<< prev.  

第I編 激動の10年を振り返る

第1章 歴代会長が語るこの10年

10.JSCE2000の策定,そして会長施策の長期計画を通じて,技術力の維持と土木技術の社会的評価の向上を目指す

森地 茂 第92代会長
森地 茂(もりち しげる) Shigeru MORICHI 第92代会長
 (1943〜) 工博 フェロー会員 1966年東京大学工学部土木工学科卒,日本国有鉄道に入社,67年東工大助手,助教授,教授を経て,東大教授.04年政策研究大学院大学教授,運輸政策研究所長兼任.この間MIT客員フェロー,フィリピン大学客員教授,東工大・東大名誉教授.交通政策・国土計画を専攻.土木学会論文奨励賞,交通工学研究会論文賞,交通文化賞受賞.交通工学研究会会長,アジア交通学会会長,各種審議会委員など歴任.

企画委員会でJSCE2000を策定

 この10年を振り返ると,社会的には,政権が動き,その後,公共事業批判が強まっていった.その間,省庁再編があり,費用便益分析や,公共事業のプロジェクトの評価をはっきりさせる,あるいは公共事業を削減するという動きが出てくるなど,土木界の激動期でもあった.
 こうした時期98年に,私は企画担当理事に任命された.幹事長の池田駿介東工大先生から,JSCE2000は主として短期のこと.中長期のことも一から考える必要があるという意見をお聞きし,すぐに三木千壽東工大教授,大島一哉建設技研副社長(当時)を中心とするワーキングをつくり,「企画委員会レポート2000−土木界の課題」と目指すべき方向−をまとめた.
 2年間理事を務め,3年目は副会長になった.初年度に,時々の会長は特別プロジェクトとして,会長がリーダーシップを取っていただくターゲットをはっきりさせるべきだという提案を行った.岡田会長からは,費用便益分析やプロジェクト評価などを考えて欲しいという話があり,学術会議と国連大学共同のシンポジウムを開催.諸外国と対比し,日本の諸制度を検討した.その冒頭で話をしたのが,時間管理概念の導入である.橋本政権でもコストダウンの努力がなされたが,時間を短くすることによるコストダウンには関心が示されなかった.当時公共事業は1年間で50兆円,平均的には1事業に10年かかっており,それを1年短くするだけで10%以上数兆円の節約が達成できる,そういった提案をした.日本だけでなく,世界的にも時間管理概念の導入は,極めて限られたものしかなかった.小渕政権の堺屋太一経済企画庁長官時代,経済審議会の地域社会資本部会の部会長の要請を受けた.その時に,時間管理概念を閣議決定して欲しいとお願いし,書かせていただいた.その後,私が関係していた仙台宣言や審議会答申には,すべて入れてもらった.結果的に時間管理概念の導入は確実に一歩進んだだけ,まだ改善余地は大きいと思っている.

技術力の維持が重要なテーマ

 上記企画委員会レポートがスタートだとすると,副会長までの仕上げは,岡村前会長を委員長とする技術者環境委員会であった.入札制度や,人事制度,マニュアルの弊害など,私自身はかなり思いを込めて報告書を作った.作文も大半自分で書いた.公共事業が減り,就職が難しくなると,学生の応募者が少なくなり,土木にいい学生が集まらなくなる.そのことを私自身は危惧していた.戦後,公共事業総額と大学から卒業していく土木技術者数とはほぼ比例して増加してきた.公共事業費はGDP比にして当時約8%.ヨーロッパでは,5〜6%だったのが,3%に落ちていた.日本は,災害が多い国だし,地盤条件の悪いところに密集して住んでいるので,必要な公共事業をやっていこうとするとお金がかかる.GDP比で欧米の3%+1〜2%だとすると,恐らく何年間のうちに当時の水準の4割減くらいになる可能性が大きい.それまでに大学を縮小することが必要になる.一方,少子化で子供の数が30%減少する時,土木工学科卒業生を40%減らすのは無理な値ではない.後追いで不人気分野にするのではなく仕事量の減少前に技術者を減らすことが,その技術力と社会的地位を維持するために必要と考えたのである.
 会長特別プロジェクトとして何をやるかは,悩んだ.最終的に考えたことは2つある.1つは,国内外における技術力を世代を越えて継承・維持するための方策である.国内と海外のワーキングを別にする形にした.技術力の維持について考えたきっかけは,国鉄の民営化のときのことだ.関係者が非常に心を砕いておられ,仕組みをつくられ,議論されていたが,その後,トンネルの崩落などの事故が相次いで起こった.公共事業が縮小し,官民共に研究所を縮小するなかで,技術力の低下が大きな問題になっている.それは,土木だけでなく,国産ロケットの打ち上げ失敗などにも見られるように,電気や機械の分野でも起こっていることである.単なる消費財なら外国のものを買ってくればいいが,土木技術は歴史や文化を理解する日本人が継承していく必要がある.これらは組織内のみならず組織の枠を超えて何とかしなければならない問題である.土木学会としてもどう協力していくかを考えていく必要がある.
 一方,海外については,ODAでこれだけ長い間大量のお金を使っていながら,アジア独特の問題についてのノウハウが,どれくらい蓄積できたか疑問である.もしノウハウや技術力がそれなりに蓄積されたというのであれば,もう少し国際的にも競争力をもっているはずである.日本は人件費が高いとか,一人のエンジニアが持っている能力が細分化されすぎているという意見もある.
 私の見るところ国内外の技術力の維持について,議論はしているが茶のみ話に終わっているきらいがある.具体的に何をどうするかということについて,もっとクリアにして,対応する必要があるのではないだろうか.

技術者の評価の向上を目指す

 技術力の維持と同時に,技術者のレピュテーション,世の中からの評価を高めていくことも重要である.現在はこれがとことん貶められている.評価を高めるために,道路,鉄道,河川等それぞれの技術者が自分たちの仕事の意義を一生懸命宣伝はしてはいるが,それでもなかなか人々の意識にインプットされない.
 本当にその地域のニーズや,困っていることについて土木の範囲を超えても解決をし,その過程で一番頼りになったのは土木技術者だったということになれば,おのずと評価は高まる.そういうことも,考えたほうがいいのではないだろうか.現在もボランティアなどの形で,様々な取り組みを行っている人たちがおり,それは土木技術の存在意義をアピールする意味でも効果がある.それを趣味でやっているというようなとらえ方で足を引っ張るのではなく,背中を押すことを考えないといけない.土木技術者が,その場所にある社会的な問題を解決するエンジニアだと考えれば,地域の産業に貢献することも,教育も,防災意識も,バリアフリーの問題もすべて関係してくる.
 悪いことをしたから評判を戻すというマイナスの話ではなく,21世紀は,土木技術者が社会的ニーズをどれくらい敏感にとらえ,それらに対して自ら勉強をし,問題の解決を図っていく.そういった前向きのルーチンに早く戻るべきなのだ.
 その様な観点から,国民の防災意識を高めていく事を目的とするもう一つの会長特別委員会を組織した.日本は災害多発国であるだけに,ハザードマップの議論が,吉川秀夫先生の発案でスタートしたが,そうしたことが防災意識の向上に十分効果を上げていない.最近でも,仙台の地震で,津波が起こり,大勢の人がなくなった.町の人はみんなNHKのニュースを見てから逃げようと思ったという.洪水や土砂災害についても同様である.国民の防災意識を高めるためには,きちっとしたカリキュラムが必要だ.河川は河川,地震は地震というようにアトランダムに情報を流していたのでは頭に残らない.大学のオムニバスの講義の欠点と同じである.たとえば,小学校の低学年,高学年,中学,社会人とカリキュラムを整理し,継続的に教えていくことが重要だと考えている.現象,外力,予知情報,対策,平常時の準備等整理して.

土木工学の柱は“人間”である

 当初特別委員会のテーマとして取り上げなかったが,土木工学原論も重要なテーマだと思う.土木技術者が皆,何となくこれが土木工学だと思っているのは,土木学会の講演会や,論文集の部門などである.しかし,もう一度原論ということを考えてみると,少なくとも2つのことは入るだろう.1つは“人間”である.われわれの分野が他の工学と色濃く違っているところは“人間”を扱っているということなのである.心理学や社会学,経済学,生理学でも扱っているが,それを我々が使おうと思うと十分ではない.そこで,我々に合った研究をする必要がある.それは交通のモデルであり,景観の話等多くの実績がある.土木工学の柱は人間であり,土木技術者から見た人間という現象の体系を考えていく必要があると考える.
 また,もう1つは,われわれのやっていることは,社会制度や仕組みから見たときにはどうあるべきなのか.そしてわれわれが扱う情報とは何なのかということである.そういったものが土木工学の体系に欠けている.これらをうまく体系化できれば,将来を担う子供たちに土木に対する魅力を,今と違う形でアピールできるかもしれないし,社会の土木に対する見方も変わるかもしれない.それはできる限り早くやったほうがいい.それには個人でやるよりも,学会で取り上げるほうがふさわしい.学会では様々なことに関心を持っている人が多くいるが,それが個人のものになってしまっていて,学問体系にまで発展していない気がする.
 以前,「交通整理制度」を研究対象にし,本を出したが,それも同じ気持ちで,今の制度がどうなっているのかを理解しないと,研究することもわからないではないかと思ったからだ.こうしたことを行うことで,遠回りのようだが,土木に対する社会的な評価や,土木技術者自身の自己改革につながっていくのではないだろうか.

interviewer:高松 正伸(略史編集委員会幹事長)+岡本 直久(略史編集委員会幹事)
date:2004.6.15,place:運輸政策研究所長室

<< prev.