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第I編 激動の10年を振り返る

第1章 歴代会長が語るこの10年

4.プロジェクト評価による信頼の回復と,国際化への対応により,土木の存在感を高める

岡田  宏 第86代会長
岡田  宏(おかだ ひろし) Hiroshi Okada 第86代会長
  (1930〜) 工博 名誉会員 勲二等 1953年東京大学工学部土木卒,日本国有鉄道に入社,建設局長を経て83年常務理事,86年技師長,87年退任,日本鉄道建設公団副総裁,89年日本鉄道建設公団総裁,93年海外鉄道技術協力協会理事長,2000年同最高顧問,土木学会功労賞選考委員会委員長,日本トンネル技術協会会長,中央建設業審議委員会委員,中央環境審議委員会委員などを歴任.

 どんな企画でも僅か1年の間に実るということは有り得ません.その意味では本記事の中である成果のすべてがをあたかも私の努力の結果と受け取られる書き方になっている点は大いに気になります.何年かにわたる歴代会長や多くの関係者の努力の成果であることをご認識ください.

プロジェクト評価の確立を柱に

 会長就任に当たって,まず取り上げたことは,土木技術者としてインフラ整備事業の評価の深度化を図り実施を徹底することでした.土木学会誌の「新会長に聞く」というインタビューでも,プロジェクトの評価を確立し,インフラの整備事業の趣旨や,メリット,コストを明らかにして,社会の理解を深めることの重要性を述べた.当時も今と同様に,公共事業批判が強く,プロジェクトの透明度を高めるためにも,事業評価を実施すべきことを強調した.事業評価の結果が事後において事前の半分になったとしても,なぜそうなったのか原因を明確にして,次のプロジェクト評価に反映させていく.また,中間での評価をし,時にはやめるという勇気を持つことも必要である.そのことは,98年10月5日に神戸で行われた全国大会における特別講演「プロジェクトの評価」でも取り上げた.
 当時,会長提言特別委員会は制度化されていなかったが,プロジェクト評価の委員会を立ち上げていただき,その成果として99年5月20日と21日に,国連大学において土木学会等の主催によるシンポジウムが開催された.初日は,灌漑も交通も共通の立場で議論できるようにしたいということで,農水省の方や大学の先生方を招き,講演をしていただいた.翌日には,イギリスやフランスからの参加者も入り,交通という範囲で各国を横並びにして運輸部門における評価の国際比較が行われた.

土木学会の国際化を目指す

 プロジェクトの評価と並んで,私が力を入れていたのは,土木学会の国際化である.協定学協会の増加については,歴代会長や国際委員会の方々のご努力が実り,会長在任の1年間で,中国土木工程学会,メキシコ土木学会,ロンドンに本拠のあるヨーロッパ土木技術者評議会(European Council of Civil Engineers:ECCE)の3学会と協力協定を結ぶことができた.ECCEは,ヨーロッパの土木学協会の連合体で,ECCEと協定を結ぶことは,これに加盟している個々の学協会と協定を結んだのと同じ効果がある.
 また,土木学会を世界に紹介する英文の広報誌として,以前は「Civil Engineer in Japan」を年1回発行していたが,1999年2月に2月に英文のNews Letterという体裁にして創刊.2003年からは年4回4回発行されるようになり,現在No.14まで出されており,ホームページにも掲載されている.
 土木学会が積極的に関与する国際的な組織として,アジア土木学協会連合協議会(Asian Civil Engineering Coordinating Council:ACECC)の設立も印象深い.日本の土木学会の大勢の方達の並々ならぬご努力により設立された組織であるが,私は設立時の土木学会会長として,理事会の初代議長に選ばれた.ACECCの仕事の一つに,アジア土木技術国際会議(Civil Engineering Conference in Asian Region,:CECAR)を継続的に開催し,アジア地域が抱える土木技術に関する諸問題を討議し多国間連携のもとで解決策を見出すことにある. 1st CECARは1998年2月,アメリカ土木学会(American Society of Civil Engineers:ASCE),フィリピン土木学会(Philippine Institute of Civil Engineers:PICE),土木学会(JSCE)の3学会による共催で,マニラで開催した.以降,3年に1回ということで,2001年4月には,2nd CECARが東京・池袋で,2004年8月15日には,3rd CECARが韓国・ソウルで開催された.
 また,99年9月に広島で開催された全国大会で,英語によるパネルディスカッションを開催した.テーマは「Technical Cooperation in Asia and the Role of Japan」.アジア地域にける土木技術者の協力体制の構築と日本の役割について全員が英語で討論を行い,私が冷汗たらたらChairpersonを務めた.
 日本の土木界は,国内に仕事が山ほどあったため,海外に目が向かなかった.海外の慣れない環境の中で,契約問題などで苦労するよりも国内でやっていたほうが,費用対効果が遥かに良いと言われていた.日本には,本四架橋をはじめ,道路・鉄道やトンネルなど,多くの優れた技術や経験の蓄積がある.しかし,それを外に向かってアピールしないと,誰も認めてはくれない.たとえば,文献の多くは日本語であるため,注目されないし,引用度も低い.
 さらにはISOの動きも看過できない.極端に言えば,ヨーロッパ規格をグローバル・スタンダードにしようという動きとも言える.鉄道の分野でも,高速鉄道,都市鉄道の分野では日本が一番優れていると確信しているが,うかうかしているとヨーロッパ規格が国際規格になり,アジアでもそのまままかり通ってしまう危険がある.そういう面でも国際化は重要な問題である.

定款改正と倫理規定の制定

 制度的な面では,私の任期を通じて文部省(現文部科学省)の指導で定款改正が進行中であった.この際ということで,次期会長を定款上でも明確にすることなどを盛り込み,退任時の総会で文部省に申請する原案について会員の承認を得ることができた.その結果,次期会長は理事として学会運営にも責任を持っていただき, 1年後に会長になるという形が制度化した.
 また,倫理規定については,私が会長になった時点で,骨組みはほとんどできていたが,様々な方から多くの意見があり,私の在任中もたびたび理事会で議論した.幸いにも退任直前の5月の理事会で最終案を決定することが出来た.今,ASECCにおいても,倫理規定の議論を始めたところである.しかし,倫理規定の問題は,各国の事情も絡み,一筋縄ではいかない.たとえば,雇い主に忠実であること,クライアントに忠実であること,自分の良心に忠実であることとの間に葛藤がある場合もある.なかなか難しい問題である.

学会と社会を結ぶ活発な議論に期待

 最近の学会の動きを見ていて,学会に期待したいことは,私が在任中申し上げていたことと余り変わらない.プロジェクトの評価については,ぜひ進めてもらいたいと思う.世間には,非常に感情的な社会資本整備無用論がある.一方では,もっと社会資本を整備しなければいけないという意見もある.そういった両方の意見に,はっきりとした立場を示すためには,プロジェクト評価の精度を高め,社会的に信用を置いてもらえるようにする必要がある.それができるのは,私は土木学会だけだと思っている.ぜひ,土木学会として大きな力点を置いてもらいたい.
 それから,国際化も大きなテーマである.地球全体がどんどん小さくなり,グローバリゼーションが進んでいる.その中で,日本がプレゼンスを示していくためには,ぜひ国際化に対応していって欲しい.これも土木学会の重要な役割である.
 土木技術者の決断力,実行力と言う点では,韓国のソウルで開かれた3rd CECARに出席したが,ソウル市内では堀を埋めて道路にしたものを,原形に復し緑化するというプロジェクトが完成間近である.また,有明海のような干拓事業で,一度締め切ったものを,水質が悪くなったので開け,海水を入れている現地を見てきた.そこには,時代に合わなくなったら戻すという決断力と実行力がある.このままでは,日本は負けるのではないかと危機感を持った.
 公共事業不要論にしてもそうだが,議論はできる限りすべきである.土木学会の窓口としてホームページの意見交換広場があるが,あまり活用されていないように思える.たとえば,田中長野県知事の観念的なダム不要論に対して,科学的な根拠から発言して頂きたいということで,信州大学の長先生にお願いして先生の持論を投稿して頂き,丁々発止の議論を期待していたが,期待外れに終わった.また,道路公団の民営化に関して中村元会長の意見が学会誌に出た際に,これを種に侃々諤々の議論が沸き起こることを期待して,私自身も自分の意見を投書したが,反応が無くて失望した.開かれた土木学会を目指すというのなら,折角岸元会長の提言で設けられた意見交換広場の積極的な活用を考えるべきだと思っている.

interviewer:高松 正伸(略史編集委員会幹事長)+ 堀江 雅直(略史編集委員会幹事)
date:2004.9.3,place:海外鉄道技術協力協会理事長室

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