2026年4月号 会長インタビュー
カーボンニュートラルでレジリエントな社会へ
―土木分野の取組を見える化し、連携と加速を促す―
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第113代 土木学会 会長
池内 幸司
[聞き手]岩崎 広江 土木学会誌 編集副委員長
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現在、池内会長は会長直轄プロジェクトとして「カーボンニュートラルでレジリエントな社会づくりプロジェクト」を推進している。その背景と概要、進捗状況、当プロジェクトにかける会長の思いなどを聞いた。
学会の総合力を結集し気候変動の緩和策にも取り組む
―まず、「カーボンニュートラルでレジリエントな社会づくりプロジェクト」 をテーマに掲げた背景について教えてください。
池内―私は長年にわたり、水害対策を中心とした防災・減災に携わってきました。気候変動対策は大きく
「緩和策」 と 「適応策」 に分けられますが、これまで私は主として気候変動の適応策に取り組んできたと言えます。
また、約40年にわたり水害対策に携わり、多くの実災害への対応も経験してきました。そうした中で、近年は災害が激甚化・頻発化しており、これまでとは異なるステージに移行しつつあることを強く実感しています。まさに、異常な状態が常態化しつつある―そのような危機感を抱いています。
こうした状況のもとで、適応策の充実に取り組むことはもちろんですが、それだけでは十分ではなく、気候変動の進行そのものを抑える観点から、緩和策にも何らかの形で貢献できないかという思いを次第に強くしてきました。
そのような折に、土木学会会長を拝命しました。私は気候変動の緩和策の専門家ではありませんが、学会が有する幅広い知見と総合力を結集し、緩和策にも正面から取り組む契機をつくりたいと考えました。
そこで、会長プロジェクトとして、気候変動対策、とりわけ緩和策への取組を位置付け、現在、具体的な取組を進めているところです。
| [日 時] 2025年12月24日(水) 土木学会役員会議室にて |
見える化・レジリエンス・制度改革
三つの柱で進めるカーボンニュートラル達成に向けた取組
―プロジェクトでは、どのような課題を取り上げていますか。
池内―この会長プロジェクトを進めるに当たり、会長就任前の次期会長の段階から、企業、行政及び大学等の関係者にヒアリングを行ってきました。その結果、主として三つの課題が明らかとなりました。(以下、カーボンニュートラルを 「CN」 、CN達成に向けた取組を 「CNの取組」 と表記します。)
第一の課題は、各主体が熱心にCNの取組を進めている一方で、それらの取組が個別に進められており、土木分野全体としての状況を俯瞰的 ・体系的に把握しづらいことから、各主体の活動内容や進捗状況の共有・発信が十分に行われていないことです。各所で優れた取組が進められているにもかかわらず、土木分野全体としては 「何が、どのように、どの程度行われているのか」 が分かりにくい状況にあります。
このような俯瞰的な整理の欠如は、主体間の連携不足を招き、取組が相互に結び付かないまま進められる要因となっています。その結果、土木分野全体としての効率的・効果的なCNの取組の展開が困難となり、取組が断片的・局所的なものにとどまり
やすくなっています。
第二の課題は、近年の災害対応を通じて、災害時における電源確保の重要性が一段と高まっていることです。直接の災害による死者に加え、停電等により必要な電源を確保できないことが原因となって健康を害し、命を落とす事例も発生しています。災害時の電源確保は人命を支える基盤であり、非常用電源の確保・運用に関わるCNの取組は、脱炭素化とレジリエンス強化の両立の観点からも重要な課題です。
第三の課題は、先進的・パイロット的な取組が実施されても、普及・定着が進みにくいことです。ヒアリングを通じて、既存の基準・規制・制度・運用等が障壁となり、優れた取組であっても普及・定着に至らない事例が少なからず存在することが明らかとなりました。
―これら三つの課題に対し、どのような取組を実施しているのでしょうか。
池内―本プロジェクトでは、主として次の三点に取り組みます。
第一に、インフラの特質を踏まえた上で、CNの取組を進めるにあたって不可欠な視点を提示するとともに、土木分野におけるCNの取組を俯瞰し、体系的に整理 ・ 取りまとめた上で、取組の 「見える化」 を図り、社会に分かりやすく発信していきたいと考えています。
第二に、災害時の電源確保に資するCNの取組を整理し、取りまとめて発信します。エネルギーの脱炭素化、分散型電源の導入、蓄電システムの整備等の取組は、平時のCNの取組に資するだけでなく、非常時の電源確保を通じて災害対応力の向上にも寄与します。この観点を明確にし、土木分野としての貢献のあり方を示していきたいと考えています。
第三に、CNの取組の推進に当たり、普及・定着に向けて関係者が共通に押さえるべき課題を整理するとともに、普及を阻害している具体的な障壁を明確化し、実効性のある見直しや運用改善の方向性を併せて提示することで、先進的な取組が社会に広がるための環境整備を図っていきたいと考えています。
100年を見据え国土と流域で考えるCNの取組
―「土木学会ならでは」 の視点をどのように盛り込んでいますか。
池内―まず申し上げたいのは、時間軸、すなわち長期的な視点の重要性です。現在、我が国では、2050年のCN達成を目標に、さまざまな取組が進められています。
社会資本の中には、100年以上にわたり利用されてきたものが数多く存在します。橋梁やダムなどはその典型であり、今後も長期にわたって社会を支え続ける存在です。もし2050年という一点にのみ強く焦点を当てて最適化を進めた場合、特定の技術や施設への投資が短期間に集中し、その結果、数十年後に更新や廃棄の時期が一斉に到来するといった事態が生じるおそれがあります。2050年までのCN達成を重視するあまり、かえって長期的な持続性を損なうリスクがあることにも、十分に留意する必要があります。
したがって、人口動態の変化や技術革新の進展といった不確実性を踏まえつつ、2050年にとどまらず、100年程度の時間スパンを意識した長期的な視点に立って、CNの取組を進めることが重要であると考えています。これが第一の視点です。
第二に、空間的な視点の重要性です。現在、国土形成計画やエネルギー基本計画等において、CNの取組の
基本的な方向性や数値目標は示されています。一方で、それらが実際の国土空間の中でどのような姿として実現されるのかについては、必ずしも十分に具体化されているとは言い難い状況にあるのではないかと考えています。
将来の国土利用のあり方を踏まえ、地域ごとのエネルギー需要の見通し、再生可能エネルギー等の供給ポテンシャル、さらに送電系統や促進区域といった制約条件をどのように組み合わせて検討するのかが、重要な課題となっています。そのため、国土スケールにおいて、エネルギー需給、土地利用、インフラ配置を空間上で統合・可視化し、国土全体を俯瞰したグランドデザインを策定するとともに、その実現に向け、関係主体の役割分担と実施手順を明確化した上で、一体的に推進していくことが重要であると考えています。
さらに、空間的な視点として、もう一つ重視したいのが 「流域」 という単位です。私はこれまで河川分野に携わってきたこともあり、物事を考える際に流域というまとまりで捉える視点を大切にしてきました。流域とは、雨が降り、水が集まり、下流へと流れていく地形によって自然に区切られた地理的単位であると同時に、歴史的には水利用や土地利用を通じて人々の暮らしや社会的つながりが形成されてきた、社会としてのまとまりを持つ空間でもあります。
流域というスケールは、広すぎず狭すぎず、市町村単位では解決が難しい課題に対しても、関係者が連携して解決に向けた合意形成を図りやすい単位です。治水、水利用、森林管理などはその典型であり、実際に現在、矢作川・豊川流域において、流域単位でのCNの取組が進められています。こうした実践を通じて、個々の自治体や実施主体では解決が難しかった課題が、流域という単位で連携して取組を進めることで前進する例があることを、私自身も学んできました。
以上を踏まえると、国全体を俯瞰したグランドデザインと、流域単位での最適化という二つの空間的視点を組み合わせることで、より現実的で持続可能なCN社会の姿を描くことができるのではないかと考えています。
多様なCNの取組を五つの領域で俯瞰する
―土木分野の取組は多岐にわたりますが、「俯瞰的な全体像」 をどのような形で示そうとお考えですか。
池内―約1年間にわたり、各分野の関係者の皆さまから、CNの取組についてお話を伺ってまいりました。これらの成果を踏まえ、事務局において議論を重ねた結果、土木分野におけるCNの取組は、大きく分けて次の五つのグループに整理できると考えています。
再生可能エネルギー等の供給・貯蔵・利用
第一のグループは、再生可能エネルギー、水素・アンモニア等、軽油代替燃料、下水汚泥等に由来する未利用エネルギーなどの供給・貯蔵・利用に関する取組です。具体的には、水力発電の更なる活用に加え、水素・アンモニア、バイオ燃料等について、供給から貯蔵、利用までを一体的に進める取組が挙げられます。
エネルギー利用の効率化・省エネ
第二のグループは、エネルギー利用の効率化・省エネの取組です。交通の効率化によるCO2排出削減や、流域単位や街区単位など空間的視点での分野横断的な連携を通じたエネルギー利用の効率化・省エネによるCNの取組の推進などが含まれます。
インフラの整備・維持管理・更新
第三のグループは、建設産業に直結する分野であり、低炭素材料の開発とインフラ整備への導入、建設機械の脱炭素化、インフラの長寿命化など、インフラ整備・維持管理・更新等のライフサイクル全体を通じたCNの取組の推進が挙げられます。
CO2の吸収
第四のグループは、CO2の吸収に関する取組です。ブルーカーボン、CO2を固定するコンクリートの活用、木材利用、地下貯留などを通じて、排出されたCO2を回収し、長期的に固定することによるCNの取組の推進などが含まれます。
災害時のレジリエンス強化につながるCNの取組
第五のグループは、災害時のレジリエンス強化にも資するCNの取組です。これは、前述のCNの取組を基盤としつつ、災害時におけるエネルギー供給の確保という観点から横断的に再整理するものです。地域マイクログリッド等による脱炭素化の推進と、これらを通じた災害時の機能維持・地域レジリエンスの向上などが挙げられます。こうした取組についても、平時と非常時の両面を意識しつつ、横断的な視点で整理していきたいと考えています。
再生可能エネルギー活用強化とライフサイクル全体での排出削減
―土木の施策では今後、どこに注力していくべきでしょうか。
池内―一つは、水力をはじめとする再生可能エネルギー等の更なる活用が重要であると考えています。
水力発電はライフサイクル全体でのCO2排出量が極めて小さく、長期にわたり安定的に低コストで電力を供給できるという利点があります。計画から運転開始まで長期間を要し、初期投資も大きくなりますが、設備の管理・維持にかかるコストが低廉であり、他の再生可能エネルギーと比べて施設・設備の耐用年数が長いという特長があります。また、ダム運用の調整や揚水式発電等による水の位置エネルギーの貯蔵により、出力変動の大きい太陽光・風力の導入拡大に伴う需給調整を支え、電力系統の安定化にも寄与します。
一方で、新規ダム建設は容易でないため、我が国に多数存在する既存ダムについて、その高度利用を図ることが重要な課題となっています。治水・利水・発電で目的別に設定してきた貯水容量について、安全性を確保した上で目的間の調整を行い、より柔軟で効率的な運用を図る余地があります。近年、予測精度の向上が進んでいる降雨予測や流入量予測を活用すれば、治水容量の一部を状況に応じて発電にも充当するなど、ダム運用の高度化が可能となります。
既存インフラを最大限に生かすことは、再生可能エネルギーの安定導入とCNの実現に不可欠な取組であると考えています。
また、インフラの整備・維持管理・更新におけるCNの取組についても、注力していく必要があります。
インフラの整備・維持管理・更新では、建設産業の温室効果ガスの排出が調査・設計から資材調達、建設、使用、解体・撤去等に至るまで、ライフサイクル全体を通じて発生する点を踏まえる必要があります。とりわけ建設前の調査・設計段階の工夫が重要で、この段階の判断は施工方法や使用資材、維持管理・更新の方針を左右し、総排出量への影響が大きいと言えます。省エネルギー設計や長寿命化を見据えた計画により、資材使用量や施工頻度を減らし、温室効果ガスの排出削減が期待されます。
資材調達ではセメントや鉄鋼の製造や輸送で多くのCO2が排出されるため、低炭素材料の導入が有効です。具体例として、中温化アスファルト混合物や低炭素型コンクリート等の活用が挙げられます。
さらに、構造物の耐久性向上や予防保全型の維持管理によりインフラを長寿命化し、更新回数と新規資材投入を抑えることは、長期的な温室効果ガスの排出削減に寄与します。
提言を社会に発信し制度・運用の改善を促す
―会長プロジェクトでの議論を踏まえた 「提言」 は、いつ頃取りまとめる予定ですか。また、その成果を今後どのように生かしていくお考えでしょうか。
池内―現在、関係者へのヒアリングや整理作業を進めており、2026年5月頃を目途に、一定の取りまとめを行う予定です。
取りまとめに当たっては、提言を示すだけでなく、土木分野としてCNの取組の内容を俯瞰的に整理し、全体像を分かりやすく示した上で、対外的な情報発信も行っていくことが重要です。土木分野の取組を 「見える化」 し、社会に伝えることで、関係者の連携と取組の加速にもつなげていきたいと考えています。
整理した成果については、学会内にとどめるのではなく、関係行政機関や関係団体等に対して積極的に提案を行い、制度・運用等の改善につなげていきたいと考えています。特に、既存の基準・規制・制度・運用等が障壁となり、先進的な取組が普及・定着しにくい事例が少なからず存在することが、ヒアリングを通じて明らかになってきました。
すべてを一度に見直すことは現実的ではありませんので、影響が大きく改善効果が見込まれる重点事項に絞り、基準・規制の緩和や制度・運用の改善の方向性を具体的に示すとともに、実現に向けて関係機関への働きかけを行う予定です。これらの取組により、優れた技術や実践の普及を促すとともに、CNの取組とレジリエンス強化の双方に資する環境整備を図っていきたいと考えています。

