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第I編 激動の10年を振り返る

第1章 歴代会長が語るこの10年

9.土木技術者の気概の向上と,社会とのコミュニケーションの改善に努める

御巫 清泰 第91代会長
御巫 清泰(みかなぎ きよやす) Kiyoyasu MIKANAGI 第91代会長
 (1934〜) 1958年東京大学工学部土木工学科卒,運輸省へ入り,77年経済企画庁計画官,84年国土庁官房審議官,89年運輸省港湾局長,91年退官.港湾空間高度化センター理事長,ウォーターフロント開発協会会長,96年関西国際空港社長,国際航路会議協会副会長,03年関西空港社長退職.土木学会会長,日本港湾協会会長,04年海外運輸協力協会会長.理事,関西支部長など.

土木技術者の原点を認識

 土木界,土木技術者,土木学会を含めて土木という言葉でくくれば,会長就任時には,それらは非常に逆風の中にあった.社会資本整備がかなり進んだことで,相対的に他の投資需要が大きくなってきた.そうなれば,社会が土木に関して期待するレベルが下がってきてしまうのも,致し方ないことである.そのなかで,我々がどのように行動していくかということが,非常に重要な意味をもってきているのである.
 土木技術者が本来もっていた,社会のため,国のため,人々のため,という原点を,もう一度認識する必要があるのではないか.そういう思いが私の中にあり,それが土木技術者の気概の低下につながっているのではないかという問題意識に結びついていった.
 最初の会長提言特別委員会では,何を取り上げるかいろいろ考えた.当初は,我が国の港湾や空港の発展の経緯や,現状の問題点などを,体系的に調べてお話したほうがいいのかとも思った.しかし,それではありきたりすぎでつまらない.もう少し土木一般であるとか,社会と土木という観点で考えたほうが良いのではないかと思った.いろいろ考えているうちに,土木技術者の気概というものを,どう理解するかというところに問題が絞られてきた.土木学会の向かっている方向と一致するのかわからなかったが,やっていくうちにJSCE2005と方向が同じだということがわかってきた.幸い若い人たちが一生懸命勉強してくれたので,その成果がうまくまとまったと思っている.

京都大学の学生に講義

 会長提言特別委員会の提言をまとめる過程で,大学で若い人たちに直接講義をする機会をもった.京都大学の学生で,土木の学生を中心に,機械や物理の人たちも出席しており,60人くらいの学生に対して,話をさせていただいた.その時同時にアンケート調査を実施した.
 私としては,若い人たちと直接話ができてとても面白かった.後で出席した学生が書いたアンケートも見せてもらったが,総じて評価としては,非常に良かった.関西空港の社長,土木学会の会長というものが何を考えているか,学生が直接話を聞く機会はまずないだろう.そのことは,学生にとっても意味があったようだ.しかし,60枚のうち2,3枚だったが,なかには,ボロクソに言うものもあった.世の中の社長という者は,話が非常に面白いと理解していたのだが,講義を聞いて社長に対するイメージを変えなければいけないと思ったと,厳しいことを書いてきた者もいた.それはそれでなかなか興味深いことではあった.
 土木を志している人たちは,やはり国のため,社会のため,あるいは地域のために役立ちたいという思いが非常に強い.朝日新聞の世論調査では,平々凡々,何もしないのが幸せと考える人が多いとあったが,それとはまったく逆だった.それはとても心強いことだ.さすが,土木なのか,さすが京都大学なのかはわからないが,そういう若者がいてくれるのはうれしいことである.
 私の気持ちとしては,若者は本当に大丈夫なのだろうか,気概は高くあるのだろうかと,ということが一番心配だった.そういう面では,大学生の皆さんの反応に接して,非常に心強かった.

一般社会との相互理解を図る

 会長提言特別委員会で提案を迅速にまとめて,9月の全国大会で講演した.ニーズを直接つかみ,自ら社会のためのソリューションをみつけていくという流れを提案.また国際的な新しい分野もテーマにした.内容が大変わかりやすいと好評だったようだが,提案の中では,JSCE2005と同じように,社会のコミュニケーションがキーワードであった.
 コミュニケーションは非常に重要である.一般社会と我々がコミュニケートしていかなければならないということは,JSCE2005でも主張していることだ.それに対して,土木学会で提案に沿った行動を取ってくれているということで,非常に喜ばしく思っている.
 たとえば,地震の調査,洪水の調査などすぐに対応している.マスメディアも非常に良く取り上げてくれるし,意味があることだと思う.こうしたことは,今後もやっていかなければいけない.
 また,前会長の岸さんが推進されたものだが,Webサイトの活性化委員会をつくり,コミュニケーションのWebサイトを立ち上げた.それらの活性化も非常に重要だと思っている.一般社会と土木学会,あるいは土木学会会員同士が,土木的なもの,土木に関係ないことでも,いつでも対話ができ,相互理解が深まるような仕組みを持たなければいけない.それは地震の調査だったり,シンポジウムの開催だったりというものでもいい.土木技術者は,自分が直接関わるもの以外は,あまりものを言わない.たとえば,自分の弁護であったとしても,チームでやっているからと,個人として発言しない.世間が誤解してもそれを解くための努力に消極的であり,社会とのコミュニケートに弱い部分があり,Webサイトにも出てこない.このままでは折角つくったものも消滅してしまうかもしれない.ぜひ,活性化するための努力を続けて欲しいと思う.
 学生さんと話したときの印象で,この人たちはなんてナイーブなのだろうと感じた.新聞に報道されたことは正しいと思っているのだ.我々なら,そうは思わない.しかし,若い人たちは,新聞,テレビで報道されたことは全部正しいと思っている.
 仕事一筋という言葉がある.これは,高度成長期や,開発途上の段階では,まさにプラスのイメージでとらえられてきた言葉である.今我々もそれをやっている.仕事のほかに,一筋も二筋もある人はあまりいないだろう.しかし,それが行き過ぎると,人のことに無関心,社会に無関心,異文化に無関心ということになってしまう.つねに社会とのコミュニケーションをするための努力を忘れてはいけない.これは,今でも強く思っていることである.

海外との相互認証の実現を目指す

 資格制度,継続教育,国際化に対応したサポート体制なども,重要である.継続教育は,技術者が単に与えられた範囲の仕事が処理できるというのではなく,社会に発信できるようになるという意味で大切である.継続教育は,外とのインタフェースやコミュニケーションのツールを取得する手段として有効である.
 論文の0部門も推進して欲しいもののひとつだ.従来の論文集には入らない,現場の施工記録のような実務的なものは,実務家の非常に大きなノウハウであり,土木学会の中では,ほとんど登場する場面がなくなっている.また,行政の実務家が現場で使っている公共投資論や,実務計画,土木学会の中で教育を議論し発表するツールなどもある.
 昔,私自身「美しい港湾」というタイトルの論文を,論文集に載せたことある.人に言われ書いたもので,実際にそういうものも載っているのだ.0部門をつくり,載せれば,そういった読者も増えていく.ぜひ,考えて欲しい.
 また,国際化の推進ということでは,会長の時にイギリスに行けたのは,とても幸せなことだと思っている.イギリスの学会の方たちが,どういう活動をしているか,どういう状況にあるかがわかったからである.
 問題意識をもてたことで,イギリスとの相互承認の動きにつながった.そのことは絶対,実現させて欲しい.イギリスの土木学会は,立派な建物があり,議員さんと毎月一度昼飯を食べながら,議論をしている.また,学会で議員さんが会議を持っているという.これは,日本では考えられないことだ.
 イギリスの学会と交流は深まったことは,画期的なことだった.さらに交流を進めていけば,大きな意味が出てくるだろう.
 一方,会長として,心配していたのは,会員数のことである.いかに会員数を増やしていくかは,重要な問題である.土木技術者の組織率からいうと,日本は17〜18%.イギリスの組織率は半分を超えており,ほとんどの土木技術者が入っている.日本でも現在の倍の5万人には増やしていきたいというのが,当面の目標である.
 そのときに,イギリスの土木学会と相互承認されていれば,役所にいる人間も海外と付き合うときに,土木学会員でないと話にならないというように,実利が出てくるだろう.
 土木学会の会員であれば,図書館が使えるとか,雑誌がもらえるということも必要かもしれないが,それよりも,会員であれば世間から認められる,あるいは世界から認められるというほうが,メリットは大きいだろう.そのために相互承認や継続教育などが有効である.学会員として直接的なプラスを追う,株主優待的なものはいらない.それよりも技術者としての保証や権威につながることのほうがいい.今後も,様々な工夫をし,土木学会員を増やす仕組みをつくっていって欲しいと思っている.

interviwer:古木 守靖(略史編集委員会委員)
date:2004.9.6,place:土木学会土木会館応接室

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