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第I編 激動の10年を振り返る

第1章 歴代会長が語るこの10年

5.土木技術者の技術レベルを高め,評価し,活用する仕組みとしての技術者認定制度の創設に取り組む

岡村  甫 第87代会長
岡村  甫(おかむら はじめ) Hajime OKAMURA 第87代会長
 (1938〜)工博 名誉会員 1966年東京大学大学院土木工学専攻修了,同年東大講師,68年助教授,82年教授,96年研究科長兼工学部長,98年退官後、高知工科大学副学長をへて2001年学長就任,同年紫綬褒章受章,土木学会賞(5回),吉田賞(3回),02年IABSE Anton Tedesko Medal,03年Swedish Concrete Award受賞,日本学術会議17,18期会員,88年土木学会誌編集委員長, 93年土木学会副会長,99年会長などを歴任.

土木学会で技術者資格を認定

私は1999年から2000年にかけて,学会長を務めました.その間最も力を入れたことは,「土木学会認定技術者資格制度」の創設です.
この制度は,

などが技術士制度とは異なっています.
 この制度の創設に私が力を注いだ主な理由は以下の3つに集約できます.
   1つめは,最先端技術の現場への浸透を速やかにするためです.高度成長期以降に生じた急速な工事量の増加と高度な技術者の不足に対応するために,設計施工等に関するマニュアル化が進み,結果として技術が尊重されない時代が続いてきました.現場においても技術が尊重されない風潮が広がり,新幹線トンネル内でのコンクリート塊落下事故の対応において,それが世間の目にも明らかになりました.土木の技術は日々進歩しており,青函トンネルや本四架橋のように,世界最高水準の工事も行われるようになりました.それにもかかわらず,多くの現場ではそれらの技術が使われていません.多くの現場に最先端の技術を知る技術者が官民ともに不足していることがその大きな理由です.最先端の技術が現場にまで届くためには,現場技術者のレベルを認定し,それを継続的にフォローすることが極めて大切です.
 2つめは,社会に対する土木技術者集団(土木学会)としての責任を明確にすることです.大きなダム工事や青函トンネル,本四架橋のような場合,それぞれの専門家集団はお互いの技術者としての力量を十分知っており,必ずその工事にふさわしい技術者が現場を預かるように配慮されています.ところが,一般の社会にそのことを知らせる術がありませんでした.阪神淡路の大震災鉄道復旧工事の際に,マスコミから「あのような修復方法で大丈夫でしょうか」と聞かれた時に,「この分野での日本最高の技術者が指揮しているのだから,私は心配していません」と答え,記者も納得してくれました.その分野における日本最高の技術者であることを土木学会という組織が認定することの重要性を示す例です.学会が認定した資格によって,工事の重要性に応じて責任ある技術者が従事していることを,一般社会に明示することが重要です.
   3つめは,技術者集団である土木学会会員が互いの技術レベルを保証し,技術者仲間として尊敬しあう仕組みとすることです.2級技術者となることが,土木の技術者集団の一員であることの証になるという考えです.

トータルでプラスになればいい

 学会は,会員であることが会員の利益となり,会員になるモチベーションがある仕組みをもつことが重要です.会員である土木技術者を有効に活用するトータルシステムがあって,初めて技術者集団としての学会の発展があります.世界の中で,その仕組みがない学会は発展していませんが,日本は,そうした仕組みがないにもかかわらず,多くの会員を有する学会が存在している不思議な国です.しかし,各学会の会員数の減少が問題となりはじめ,土木学会も先細りしていく傾向が認められていました.技術者資格制度は,それに対するひとつの解です.
 新しい制度を作り発展させることは容易なことではありません.理事会メンバーに賛同していただくことはもちろん,多くの会員にその趣旨を理解していただくために,すべての支部を訪問し,ご意見を頂くと同時に私の考えを率直に話しました.多くの方々からさまざまなご意見を頂き,また大勢の有力な会員がその創設に参加しました.その結果,2000年度鈴木道雄会長の任期中に,この制度の創設が正式に決まりました.2003年度に「1級および2級技術者資格」の審査がスタートし,システム全体が漸くそろった段階に来ました.その機能が十分に活用できるようになるのも間近です.私は学会長の任期が終了した後も,技術者資格委員会の委員長,次いで顧問として,この制度の発展にかかわり続けています.学会員が協力し継続して育てていくことによって,学会員にもまた一般の社会にとってもトータルでは大きなプラスになる制度となるとし確信しているからです.
 発注者や受注者が,それぞれの責任を明確にするには,この制度を有効に活用していただくことが重要です.そのために,学会としても,資格者の名簿作成やその配布など,やるべきことはまだまだ多いと思っています.

育てるだけでなく還元して欲しい

 土木の世界もゆっくりと変わっているように感じます.一人ひとりの技術者は,強い責任感を持ち,それぞれの任務を忠実に果たしていいます.問題は,システムを変えるということを,どういう観点で行うかです.自分の属している組織の利益と一致する方向にシステムを変えるのは,それぞれの組織で比較的に容易に行えます.ところが,組織の利益に反するが,世の中のためになるという変化に対して,どうするのかが我々土木技術者に問われています.組織本来のミッションに忠実であるという立場に立つことができるのが,真の土木技術者ではないでしょうか.
 四国で暮らし始めて以来,私が主張してきたことは,国土交通省の四国整備局長は少なくとも5年間は同じ人がやるべきだということです.そうすれば,地元の人々も,そのポストのミッションが何かを肌で感じることができます.1年や2年間しかその地位にいない人はお客様に過ぎません.キャリアパスとして多くのポジションを経験することは大切なことでしょうが,その成果を還元するのはその地でのトップのポジションを長く勤めることではないでしょうか.そうできないのが,処遇(人事の停滞)の問題であるとすれば,組織のミッションよりもそれに所属している人の立場を優先する組織であると考えざるを得ません.人を育てると同時に,育てた人材を社会に貢献する仕組みとすることを切に願っています.

20年後の世界を常に思い描く

 私が学生や若い技術者に常に言っていることは,トータルシステム的に考えろということです.20年後に完成する公共事業は,20年後以降に役立つことが重要です.今大いに役に立つ事業が,それが完成する20年後以降に大きく役立つという保証はありません.青函トンネルはその好例です.我々土木技術者は,少なくとも10年後や20年後の世界,日本,そして社会がどうなっているかを,常に勉強し,議論をし,それに対してどうしていくかを考えていく必要があります.道路は今現在必要なものを作る要望は強いのですが,ネットワークが完成した10年,20年後にどのような役割を担うべかをはっきりと提言するのが土木学会の役目かもしれません.東京の人口が増え,地方の人口が減るのが,本当に日本の進むべき方向なのでしょうか.それともその逆がよいのでしょうか.あるべき社会資本整備は描く社会によって,異なってくるはずです.社会資本整備はあくまでも手段であって目的ではありません.
 確実に予測できることは,日本では高齢化と少子化,グローバル化と高度情報化社会の到来です.それらを総合的に考えたとき,我々土木技術者は今何をすべきでしょうか.
 教育に携わるものが,学生が卒業20年後に活躍するための教育とは何かを常に念頭に置く必要があることと同じです.もちろん,いつの時代でも必要な教育はあります.今は重要かもしれないが,20年後には重要でなくなる教育を我々は熱心にやっていないでしょうか.教員自身が身に着けたものを20年後も必要と錯覚してはいないでしょうか.今はそれほど重要ではないが,20年後には重要となるものは何かを,自分自身に常に問うことが大切です.
 私が教育に携わる一人として願うことは,学生一人ひとりが良い人生を送ることに尽きます.工学系の学生の場合は,20年後に活躍できる人間になることが,より良い人生を送る助けになると思っています.

interviewer:篠原  修(略史編集委員会委員長)+ 佐藤 愼司(略史編集委員会委員)
date:2004.8.27,place:土木学会土木会館応接室

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