国際関連小委員会企画:示方書改訂小委員会座談会

はじめに

座談会の様子日本のコンクリート標準示方書は,その前身である1931年制定の「鉄筋コンクリート標準示方書」発刊以来,制定・改訂が繰り返されながら,国内の実務分野で幅広く使用されている.特に,2002年制定版では,仕様規定型から性能照査型へ移行し,大幅な改訂がなされた.それから10年がたち,現在,日本の最新技術が盛り込まれた2012年制定コンクリート標準示方書の改訂作業が進められている.今回の改訂では,前回2007年版の施工編,設計編,維持管理編,ダムコンクリート編に加え,「共通編」という新たな編が制定される予定で,各編の共通事項,さらには,環境への配慮などを組み込むことが議論されている.そこで,2012年Newsletterの新年特集記事として,我が国で最も重要なコンクリート技術基準であるとともに,世界でも有数の水準にある示方書について,2012年改訂の背景や目的,特徴,海外への展開について情報発信するべく,示方書改訂小委員会主要メンバーによる座談会を実施した.

座談会出席者

示方書改訂小委員会;

丸山 久一 小委員長 (長岡技術科学大学)
武若 耕司 共通編主査(鹿児島大学)
前川 宏一 設計編主査(東京大学)
河野 広隆 施工編主査(京都大学)
横田  弘 維持管理編主査(北海道大学)
宇治 公隆 ダムコンクリート編主査(首都大学東京)

司会進行;

信田 佳延 国際関連小委 委員(鹿島)

特集担当;

浅本 晋吾 国際関連小委 委員(埼玉大学)
村田 裕志 国際関連小委 委員(大成建設)

座談内容(発言者敬称略)

今回の座談会は,2012年度版制定にむけて各編どういう改訂をめざしているのか,あるいは示方書としての使い方の想定などを中心にご意見を頂ければと思います.はじめに,示方書とは?ということで,適用範囲,特徴・使い方・使われ方など全体的なお話を丸山委員長からお願いします.

丸山
歴史的なところを振り返ると,最初のコンクリート標準示方書は,設計・施工をひとまとめしていましたが,設計については比較的少なく,施工が中心でした.その後,コンクリート構造物の種類が増え,新たな技術が蓄積され,各編が充実し,現在の形になってきたと思います.このように各編が充実すると,設計編や施工編のみしか参考にしないということにはいかないため,我々としては各編を整理して,示方書全体がどういう構成になってどういう方向を目指しているのかを使用者に示す必要があると思います.そういう意味で,今回新しく制定される共通編で,土木学会コンクリート標準示方書というのはどういった意図で作られているのかについてまとめてもらおうと思っています.また,土木学会の示方書の位置づけとしては,基本的にモデルコードでよいと思います.しかしながら,様々なレベルの技術者に対応するためにも,仕様規定的なところも残すべきですし,標準と言いながらも最先端の技術を整理して提示するのも示方書の役割だと思います.

どうもありがとうございました.続きまして,各編の改訂作業について,まず設計編の主査の前川先生からご紹介ください.

前川
設計編では,前回の改訂で従来の構造性能照査編と耐震性能照査編を併せたものに変わり,性能照査の側面と設計という創造的な側面を併せ持ち,それをサポートする標準編と資料とにまとめるという,前回の方針を引き継ぐ予定です.技術的には,2007年度以降に得られた最新の知見を検証したのちに取り入れ,従来の条項を発展させる予定です.とりわけ,塩分,腐食については様々なケースを包含する形で安全側に設定されてきました.今回の改訂では,セメントの種類,養生,施工条件などの個別状況を踏まえて,設計対応できるように進めていく予定です.収縮,ひび割れ幅等についても,新たな知見があるので,不十分な箇所を強化する方向です.耐力については,部材によっては今までカバーできなかったせん断耐力計算も視野に入れ,既往の式との整合性を強化する予定です.非線形解析についても,技術のレベルが上がり浸透してきたので,平均的な技術者が使える形で強化したいと考えています.また,地震が起きた直後,緊急にすぐに設計し,修復していくためにも,地震直後の復旧設計なども取り入れたいと思っています.

ACIは土木・建築が一緒で,318 Building codeでは設計者向け, 301 building codeでも施工者向けと対象がはっきりしています.コンクリート標準示方書の設計編というのは誰が対象なのでしょうか.

示方書では対象を分けてはいません.例えば,アルカリ骨材反応や収縮の問題は,材料と施工に跨る問題ですし,マスコンクリートのひび割れも,まさに設計・施工に跨るので,対象を分けない方がいいと思います.
丸山
施工者と設計者が設計・施工両方を知っておくという面でも,対象を分けない今の形の方がいいと思います.

続きまして,施工編の主査の河野先生,お願いします.

河野
施工編は,前々回2002年の改訂のときに,全面的に性能照査型に変わったのですが,配合が付録に移ったことによって、現場から「わかりにくい」というご意見を頂きました.そこで,前回2007年版の改訂では,本編で性能照査的に施工できる体系にし,従来の仕様規定の内容は施工標準にまとめることで従来型と同様に使用できるようにしました.また,検査標準も作り,それを独立させ使いやすくもしました.今回の改訂では,施工標準と検査標準だけをA5版にコンパクトにまとめ,現場で持ち出せるものとして出版したいと思っています.また,前々回の改訂では,特殊コンクリートをそれぞれ1章毎性能照査型にまとめましたが,今回の改訂では,各特徴を明確に示して,コンパクトにまとめようと考えています.現場でどの技術者にも使いやすく,迷わないようなものを作るのが理想なのですが,性能照査型と仕様規定型の間に妥協点が必要だと思います.
武若
施工では,コンクリート標準示方書以外にも,様々な指針類が出版されていますから,コンクリート標準示方書にそれらのリファー先を明記して,分かりやすくすれば良いと思います.ただ,その指針類が入手可能であることが大事ですね.古いものを含め,電子情報にして残すべきだと思います.
丸山
そういったものを充実させると,技術者が勉強するうえで,大変役に立つと思いますね.参考となる指針類をすべて示方書に書ききれないので.
河野
分厚くなり過ぎた施工編をスリム化するためにも,電子情報化はいいと思います.

次に,維持管理編の主査の横田先生,お願いします.

横田
維持管理編は,現在,「維持管理」,「劣化機構別維持管理」の2部構成となっていますが,今回の改訂では,「本編」,「標準」,「劣化機構別維持管理」,「事例」の4部構成にしたいと思っています.
維持管理では,構造物の性能をどのように考えるかがポイントで,数字で性能を示せればいいのですが大変難しいので,「みなし性能」でもよいので,管理者が自分の維持管理している構造物の性能を意識できるようにしたいと考えています.また,設計時の性能を維持するため,安全率を付与した形で維持管理上許される性能レベルである「管理限界」という新たな指標を使って,どの段階で補修をすればいいのかについて各劣化機構別維持管理の中で解説したいと思っています.さらに,実務の人がインセンティブを持って維持管理ができるように,予算に応じた維持管理ができるような仕組みを作っていきたいと思っています.劣化機構が明確に特定できなくても,ひび割れ,さび汁等の症状だけからでも対応できるような内容も取り込みたいと思っています.
河野
維持管理は非常に難しく,限られたコストの中,効果的な維持管理を行う必要があり,改訂作業もどうやって現場の本当の意見を取り入れるかが難しいですね.
武若
技術者のレベルアップも重要で,そのレベルアップのために大学の役割も大きいと思います.
前川
維持管理というのは経験が重要なので,シニア技術者の活用も大事で,実際,退職された方から学ぶということを実施している地方自治体もあります.
丸山
補修,補強をやったあとのフォローも大事だと思っていて,失敗例も含めてこれらの情報を整備することが維持管理において大事だと思います.

続いて,ダムコンクリート編主査の宇治先生,お願いします.

宇治
今回の改訂において,ダムコンクリート編の大きな検討項目としては,3つあります.1つは骨材の品質が低下してきているということで,骨材の凍結融解抵抗性を適切に評価できる試験法を検討しています.2つ目はひび割れ指数についてです.一般的なコンクリート構造物で考慮するコンクリートのひび割れに対する考え方をダムに対して適用しても良いのか,という検討です.つまり,現行のダムコンクリート編では,拘束度マトリクス法で温度ひび割れを検討していますが,温度ひび割れ指数法もありますので,現在両者の比較を行なっています.3つ目は,小規模ダムについてです.小規模ダムの建設や再開発が増えていますので,レディミクストコンクリートを使用する場合の留意点をまとめたいと思っています.
ダムコンクリート編では,設計・施工・維持管理の全てを含めています.材料面と施工面ではダムコンクリート編は頼りにされているのですが,設計に関しては河川管理施設等構造令という法令に基づいているので,あまり踏み込めないところがまだあります.
CSGダムについては,2007年版では付録として入れました.なお現在も技術の改良・改善がなされているので,詳細はダム技術センターから発行されている関連図書を見てもらうこととし,今回の改訂においても付録のまま掲載する予定でいます.

海外におけるダムコンクリート編の適用については,如何お考えでしょうか.

台形CSGダムは,日本が積極的に取り組んでいる技術で,大いに期待されます.なお,全般的に,日本の安全率が海外の基準から見ると高い感があり,その妥当性の検討も必要だと思っています.また,これまでにも,温度解析を含め,設計,施工に関する多くの経験や実績がありますので,開発途上国に日本の技術を紹介できればと思っています.

それでは,最後に,新たに制定される共通編の主査である武若先生,お願いします.

武若
それでは,まず,なぜ共通編という新たな編を作成することになったかの経緯についてご説明します.2007年度制定示方書には,示方書としては初めて,各編共通の前書きが掲載されています.その中では,コンクリート標準示方書の体系の基本的な考え方,責任技術者の役割と配置,そして構造物の信頼性確保の仕組みについての説明があり,各編の役割,構成についてまとめられました.その一方で,示方書の内容が多く専門的になり,しかも各編に分かれているので見づらくなったという意見もありました.このため,示方書の構成を明確にするとともに,全編に共通する内容についてもまとめた編を作ってはどうだろうかという話が出て,共通編の作成に取り組むことになったと認識しています.
そこで,共通編では,先ず,前回の示方書の前書きに相当する部分を参考として,コンクリート標準示方書の役割と体系をまとめ,また,信頼性ある構造物実現のための技術者の役割,設計・施工・維持管理の連携について明確にしようと思っています.さらに,現在示方書では言及されていない環境影響の問題も,設計から施工,維持管理までのすべての行為の中で関連しますので,取り扱いの難しい問題ではありますが,共通編でその考え方を示そうと取組んでいます.例えば,『設計は,耐荷性や耐久性等の要求性能を満足させることを制約条件とし,経済性や環境影響等の目的関数が最適化できるように,使用材料や構造形式等の設計変数を決める行為である』ということをベースとして,環境影響の問題に対する示方書での考え方を議論しています.
丸山
海外の方で,高強度コンクリートを作ることで高耐久性にし,環境を配慮しているとおっしゃっている方がいました.資源を余計に使わなくなるように,耐久性の高いものを作るという見方で環境を考えると,今まで我々がやってきたことの一部は環境を配慮しているとも考えられます.
前川
材料の量(セメント量)で,CO2排出量が決まるというのを聞いたことがありまして,そうであれば,結局経済性と環境が等価になるという考え方もあります.
河野
示方書はきちんとした構造物を作るというのが前提の上で,経済的に構造物を作るという体系であり、CO2排出量も設定した値をクリアするというよりはなるべく低くするという考え方でよいのではないでしょうか.
宇治
構造物の安全性,使用性が優先されるべきで,環境への配慮は対等というわけではなく,優先順位的なところも示されるといいと思います.

続きまして,今回の改訂において,各編の連携の強化について意見を頂けますでしょうか.

前川
維持管理編と設計編の連携を強化する必要があります.例えば劣化したコンクリート構造物の構造性能評価には,設計,維持管理双方が関わります.そこで,設計編と維持管理編は,共通委員会を数回やっていて,非常に実り多い議論がなされています.設計の意に反してひび割れや腐食などが起こった場合は,技術的に設計,維持管理双方に跨る話ですので,まだ研究を進めなければいけないところもありますが,できる範囲で設計編と維持管理編で案を出して,連携を強化したいと思っています.
また,熱応力に関しては、ダムコンクリート編とも連携して,JCIなどの検証データのもと,数値など目に見える形で熱応力を再設定したいと思っています.
構造計画については,共通編と設計編で2段階にまとめれば,分かりやすくなると思います.共通編は,構造形式などを含めた全体の計画,詳細計画については設計編で書くという形です.
武若
共通編では,各編の連携の話を書いておく必要があると思います.構造物の計画から,設計,施工,維持管理までの一連のストーリーを,共通編で概略だけでもいいから明示することを考えています.そういった意味でも,技術者は,示方書を利用するにあたり,まずは共通編を見てほしいと思っていて,共通編を見れば,全体の流れが分かるようなものにしたいと思います.

では,最後に,丸山先生から,コンクリート標準示方書の海外展開や今後の予定,そして今回の座談会についての総括をお願いします.

丸山
はい.コンクリート標準示方書を海外で使ってもらうための策は難しいところですね.ただ,日本の技術力は海外で信用されています.技術力の高さで信用を得ることも大事だと思いました.信用は得られていますが,コンクリート標準示方書が使用されるようになるまではまだ時間がかかりそうです.時間はかかるけど,今まで我々がやってきた示方書の英語化を引き続きやっていくことで,徐々に浸透していくのではないかと期待しています.
今後のコンクリート標準示方書の展開については,できる範囲で適用範囲を拡げていきたいと考えています.今後も,アンケートなどを通じて,より良いものを目指して改訂していき,信用できる新たな技術については確実に取り込んでいきたいと思います.2012年度版の示方書は,2013年3月までに出版することを目標にしています.3月末に東京で講習会を開催したいですね.
今回の座談会でも話題に挙がりましたが,DVDなどによる電子化も進めていき,必要な情報に簡単にアクセスできるようにしたいと思います.特に,改訂資料は電子版で充実させ,どういう経緯で改訂がなされてきているのかを引き継いでいけるようにすれば,今後の改訂作業においても役立つと思っています.

皆様,ありがとうございました.





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