2025年10月号 会長インタビュー
―我が国の災害対応力の強化に向けて―
災害対応の全体マネジメントができる人材の育成を
第113代 土木学会 会長
池内 幸司
[聞き手]瀬尾 弘美 土木学会誌 編集副委員長
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災害対応のフェーズは大きく「平時の備え」「災害発生時の応急対応」「復旧・復興」の三つに分けられる。今回は、命を救うために特に重要な発災後72時間における活動――「応急対応」のフェーズを中心に池内会長に話を聞いた。
発災直後の迅速な初動対応の判断が重要
―会長はこれまでどのような災害対応を経験してこられましたか。
池内―地震や火山噴火への対応も経験しましたが、最も多いのは水害対応です。現場での経験もあれば、本省で災害対応に携わったこともあります。主な災害としては、1995年の阪神・淡路大震災、2007年の新潟県中越沖地震、2011年の東日本大震災や紀伊半島大水害、2014年の広島土砂災害や御岳山の噴火、2015年の鬼怒川の水害、2016年の熊本地震などがあります。
1995年の阪神・淡路大震災の際は本省の河川局に在籍しており、後方支援を担いました。
2007年の新潟県中越沖地震の際には、内閣府参事官として、現地の災害対策本部の会議にも出席しました。また、被害の生々しい状況を現地で目の当たりにしました。そこで強く感じたのは、被災した建物と全く被害がなかった建物との差の大きさでした。避難所生活の厳しさは、私の想像を超えていました。特にトイレの問題については、私自身も現地で本当に困りました。阪神・淡路大震災の頃から課題とされていたにもかかわらず、ほとんど改善されていなかったのです。具体的には、トイレの数が不足していたこと、多くの人が使用するため衛生状態が悪化しやすいこと、夜間の照明がないことなどが挙げられます。
2011年の東日本大震災時の対応については、8月号のインタビューでお話ししたとおりです。
同じ年に発生した紀伊半島大水害では、広域にわたって被災したことから、人工衛星の合成開口レーダ画像も活用し、被害状況を把握しました。土砂崩れによって川がせき止められ、巨大な天然ダムがいくつもできました。天然ダムが決壊すると、下流に大きな被害が生ずるおそれがあります。そこで近畿地方整備局では、天然ダムが決壊した場合に重大な土砂災害が想定される区域を関係自治体に通知し、これに基づいて関係自治体から避難指示などが発令されました。
2014年の広島土砂災害の際は、水管理・国土保全局長として国土交通大臣の現地視察に随行しましたが、悲惨な状況を目の当たりにしました。山裾の土砂災害の危険性がある区域にまで市街化が進んでいたため、大きな被害が出たのです。その教訓を踏まえ、土砂災害防止法を改正し、土砂災害警戒区域指定の基礎調査結果を公表することになりました。
同年の御嶽山の噴火では、土曜日で休日でしたが、噴火直後に大臣が本省の災害対策室に来られ、関係者とともに対策会議が開催されました。大臣は、山頂付近に登山客の多い正午頃に噴火したという報道を受けて、大きな被害が出ると判断されました。そのような判断力が重要であり、初動の成否を左右します。
2015年の鬼怒川の水害では、広大な地域が浸水し、多くの住民が孤立しました。大規模水害時における広域避難体制の構築が必要だと痛感しました。
私が国土交通省で最後に関わったのが2016年の熊本地震です。この地震では、発災後直ちに各府省から局長・審議官級の幹部職員9名が現地入りし、「K9」と呼ばれた会議体が結成されました。そして、その場で支援内容を決定できる体制が整い、各省庁が迅速に対応することができました。
[日 時] 2025年6月20日(木) 土木学会役員会議室にて |
防災体制は充実強化されてきたが、いまだ多くの課題も
―これらの災害の教訓から、我が国の防災体制はどこまで改善されたのでしょうか。また何が課題として残って
いますか。
池内―防災対策は着実に充実・強化されてきました。災害教訓を踏まえて災害対策基本法が適宜改正され、応急活動体制も改善されてきました。被災地からの要請を待たずにプッシュ型支援を実施できるようになりました。また、避難情報に関しても改善が進み、より分かりやすく、きめ細やかな情報が提供されるようになりました。
一方で、災害が激甚化・頻発化してきています。原因の一つは、地球温暖化に伴う気候変動です。洪水の発生頻度は、平均気温が2℃上昇すると約2倍に、4℃上昇すると約4倍に増加すると予測されています。また、南海トラフ地震や首都直下地震なども、いつ発生してもおかしくない状況です。
また、地域の防災力は少子高齢化により低下しています。一般の避難所への避難が困難な、医療的ケアが必要な方や要介護の方、障がいのある方などの「要配慮者」が、高齢化の進行に伴って増加しており、地域の防災力は厳しい状況に直面しています。
初動対応と現場体制については、依然として多くの課題があると考えています。例えば、災害対策基本法では市町村が中心的な役割を担うことが基本となっています。しかし、東日本大震災では市町村の対応能力の限界を大幅に超える事態となりました。こうした大規模災害時には、市町村長や職員自身も被災し、庁舎も被災した中で、災害対応に当たらざるを得ませんでした。都道府県においても対応が困難なケースが見られました。こうした教訓から、広域的な防災体制の整備が必要だと考えています。
「孤立集落対策」も重要です。現在、災害時に孤立する可能性のある集落が全国に数多く点在していますが、そうした集落に対する防災対策は十分とは言えません。能登半島地震でも、孤立した集落の通信が途絶し、支援活動に支障をきたしました。
「応急対応」における課題は、能登半島地震においても顕在化しました。地震が日没直前に発生したため、現地の被災状況の把握が遅れ、その結果、初動対応も遅れたように見受けられました。道路が寸断され、多数の集落が孤立しました。孤立した集落では通信が途絶し、衛星電話などの代替手段も十分ではありませんでした。
海上や空からの支援体制に関しても多くの課題があり、必要な支援が現地に届くまでに相当の時間を要しました。
さらに、避難所ではトイレ、水、電源、ベッドなどの確保が遅れ、災害関連死や健康被害への懸念が広がりました。
これらは、過去の災害でも繰り返し指摘されてきた課題です。こうした状況を直視し、真に機能する応急活動体制を構築する必要があります。
防災は市町村や都道府県が主体で、国は自治体からの要請に基づいて動く仕組みになっています。しかし、大規模災害時には、国民の命を守るために、国が災害対応を主導する体制を構築することが必要だと考えています。
情報を見逃さずに被害を想定、即時に初動判断を
―国にはどのような応急対応力が求められるでしょうか。
池内―「命を救うタイムリミットは災害発生後72時間」と言われます。したがって、初動対応は非常に重要です。発災直後、まだ被害情報が十分に得られていない状況においても、被害を想定し、迅速に初動対応の判断を行う必要があります。そして、救助・救援や避難支援のために必要な部隊や物資・資機材を機動的に展開する力が求められます。さらに、関係機関をつなぎ、被災地に寄り添う総合的な調整能力も必要です。
応急対応には費用がかかります。しかし、非常時の資金調達システムが十分には整っていません。例えば、東日本大震災では、仙台空港の排水に必要なポンプ車の燃料費をどう工面するかで、担当者が苦慮する事態がありました。現在も担当者はリスクを負いながら災害対応にあたっていると思います。
災害対応時にどこまで国費で支弁できるのか不明確な場合が少なくありません。市町村長の立場でも、自治体財政の制約から、どこまで予算措置を講じることができるか判断するのは難しいのが現状です。海外では、災害現場における標準化された管理体制(インシデントコマンドシステム)に財務部局が組み込まれている事例があります。日本においても、災害時に柔軟かつ即応的に資金を充当できる制度の整備が必要です。
―発災直後の被害状況の把握や初動対応で、重要な点は何ですか。
池内―災害発生直後は、現地の被害情報がほとんど得られないことが多いです。しかし、現地の被害状況が把握できてから動いたのでは遅すぎます。命を救う72時間を有効に活用するためには、現地の被災情報がほとんど得られていない状況であっても、ハザードの情報や家屋、地形、道路などの状況から被害を想定し、救助・救援部隊を迅速・的確に派遣する必要があります。
例えば、能登半島地震でも、災害発生直後は、現地の詳しい被災情報がほとんど入手できませんでした。その一方で、災害発生直後に得られていた情報としては、「マグニチュード7・6の地震が発生し、震源域が浅いこと」「震度6強以上が多くの箇所で観測され、1・2m 以上の津波も観測されたこと」「古い家屋が多く、家屋倒壊時に見られる土煙がテレビ映像で確認されたこと」「能登地方につながる道路は少なく、災害に対して脆弱な道路区間が多いこと」などが挙げられます。
これらの情報だけでも、多くの家屋倒壊やそれに伴う人的被害の発生、道路の寸断や多くの孤立集落の発生が想定されました。このような想定に基づき、救助・救援部隊の派遣などの初動対応を迅速かつ的確に行うことが求められます。
すなわち、被害の状況が分かってから動くのではなく、被災状況の把握が困難な中でも、迅速かつ的確な初動対応を行う必要があります。また、そのような状況下でも、的確な初動対応の判断ができる人材を育成することが重要です。
海・空からの救助・救援体制の充実・強化
―能登半島地震の話が出ましたが、その応急対応についてどのように評価されますか。
池内―能登半島地震では、道路が寸断され、陸路からのアクセスは困難を極めました。このような脆弱な道路区間が多い地域では、災害時に道路が寸断されることは避けられません。道路啓開は、迅速な復旧・復興を図るためにも非常に重要ですが、初動対応においては道路啓開のみに依存すべきではありません。
また、マグニチュードの大きな地震が発生すると、海岸地形の変化などにより、岸壁が使用できなくなることがあります。したがって、港湾施設に頼らずに接岸可能な揚陸艇などを活用し、海からの救助・救援体制を強化することが望まれます。
能登半島地震では現地の空港が被災したため、ヘリによる救助活動には大きな時間的制約が生じました。このような事態に備え、空からの救助活動を効率的に行えるよう、艦船を基地とするヘリの運用体制の強化も求められます。
海と空からの救助・救援体制を強化し、災害発生時に迅速に展開できるよう備えておくことも重要です。
避難所の生活環境を改善し災害関連死を減らす
―能登半島地震では約230人が亡くなりました。しかし災害関連死はその倍の400人近くに上っています。災害関連死を減らすためにどのような取組が必要でしょうか。
池内―災害関連死を減らすためには、避難所の環境を改善することが不可欠です。避難所に必要なトイレ、水、ベッド、電源、食料などが不足する事態は、いまだに多くの災害で繰り返し発生しています。
各地方公共団体の備蓄だけに頼らず、民間とも連携しつつ、国が物資や資機材を機動的に提供できる仕組みの構築が求められます。例えば、国がブロック圏域単位で物資や資機材を備蓄し、災害時には必要に応じて迅速に提供できる体制を整備することが重要です。
また、要介護者や障がいのある方、乳幼児のいる家庭、医療的ケアが必要な方など、一般の避難所への避難が困難な方も多くいます。能登半島地震でも、避難所に行けず、自宅や車中で過ごす人が多く、その結果、エコノミークラス症候群や災害関連死のリスクが高まりました。
こうしたリスクを軽減するには、福祉避難所の即時開設、医療スタッフの確保、医薬品の備蓄、介護・福祉支援チームの派遣体制の整備が欠かせません。
国が、こうした分野の調整や支援を主導し、要配慮者の命を守る体制の中核を担うことが期待されます。
災害対応のプロ人材育成と災害対応経験のあるOBの力を借りられる制度を
―お話を伺って、誰がどのような判断をいち早く下すかが重要なのだと感じました。的確に災害対応できる人材をどう育成していけばいいのでしょうか。
池内―各現場で指揮を執る専門家は数多くいますが、政府全体の災害対応をマネジメントできる人材は非常に限られています。瞬時に判断して部隊を動かすには、日頃の訓練と災害対応経験の両方が必要です。政府全体でそうした人材を育成する仕組みを構築する必要があります。
まずは、各省庁において、災害対応の経験を有し、災害時に指揮を執れる職員をあらかじめ何人か指名しておき、発災時には、その中から実際に出動可能な者が指揮を執るような仕組みを構築することが望まれます。さらに、省庁横断的に、内閣官房(危機管理担当)や内閣府(防災担当)を経験する機会や、定期的な研修の受講を組み込んだキャリアパスを設け、災害マネジメントを担える人材を計画的に育成していくことも重要です。
加えて、災害対応の経験を有するOBを予備隊員として位置づけ、災害時に現場で応急対応や復旧・復興活動に従事できるようにする制度の整備が求められます。災害対応は危険を伴うため、水防団員と同様に、予備隊員にも一定の補償や身分保障を付与する制度が必要です。また、水防団員は一定の公権力を行使でき、洪水時には通行規制が敷かれた地域でも活動できます。予備隊員にも同様の権限を付与する制度的な裏付けが求められます。
2017年にテキサスで大洪水を引き起こしたハリケーン・ハービーについての調査の一環として、私はテキサス防災会議に出席しました。連邦政府、州、郡、市、民間企業、病院、ボランティア団体などの関係者が一堂に集まり、被害状況や対応状況などについて情報交換を行う場でした。顔を合わせることで横のつながりが生まれ、災害対応資機材の展示会も開かれるなど、一種のフェスティバルのような楽しく活気のある雰囲気が感じられました。
日本でも災害教訓を伝承する活動は行われていますが、つらいことばかりに目を向けていては、なかなか長続きしません。何か楽しめることを取り入れながら、平時から災害対応の経験を語り合い、横のつながりを育んでいくような場を設けることも、人材育成の観点から重要だと考えています。
―ご自身の経験に基づく貴重なお話をありがとうございました。