29学会(43万人会員)会長緊急声明
−我が国の科学・技術の進むべき方向と必要な政策−

「科学・技術による力強い日本を実現するための大学・研究機関の強化と予算措置を求める」

  1. 研究教育予算・投資の維持・改善
  2. 多様な評価・価値観の導入
  3. 女性・若手研究者支援と奨学金の充実
  4. 政策決定への学会からの意見表出

平成22年(2010年)7月30日(金)

新成長戦略(平成22年6月18日閣議決定)が発表され、その中で、強い人材の育成が成長の原動力であり未来への投資である、教育力や研究開発力を世界最高水準にするための効果的投資を拡充する、若年層や知的創造性の育成に大学が重要な役割を担うことが述べられている。一方、財政運営戦略の中期財政フレーム(平成22年6月22日閣議決定)では、国立大学及び大学共同利用機関の運営費交付金、私立大学等の経常費補助、科研費などの政策的経費13兆円を年間1兆円程度削減することとし、年間約8%削減を3年間継続するとしている。さらに、7月27日の閣議決定『平成23年度予算の概算要求組替え基準について〜総予算の組替えで元気な日本を復活させる〜』において、各省の来年度の概算要求を本年度の10%減とすることとしている。これがそのまま適用されるとすれば、国立大学法人等への交付金も私立大学等への補助金も10%の減額を受けることになる。我が国の財政状況を理解するとしても、この二つの相反する政策に戸惑いを持ち、研究・教育の衰退が国の崩壊の決壊口にならないよう29学会(43万人学会委員)会長声明を発するものである。

学会は、国立大学、私立大学、大学共同利用機関等多くのアカデミアを擁している。また、企業会員も産学連携等を通じアカデミアと多様な協力関係を持っている。大学等での研究・教育の衰退・崩壊、人材の枯渇は学会の活動の衰退・崩壊に繋がり、学会が担ってきた我が国の科学・技術の発信、評価、社会還元、普及啓発、情報提供、国際交流、知財の保護などが低下し、国際レベルの専門家集団としての活動が成り立たなくなり、それは我が国の大きな損失となる。機械的一律に政策的経費を大幅に削減することに伴う様々な負の影響は極めて大きくこの状況を看過できない。アカデミアへの政策的経費の削減は、研究と教育の両面を阻害することによって、 長期的な影響を及ぼす。

8%削減の影響は、平成23年度での国立大学運営費交付金927億円の削減、私立大学等経常費補助258億円の削減に相当し、50の国立大学が3年間で消える程の驚くべき削減率を意味する。また、1年目の削減額は東大が消えるに相当し、2年目の削減は京大、阪大が消え、3年目の削減で東北大、九大がほぼ消えるに相当する。日本における科学全分野の基礎研究を支える最大の政府資金である科学研究費補助金に至っては、壊滅的痛手を被る。8%削減により、1年目160億円減でH16年の水準へ低下し、2年目で累計320億円減でH14年に、3年目には累計480億円減でH12年の水準へ戻ってしまう。科学研究は世界的大競争にあり各国が公的投資を増大する中で、日本だけが逆行して10年以上前の水準に戻すことになる。何故みずから落日の道を選ぶのか(Nature誌)。新成長戦略と逆行することは明らかであり、我が国の将来に禍根を残す恐れが強いと言わざるを得ない。

10%減額の場合、大学の収入から、人件費および附属病院の診療経費に必要な経費を除いた総額を教育研究財源とすると、9割を超える大学では10%以上の減となることを意味し、3分の2の大学では減少幅は15%以上になり、20%以上の減になる大学も17大学に達する。また、大学の予算全体に占める教育研究財源は30%未満しか使えない状況にあった38大学が59大学に増え、日本の大学の7割が教育研究機能水準の維持が困難となり、教育研究の改革の余地も奪われてしまう(政府交付金10%減額の影響―試算より)。少ない予算で世界に伍して頑張ってきた大学、特に中小規模の多くの大学を正当な評価議論もなく崩壊させてしまう恐れが強い。

  この削減額を授業料値上げで補うとすると、初年度だけで約6割増となり、3年後には約100万円増と試算され、多くの学生の就学を困難とし、国立大学法人の使命を果たさなくなる。このような大幅な授業料値上げは現状の社会情勢では許される状況にない。むしろ教育の機会均等を奪う負の効果しか生み出さないといえる。

国立大学はこれまで法人化以後、効率的運営を求め830億円もの予算削減に努力してきた。平成15年からの5年間で5%が削減され、その結果、論文被引用数も伸び悩み、論文数も減少し、我が国のプレゼンスが大幅に低下する事態に陥っている。また、大規模な総合大学と中小規模の地方大学との研究・教育環境の格差が大きくなっており、我が国の総合力の低下に繋がる極めて心配な状況となっている。このような状況下、さらに10%X3年の予算削減を行えば大学の崩壊は目に見えている。大学の崩壊は人材育成・教育の衰退・壊滅に通じ、社会、特に産業界の開発力の低下に繋がる。決して国民が望む方向ではないであろう。

科学研究関係予算も大幅縮減により、プロジェクト経費で雇用されている多数の年契約の博士研究員を中心とする若手研究者が失職し、生活のために他の職業に流出せざるを得ない。これまでの人材育成の投資が全て無に帰すばかりか、将来の日本の科学を担う人材を失い、日本の国力に回復不能の大打撃を加えることとなる。これは国家成長とは完全に逆行した政策となる。

このままでは日本における研究の継続性・発展性と日本の国際競争力の優位性に危機感が持たれ、世界的な人材育成・獲得競争時代に日本だけが取り残される恐れが極めて高い。資源・エネルギーに乏しい我が国の将来にとり高い教育と研究能力を持つ若者の育成と教育は至上命題である。一度世界に後れを取り衰退した研究・教育を元に戻すには極めて困難であり、膨大な投資と時間が必要である。

現在、我が国が抱える解決すべき国家課題は、持続可能社会の実現、医療・健康・安全、環境とエネルギー、枯渇資源代替、情報通信システム、共生できる社会基盤、産業・経済・雇用政策、人材確保、国土と地域の再生、自然災害への備えの強化など、解決が困難で複雑・深刻なものが多く、また予測困難な問題も予想され、これらの解決には長期的、多角的視点からの多様な先進的研究が必要である。国際社会の中で我が国の科学・技術全体の中・長期的展望を論ずることなく、科学・技術の発展の歴史と源泉に対する十分な理解なくして、また、これまで大学等が果たしてきた研究・教育への役割と成果を十分に評価討議することなく、財政運営の一側面から一律に研究・教育機関の予算削減を行うべきものではない。科学・技術の発展が我が国の生活の豊かさに貢献することは国民の多くの共通認識となっている。

資源・エネルギーに乏しく、災害多発の我が国が有限の地球上で生き残りをかけ、国際的な大競争時代に勝ち、持続的社会を構築し、また、先進国の中でプレゼンスを高め国際貢献を果たすためには、科学・技術による力強い日本の構築が必須である。新成長戦略、科学技術基本政策策定の基本方針(素案)、及び平成23年度科学・技術重要施策アクション・プランにおいて、世界をリードする科学・技術の持続的な創出、科学・技術・イノベーション政策の一体的推進、人財育成・活躍促進の改革推進が謳われている。科学・技術による力強い日本を実現するための大学・研究機関の強化と予算措置が求められる。

こうした観点から、以下の提言を行い、関係方面に適切なる対応をお願いする次第である。

提言

「科学・技術による力強い日本を実現するための大学・研究機関の強化と予算措置を求める」
  1. 研究教育予算・投資の維持・改善
  2. 多様な評価・価値観の導入
  3. 女性・若手研究者支援と奨学金の充実
  4. 政策決定への学会からの意見表出

菅内閣が、我が国の中・長期的国家戦略としての科学力・技術力強化とそのための若手人材育成強化などの将来への投資の展望に立った予算の策定と、力強い多様な大学・研究機関の強化を実施されることを強く要望します。

問合せ先:社団法人 日本化学会 会長 岩澤 康裕

連絡先: 社団法人 日本化学会 常務理事兼事務局長 川島 信之 
101-8307 東京都千代田区神田駿河台1-5 e-mail: kawashima@chemistry.or.jp
Tel: 03-3292-6161, 6172 Fax: 03-3292-6318

Last Updated:2010/08/02