Civil Engineering Design Prize 2004, JSCE
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序文
景観法時代の土木デザイン

篠原 修(東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授)
景観・デザイン委員会委員長
「政策大綱」が要請するもの

2004年6月に「景観法」が公布され、12月には一部を除いて施行となった。周知のように、この景観法成立の引金となったのは、2003年7月に出された国土交通省の「美しい国づくり政策大綱」である。公共事業や景観施策が全面的に変革されようとする現在、政策大綱と景観法が土木デザインに何を要請しようとしているのか、その方向性を見定めておくことは個別、具体のデザインに劣らぬ重要事のように思われる。
 従来の効率やコストに偏した反省を素直に表明して、政策大綱は美しさを公共事業の内部目的に据えることを宣言した。まさに土木デザインを主役に、という宣言であると受け取ってよい。そしてその要請は、2001年度発足の当デザイン賞の審査基準そのものだと考えてよい。即ち、長年の風雪に耐えてストックとなって残るもの、地域の人々に愛され、郷土愛を育むもの、周囲の風景に違和感なく融け込んで風景に一層の魅力を添えるもの等である。対象が川であれ、橋であれ、構造物・施設として立派にデザインされ、且つより上位の風景形成を担う、それが政策大綱の要請するものであり、当デザイン賞が求める土木デザインである。

「景観法」が要請するもの

景観法は、それを額面通りに受け止めれば、より高度な内容を土木デザインに要請していると見なければならない。法の一つの柱である諸開発、改変行為の規制、コントロールはさておくことにしても、それは個別の構造物、施設のデザイン水準以上内容を求めているからである。即ち、ある一定の広がりの内での風景の総合性を求める。それが景観法の最も重要な核心部分である。
 従ってこの要請に応える為には、複数の事業主体の関与する行為を、空間的に統合化する、つまりデザイン以前のプランニング、住民をも含んでコーディネートする機能が不可欠となることを意味する。別の言い方をするなら、プランニング、コーディネーション、デザインが三位一体とならねばならぬことを意味している。更には時間軸に沿った諸行為にデザイン上の一貫性をも要請していると見なければならない。
 この要請は、土木デザインに携わるエンジニア、デザイナーに必然の方向として都市計画、建築、造園、工業意匠、更には歴史家等とのコラボレーションを要求しているのである。土木村を脱して、いやその分村たる道路集落、鉄道、河川、港湾等の集落をまず脱して、広く他の専門家と付き合うことを求めているのである。
 幸いなことに、この景観法の要請をあたかも以前から知っていたかのようなトータリティを目指す応募が増加しつつある。時流に阿るのではなく、時流を先取りするかのような動きを実感させる今回の応募、受賞作品であった。選考に関与された諸兄、応募された諸兄とともにこれを素直に喜びたい。これが景観法の求めるプロジェクトではありませんかと言いつつ。

総評
杉山和雄 内藤 廣(東京大学大学院 工学系研究科社会基盤学専攻 教授)
景観・デザイン委員会 デザイン賞選考小委員会委員長
土木デザイン賞は、今期で4年目を迎えました。この間、賞を授与された作品は50点、その内最優秀賞は14点、特別賞が1点になります。今年は応募数が伸び悩み、内容を心配したのですが杷憂でした。例年よりややおとなしい印象はありましたが、なかなかのつわものぞろいだったと思います。毎回感じることなのですが、土木学会デザイン賞は異種格闘技です。それが審査の難しさにつながっています。委員長としては、ひろくさまざまな分野の作品が残るのが望ましいと思っていますが、なかなかそうはなりません。
応募作は、橋、川、ダム、広場、公園、駅など、多種多様です。これだけ違う種類のものを優劣をつけて評価するのは、本来、不可能なことです。それぞれ異なる事情と背景を抱えて実現に至っているからです。しかし、そこのところを扱うのがこの賞の特徴ともいえます。実際、審査を進めていくと、まったく異なる種類の作品の間でも、優劣を決めていく暗黙の了解のようなものが審査員の中に生まれてくるのが分ります。最後は「偉大なる常識」のようなものが共有され、それが審査の見えない物差しになっていきます。審査が進むとともに審査員も進化するのです。それが面白いところですし、集団で審査に当たる意義とも言えます。審査結果は、審査員全員の暗黙知が土台となっている事を申し上げておきたいと思います。
今年の応募作の特徴は、市民が参加したものが増えたことです。例年通り、行政が主導したプロジェクトに優れた設計者が参画した作品がほとんどでしたが、これまで傍役だった市民の側が主体的に動いて完成させたものが目立ったのが、今年の大きな特徴だったといえます。景観デザインという異種格闘技に、新たなジャンルが加わったということが出来るかも知れません。技術的な整合性を土台として、それをどのように高いレベルでリファインするかが景観デザインの基本的な取り組み方です。一方市民参加の場合は、技術よりは社会的な枠組みや合意を如何にして具体化するかに比重が移ります。ここで現れてくるのは、サプライサイドではなくディマンドサイドの景観デザインです。
一昨年は「美しい国づくり政策大綱」、昨年は「景観法」と、行政の側も、また、それを享受する市民の側も、公共空間の景観デザインに関心を寄せるようになってきています。この大きな流れは、今後ますます加速していくものと思われます。一方、景観法でうたわれているより良い環境は、「誰が考え」「誰が創る」のかということが問題になってきます。いくら議論を重ねても、いくら司法や制度が完備しても、いくら市民運動が盛り上がっても、最後は創り手の良心や無償の努力に委ねられるのです。したがってこれからは、どのくらい優れた設計者やデザイナーを我が国が牛み出すことが出来るかが問われるのです。土木学会デザイン賞は、志ある良き創り手を励まし、その良心にエールを送る催しです。
審査委員長を仰せつかったこともあって、幾つかの賞について調べてみました。その結果、分かったことがあります。「賞は育てるもの」ということです。どのような賞でも、出来た時は物珍しさも手伝って関心を集めますが、数年もすると取り巻く周囲の空気も弛みがちになります。応募数も減り、内容も先鋭的なものは少なくなっていきます。現在の土木学会デザイン賞は、その時期にさしかかりつつあるのではないかと思います。過去の例を見ると、この時期を乗り切れば賞は自然と育っていきます。主宰する側としては、今が正念場でしょう。もちろん、景観デザインに関心のあるすべての人達にとっても正念場であることは言うまでもありません。賞はその分野の重要なメディアであり、関心を持つ人達にとっては数少ないコミュニケーションの手段であることを御理解いただき、この賞を育てていただくことをお願いいたします。
選考を終えて
石川忠晴 選考を終えて

石川忠晴(東京工業大学大学院 教授)
河川に関わる作品として10件の応募があり、そのうち、自然外力に曝される空間における「機能設計」と「景観設計」の兼ね合いが重要な対象物が5件含まれていたが、優秀賞の対象となった作品が1件しかなかったことは誠に残念である。この種の作品は、機能設計が先に行なわれ景観設計が後になされるため、構造物の骨格は前者に規定される。また景観評価ではどうしても表面の見栄え(スキン・デザイン?)が重視されるが、この点においても種々の制約を受けざるを得ない。これらは本格的土木構造物に対する現行の設計手順のもとでは避けがたいことであり、自然外力と無縁な空間の設計と比較して、不利になる点は否めない。
しかし、機能設計と景観設計が同列でないとしても、景観設計を可能な限り早期に行ない、全体設計に反映していくことは可能であろう。この種の設計で唯一受賞対象となった「阿武隈川渡利地区水辺空間整備」はそのような例である。ここでは、河川高水敷の機能の一部として、散策者の視点が予め組み込まれており、また自然外力への設計時の対処と出水後の対応方法なども想定されている。この区域が湾曲部内岸側の比較的安全な河道部分に位置している点を割り引いても、その新しい手法の導入は価値あるものである。
土木構造物の景観評価には3つの視点がある。一つは景観設計のプロの視点であり、一つは構造物設計のプロの視点であり、一つは一般市民の視点である。本審査は一番目の視点で行なわれ、二番目の視点が加味されるが、最終的に意味を持つのは、三番目の視点である。土木構造物が一般市民の評価を受けるためには、単なる見栄えのアピールではなく、その構造物の持つ機能をアピールし、構造物の骨格の必然性の理解を経た上で景観を楽しんでもらうことであろう。本イベントの一つの目的は、そのような過程を通して土木構造物に対する一般の理解を得ていくことだが、2年間委員を引き受けて感じたことは、本格的な河川構造物は、やはり「不利」だなということである。
石橋忠良 2回目の選考委員をしてみて

石橋 忠良(東日本旅客鉄道(株)構造技術センター所長)
2回目の選考委員である。昨年も現地調査が大変と思ったが、今年も大変であった。担当作品が知らされ、ちょうど見に行こうとしていたら、新潟県中越地震が起り、その復旧で忙しく、現地の調査はそのため予定していた紅葉の時期ではなく、雪景色、冬景色の時期になってしまった。見た作品の中には、優秀賞に選ばれたものも、選ばれなかったものもあるが、橋そのものは細部までていねいに気を配り作っているものがほとんどであった。選ばれるかどうかは、周辺の景観とどう関係しているかの印象で決まってくるのだと感じた。橋単体で見れば、ほとんど欠点がなくても、周辺との対比の中でよく見えたり、そうでなかったりするものだとの感を強くうけた。
現地で実物を見るというこの方式は労力や費用面で大変だが実に大切なことだとの認識も新たにした。写真や書類で見るのと、現地では多くの場合印象が異なることが多いからである。ほかの多くの作品賞が、写真と書類とプレゼンテーションで選ばれてきているが、この選考の方式は大切にしていってほしい。
今回の応募作品には昨年に比べて、橋が減り、都市内の小河川などの応募が増え、対象範囲が膨らみ、賞に対する認知度が進んだのかと感じた。異なるジャンルのものを一緒にしての選考であるので、専門外の分野については主観での評価となるので、妥当な評価ができたのかは疑問だが、そのために異なる分野の委員がいるのだと割り切ることにした。
供用している作品が応募資格ということなので、供用しているものがある程度応募が終わると、この賞への応募がだんだん減るのではないかと気になっている。対象範囲の拡大と、埋もれているものの掘り起しをすることも必要かと思われる。
加藤源 住民参加の土木施設のデザイン

加藤 源((株)日本都市総合研究所 代表)
景観法第六条に住艮の責務として「住民は、…良好な景観の形成に関する理解を深め、良好な景観の形成に積極的な役割を果たすよう務めるとともに、…施策に協力しなければならない。」とある。景観の形成には住民の係わりは不可欠であり、近年まちづくり一般に係わる住民参加の活発化とともに、景観形成への住民の参加も広がりつつある。
こうした中で今年度は最優秀賞に2つの作品が選ばれたが、そのいずれもが住民がそのデザインや施設の管理、運営に積極的に係わった作品である。土木施設のデザインは、道路や橋、ダムや河川に代表されるように、その特性から多くが行政やデザイナーのみによって進められ、住民が係わる場面は極めて限られている。本デザイン賞で過去に優秀賞、最優秀賞に選ばれた作品を今改めて見直してみると、殆ど住民の参加があったと思われるものはなく、あるいは皆無と言って良い状況にある。
2つの作品は、一つは公園で、もう一つは市街地内の小河川であり、いずれもが住民が参加し易い、あるいは住民の参加が必ず求められると言っても良い施設である。その意味では他の土木施設に比して趣が異なるが、上述のように景観形成への住民の参加が広がりつつある今日、多くの土木施設についても住民参加が求められるケースも増えてくるものと思われる。国土交通省が係わって毎年顕彰している「都市景観賞」は、最近では景観形成やその管理等の過程における住民参加に着目して評価している。土木施設のデザインの進め方、また本デザイン賞の審査における審査の方法、審査体制が問われようとしている。
川崎雅史 「土木のデザイン」の意味の拡大

佐々木 葉(早稲田大学 教授)
ある言葉をより多くの議論の俎上にのせることで、その言葉の示す事象の意味は広がり、成熟する。「土木のデザイン」も例外ではない。
はじめはやはり橋である。姿形の選択肢が多く、造形、構造、空間の工夫の跡が直接結果になりやすく、デザインという語の最も素直な意味に沿うから。しかしそうした工夫の跡よりも、ここにこういうスペックの橋を架けようというプロジェクト企画による勝利、といった橋が今年も受賞した。一方、工夫の痕跡は賞賛に値するが、そもそもここにそんな橋が必要か、という作品の受賞もやはりある。議論は分かれたままである。しかしこれによって「土木のデザイン」の次元の違いがより強調された。
橋とは対照的な「土木のデザイン」が川である。今回受賞した阿武隈川は実は初回には落選している。現地審査を行った時には洪水の影響も受けて、この作品の命である微妙なアースワークが甚だしく損なわれていたためである。しかしこの作品は、流水や植生の影響をうけて時間のなかで変化しつづける姿形に時折手を入れて一定の質を保つプロセスヘと成長した。とは言えこの作品は徹底的に姿形の質にこだわっている。つまり様態とその生成のシステムは橋とは大きく異なるが、デザインマインドは共通する。源兵衛川もその点は同種と見る。
一方、川が決め手である児ノロ公園はまた異なるメッセージを発する。近自然河川工法に熟達した人々の手になる仕事故、あるべき川としての姿形、手の入れようにぬかりはなく、完成度は高い。美意識もおそらくある。それ故にこの街中の自然再生プロジェクトには、単なるエコ志向を超えたアバンギャルドな匂いがする。「土木のデザイン」の批評性を私は感じる。
あるいは、駅前広場のデザインでは、権利と利害と時間の調整がそのまま空間と物のおさまりとなり、不特定多数の利用者の軌跡に世相が表出する。それらすべてをおおらかかつ厳密にまとめる行為がデザインとなる。その評価軸を私はまだ見出せなかった。
このようにデザインを評価する議論の蓄積が、デザインそのものを拡大していく。継続が必要である。
齋藤潮 幅があるからおもしろい土木デザイン

樋口 明彦(九州大学大学院 助教授)
今回初めて選考委員をさせていただきました。選考プロセスを振り返って感じたことをいくつか述べてみます。
まず作品全体について。言うまでも無く土木のフィールドは広く、今回寄せられた作品も多種多様。それらに甲乙をつけるのはとても難しく、自分の力量が問われる大変な仕事でした。そんな中、それぞれに力の入った各作品を横並びにしてみると、そこに土木デザインをどう捉えるかについて「揺れ(迷い)」のようなものがあるのを感じました。今がまだ過渡期・試行錯誤期だからということなのでしょうか。選ぶ我々の側にももちろんこの「揺れ」は存在しているのですが、「土木のデザインとはかくあるべし」と無理やり「揺れ」をなくしてしまうのでは、こうした賞を実施している意味がない。この賞のような機会を通じて土木デザインの本質についての議論がオープンにおこなわれ、その結果として「揺れ」が次第に「幅(余裕)」へと変わっていければ、土木デザインも奥行きのあるものになるのだろうと感じました。
次に、選に漏れた多くの作品について。きつい言い方ですが、選ばれた作品とそうでなかった作品との間で、評価が紙一重の差というものはあまりありませんでした。選ばれた作品には、プレゼンテーションの上手下手などとは別次元の他にない強い何かががあり、選に漏れたものにはそれなりの問題があった。その違いがどのようなものであったのかを、この作品選集をご覧いただき読み取っていただければと思います。
最後は、市民参加型の作品「児ノロ公園」が初めて最優秀賞に選出されたこと。デザイン賞の対象としては地味な作品なようにも見えますが、そこには明確なデザイン意図と様々な工夫、環境への配慮、そして時間の持つ力への洞察があります。そして市民が維持管理だけでなく企画・設計・施工のプロセスでも中心的な役割を担っています。土木の分野で市民参加は未だ消化不良のフィールドですが、今後こうした作品が多数寄せられることを期待したいと思います。
内藤廣 時間の経過が作る景観デザインの評価は?

宮沢 功(株式会社 GK設計 取締役社長)
私は、ストリートファニチャやサイン等、道具の視点から景観デザインに関わっている。土木構造物の景観デザインは、街の景観形成からも重要なものだとの認識はあったが、土木学会の景観・デザイン委員会、デザイン賞の選考委員のお誘いを受けた時はとても荷が重すぎると思った。しかし、土木を専門としない工業デザインからの景観デザインの評価も必要ではないかと思いお引き受けした。それにしても初めてであることと、異なる専門分野の審査会でかなり緊張して審査に参加した。
私は主に、景観を構成する要素のデザイン、要素相互の関係による景観的整合性、ヒューマンスケ一ルから見たデザインの美しさと言う評価軸で審査した。作品は、橋梁やダム、道路、トンネル以外に街路や、駅前広場等の街並関連の作品をもう少し期待したが少々期待外れであった。
選考の中で感じたことであるが、2年以上経過したものが対象となっているが、橋梁やダム等の建設主体、管理主体が限られているような対象と、駅、及び駅前広場のように建設主体、管理主体が複数で、竣工後、様々な要因により計画当時からの状況が変化するような場合、審査時点での景観をどのように判断するか難しさを感じた。土木構造物による景観は10年、20年、50年と時間の経過が前提となる。この場合、素材や構造物の経年変化、そして管理者の考えによる新たな要素の付加や利用者の評価等、時間とともに変化する要因、特にデザイナーが関与できない要因による変化をどのように評価するか難しいところである。
最優秀賞となった2点は両方とも水辺の自然景観が対象で、行政、計画者、設計者、住民を含めた運営、管理する仕組みとその結果出来上がった美しい景観が評価されたが、適切な景観デザインコンセプトを基本として、皆で作り上げるという景観デザイン本来の在り方を示唆している。複数の事業者、管理者、利用者が関わる街づくりの景観デザインでも、このような手法が出来ることを期待したいものである。
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