることが出来る。関東大震災における物部長穂の構造物と地盤の固有振動周期を巡る討議や、南海地震津波の詳細かつ網羅的な現地調査に基づく報告は、学会誌を超えて行われている会員の研究活動や、災害において取り組まれている学会調査団の活動へと引き継がれていることは間違いない。学会誌をさかのぼるほどに、現場で数量が丁寧に拾われ、理論化への格闘の跡が土木学会誌の記事の端々にうかがえることも驚嘆に値しよう。
一世紀を経て、学会誌は今何を報じるべきだろうか。最近、感染症の震源地となった武漢で家族を亡くした青年医師がフランシスフクヤマの著作「政治の起源」を抱えていたことがCNNで報じられ話題になった。フクヤマが描いたように、個人の感覚や自意識は肥大化し、映像と切れ切れになった内向きの言葉は、未曾有(みぞう)の感染症と向き合う世界を瞬時に駆け巡り、泡のように離合集散を繰り返しながら、社会を大きく動かそうとしている。学会誌そのものが、現場と社会をつなぐ場所であることは間違いないとしても、今紙媒体に限らずともさまざまな情報を遠隔から得ることは難しくない。ただ、断片的な言葉は思弁を強くする。現場を遠ざけ、実践の契機を弱らせるのも事実ではないだろうか。
感染症による遠隔社会や自動走行技術の到来は、国土の流動を大きく変えていく可能性があるだろう。その一方で、人間には古今東西変わらぬ性質もある。今日もさまざまな人々の思い思いの日々の暮らしが地面の上で営まれていることは間違いない。土木学会初代会長となった古市公威は、会誌第一号において、その挨拶の最後に「人格の高きを得る為には総括的教育を必要とする(中略)会員諸君希くは本会の為に研究の範囲を縦横に拡張せられんことを」と述べた。現場から立ち上がる問題を、さまざまな領域に開いて問いかけ、よりよい理解を得ることが求められているのではないだろうか。そして、人々の日常を支えている土木という仕事は一人では出来ない。現場において土木はいつも試されている。地域の人々と共につくる土木という仕事の現場に立ち返り、新たな仲間と共に学会誌を届けたいと考えている。2年間なにとぞ、よろしくお願いいたします。
© Japan Society of Civil Engineers 土木学会誌編集委員会