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石田東生委員長所信 2008年11月2日(第38回土木計画学研究発表会(和歌山)) 土木計画学研究委員会の活動は,土木学会の数ある調査研究委員会の中で, もっとも規模が大きく,アクティビティレベルも最上級だと考えています. 研究対象とする領域の広がりと研究方法の多様性は,土木計画学を一言で説 明することが困難なくらいです.研究成果のアウトプットに関しても,年に 2回の研究発表会の参加者数や発表論文数,査読付き論文の査読レベルの高 さや論文数,多くの小委員会の活発な研究・調査活動,そしてこれらが研究 発表会でワンデイセミナーやシンポジウムで報告され,共有化されています. これらのどれを見ても,他の調査研究委員会に引けをとらないだろうと思い ます.土木学会外の研究活動と比較しても,われわれはもっとも活発な研究 を展開しているグループであるといっても,決して過言ではないと思います. しかし,われわれの研究活動の社会的認知度はそれほど高くないという印 象を持つのは,私一人ではないと思います.学会活動の高いレベルと,本来, 土木計画学の直接の働きかけの対象である社会・地域からの必ずしも高くは ない認知レベルとの差はどこから来るのでしょうか.学会活動の評価は,調 査研究のインプット指標(すなわち,土木計画学研究分野の研究者数や学生 数など)やアウトプット指標(すなわち,研究論文数やイベントの数)によ るもので,「社会的共通資本の整備と維持を通してより良い社会・地域の維 持形成に貢献すること」という私なりの土木計画学の本来の目的と価値から みた指標によるものではではないからかもしれません.そもそも,土木計画 学といった場合に,「土木計画学とはいったい何であるか」という具体的イ メージが社会に形成されているのでしょうか. 今年は素粒子論のフロンティアを切り開いた日本人研究者3名がノーベル 物理学賞を受賞しました.素粒子論というわれわれの日常生活からかなり離 れた分野ですが,物質の究極の構成要素の研究であり,ビッグバンの際の宇 宙の挙動に関する理論的研究であり,紙と鉛筆,頭脳と想像力が重要である と解説されると,受賞者の方々の人柄もあって,親しみがわいてきます.ま た,ニュートリノに関する研究で同じくノーベル物理学賞を受賞された小柴 教授の業績とスーパーカミオカンデという観測装置とも相まって,研究の具 体的なイメージも形成されそうです.素粒子論の研究者数,発表論文数,学 生数,学会イベント数の詳しい数字は知りませんが,国内の活動においては われわれの土木計画学の活動を大きく凌駕することはないと思います.社会 が有する学会活動のイメージに関するこの差の来たるところは何でしょう. このことについて少し考えたいと思います. 「土木計画学とは何か?」土木計画学研究委員会の発足以来,あるいはそ れ以前から常に問いかけられてきた古くて新しい問いかけです.簡単で,間 違いのない回答は,「土木計画学研究委員会(委員会が企画実施している研 究発表や共同研究の場)を主要な活動の場としている研究者が展開している 研究活動の総体」ではないでしょうか.しかし,これは再帰的なものであり 何も主張していないことに等しいものでしょう.かといって,残念ながら, われわれの中で共有されている明確な定義や説明はないように思います(前 述の私の定義は,まったく私的なものであり共通認識化されているとはいえ ないと思います).このことと,研究成果の社会的なアピールが少なかった こととも相まって,土木計画学の目的や具体的イメージを希薄にしているの ではないでしょうか. 希薄だけならまだしも,国会やマスコミにおける公共事業を巡る議論では, われわれが偏った視点にたった恣意的な議論を展開し,誤った政策決定を導 いていると言わんばかりの議論が目立ちます.このような状況は,われわれ だけでなく,わが国の社会資本整備にとって極めて不幸なものであり,打開 すべく最大の努力が要請されます.喫緊の課題は,「土木計画学とは何か?」 について,真摯に議論し,それを共有するとともに,社会に向けて色々な機 会を通じて発信することです. もちろん,土木計画学の目指すべきものは社会の変化に伴って,年々歳々, 変化していきますし,変えていくべきものです.委員長所信を始められた岡 田先生,そして前委員長の北村先生も,所信でこのことを強調されています. 私も全く同感であり,お二人の所信の意義はいささかも失われていませんの で,基本的にはそのまま受け継ぎたいと思います(委員会のホームページに 掲載されていますので,是非,お読みください). ここで話は変わりますが,土木学会の置かれている状況や目指している方 向性を視野に入れることも重要です.土木学会の新たな中期計画(JSCE2010) では,国内・国際社会に対する責任・活動を重視し,公正な立場からの専門 的知見の提供や,良質な社会基盤整備への貢献を重視しています.一方,学 会員の減少を主因として収入が減少することが予想され,厳しい環境の中で 引き続き研究調査活動を拡大・高度化し,社会と学会の要請に応えていくこ とが重要です.このような大きな目的と厳しい制約条件の中で,具体的な行 動が必要とされます. 土木計画学研究委員会の大きさと活動レベルの高さ,2年間という任期の 短さ,予算が極めて少ないことを考えると新しい研究分野と方向性を提案し, 委員会をリードすることは極めて難しいと思います.私の性格によるものか もしれません.しかし,研究をリードすることに必ずしも積極的でない理由 は,何よりも研究に関しては,個々の研究者の自由で柔軟な,そして活発な 研究活動が大前提であると考えるからです. 以上を踏まえて,計画学研究委員会として,実践して行きたいと考える方 針について提案します.議論いただければ幸いです. 方針 1: 個々の研究者による研究の追求が基本 繰り返しになりますが,土木計画学研究のエネルギー源は一人一人の研究 者の自由で活発な研究であり,それが研究推進の大前提です.研究者・グル ープの発意がまず出発点であること再確認したいと思います.従って,研究 委員会としては研究者,あるいは研究グループの活動支援を中心に考えたい と思います.これらは,主として意見と情報交換の場の提供であり,具体的 には,迅速な小委員会の設置承認,研究発表会における企画セッションの充 実などに,重点を置きたいと考えます.もちろん,計画学研究委員会や幹事 団による調査研究活動も実施したいと思いますが,この場合も,通常の小委 員会活動の枠組みの中で考えたいと思います. 方針 2: コミュニケーションの場の確保 「土木計画学とは何か?」,「土木計画学の社会的貢献とは何か?」とい う基本的な問いかけ繰り返し,自己の研究との関係を各自が問い続けること が,極めて重要です.この点,今年の春大会における北村委員長主導による シンポジウムの意義は大きいといえます.非常に幅広い土木計画学の研究領 域から多様な研究者が参加し,それぞれの立場から,年代を超えて,ポジシ ョンを越えて議論できたことは,土木計画学の大きなイメージを形成する上 でも,また自己の研究領域の位置取りを考える上でも,研究推進のヒントを 得る上でも貴重であったことは私一人の感想ではないと思います.このよう な機会を多く設けたいと考えます. また,身近な情報交換の場であるホームページの改良も進めたいと考えて います.論文集の再編が土木学会全体の大きな課題ですが,議論と相互研鑽 のレベルを継続的に上昇させるという観点から,計画学研究委員会としての 対応を考えていきたいと思います. 方針 3: 社会的プレゼンスの獲得 土木計画学研究の主要な目的が,社会的共通資本の整備と充実・強化を通 して,社会・地域に貢献することにあるとするのでれば,これまで以上の社 会的実践が求められ,このことが社会的プレゼンスの獲得につながるのでは ないでしょうか.政府は,政策決定の際に,パブリックコメント(PC)を 実施することを義務づけられています.PCに積極的に応じるといった活動 を強化することはいかがでしょうか.もちろん,学会としての,あるいは計 画学研究委員会としての正当な手続を踏むことが前提であり,限られた時間 内では実行できない可能性もあるでしょう.しかし,社会へのより良い政策 決定への貢献を目指して,公正で科学的なコメントをすることが必要ではな いでしょうか.この際,時間制約から有志という任意グループからのコメン トも可とすべきかもしれません.また,社会基盤整備の概念も変わりつつあ ります.ハード施設だけでなく,ソーシャルキャピタル・PI・評価なども 含んだ社会的共通資本の醸成が,参画型プロジェクトなどを通して求められ ていますが,このような場への組織的貢献のあり方も考えていきたいと思い ます. 方針 4: 国際化への組織的対応 国内だけでなく,国際的な研究交流や情報・意見交換のネットワークに必 要性は論をまたないでしょう.関連する多くの学会との連携をさらに強化し ていきたいと思います.また,多くの研究者・実務者が来日されていまので, この機会を捉えてなるべく多くの国際セミナーを開催することも企画したい と思います. 任期は2年間と非常に短いものですが,上記の4つの方針に沿って,精一杯 努力したいと思います.コミュニケーションが何をするにも大事で,第一歩 であるとの考えを,最近,更に強く持つようになりました.この意味で,皆 さんからの忌憚のないご意見は,なによりありがたいものです.ご支援・ご 協力を賜りますことをお願いして,所信表明とさせていただきます. 【この記事の印刷用windowを開く】 【この記事を閉じる】
北村隆一委員長所信 2006年12月2日(第34回計画学研究発表会(高松)) 私はあまり物事を計画的に行う性格ではなく,委員長の大役を仰せつかり, 戸惑う面も多々あるのですが,最善を尽くす所存です.所信表明というほど のものではないのですが,私の考えていることを記させていただきたいと存 じます. 世紀も変わり,グローバリゼーションの正体もだんだん見えてきて,多く のものが転機を迎えているようです.特に,土木建設業界はその規模,体質 を大きく変換することを余儀なくされているように見えます.おそらくは, 土木計画学も転機にあるのでしょう. ここでまず計画について考えてみます.私が持っている疑問は,人々は計 画ができるほど進化したのか,というものです.言い換えると,学問として の計画学の知識を援用したあとで,世の中はどれほど,そしてどのようによ くなりうるのか――もちろん,世の中はよくなっているのだろうけれども, どのような局面でよくなっているのか,という問いです. 実は人が言うより計画が機能している,という例からはじめたいと思いま す.イギリスの都市計画学のPeter Hall氏――今はSirになっていますが―― の初期の著書にGreat Planning Disastersというのがあります.そのgreat disastersのひとつとして挙げられているのがシドニーのオペラハウスです. ご他聞にもれず,非常に奇抜なデザインであったこともあり,工事の遅延, そしてコストのオーバーランには,目に余るものだったようです.設計したデ ンマークの建築家,Jorn Utzonにとっても幸運なケースではなかったようなの ですが,出来上がってみると,おそらくは世界で最も頻繁に目にする―― “most photogenic” な――コンサートホールになったのではないでしょうか. シドニーのアイコンとして,すっかり定着しているように思われます.シドニ ー,さらにはオーストラリアにとっての価値,貢献には計り知れないものがあ ると思われます.もっとも,これを計量化することは難しいでしょうが.これ は一見disasterと思われる計画プロジェクトも,膨大な価値を持った資産とな りうるという例です. 同様の例として,サンフランシスコ・サンホセ都市圏の鉄道,BARTを挙げ ることができます.皆さんご存知のように,BARTはBay Area Rapid Transitの 略で,1970年半ばに開通しています.私のように非集計モデルを勉強したもの にとっては,Daniel McFadden教授が需要予測プロジェクトのPIとして,非集 計データを収集しlogitモデルを適用したという,深い言われ曰くのある鉄道 です.Ken Train, Anttie Talvitie, David Brownstone, Tim Hauなどの研究 者が,何らかの形でこのプロジェクトに関係を持っています. さて,このプロジェクトもありとあらゆる悪口を言われました.無人運転の システムなのですが,これが初期事故の連続です.技術的にぼろ糞に言われた わけです.(同じようなことが新幹線についても起こったことをご記憶の方も 多いと思いますが). 政策的には,消費税を用いて住民一般から費用をあつめ,それを郊外に住む 高収入のホワイトカラー層の通勤を便利にするために使っていると批判されま した.また,ほとんどの利用者が以前のバス利用者で,自動車利用の削減に役 立っていない,あるいは,Transbay Tube――サンフランシスコ湾を横切る海 底トンネルですが――の建設に膨大なエネルギーをつかったため,それを公共 交通への転換によるエネルギー節約により償却するには数百年かかる,などな ど,1970年代後半はBARTの批判で持ちきりだったといえます. しかし30年経った現在,BARTはBay Areaに不可欠の交通手段として認識され, そのネットワークは延伸を続けてきました.現在Bay Areaの交通はBARTなしに 機能しません.現に,70年代にBART批判の有名な論文*を書いたバークレーの Mel Webber教授も,その論文の末尾で「将来BARTがBay Areaに不可欠の装置 (fixture) となる可能はあるが」と自らの逃げ道を閉ざしてはいませんでした. *:Webber, Melvin M. (1976) The BART experience?what have we learned. The Public Interest, 45. このように,失敗であると識者から批判された計画プロジェクトが立派に機能 している例があります.一方,明らかに予測可能な問題に対し,ただ指を加えて みているという,「計画の無作為」とも言えるケースが数々あります. 私が挙げたい最近の例は,IT革命と都市景観です.都市住民に日々の不快感を与 えている通信線とそれを支えている電柱の問題です.そもそも,日本ではいまだ に新規に建設される道路に電柱を立てているというのが私には全く理解できませ ん.発展途上国からの来訪者に,なぜ日本は電線,通信線を地下に埋めないのか とよく聞かれますし,街中に電線がぶら下がっているのは日本とインドぐらいと 言うアメリカ人もいました. さて,今目障りなのは電線や電柱よりも,手首ぐらいの太さのある通信線や, それからぶら下がっている通信機器です.これらが増え続け,文字通り日本の空 を覆ってしまうであろうことは「IT革命」の初期に十分予測可能だったと考えま す.現に,当初光ファイバーを空中に張ることは禁止しようという案があったと 記憶しています.しかしこの規制は,通例の業界の圧力でぽしゃったのでしょう. 結果は,予測通り,どうしょうもなくなった日本の都市景観です. これは計画の不在に起因する問題ですが,計画で前もって認知されなかった問 題もあります.例えばニュータウン住民の高齢化の問題です.また,計画,とい うより,公共分野での計画が,どうも苦手な対象があります.たとえば歓楽街の 計画が挙げられます.非常に重要だと思うのですが,なされたこともないのでは ないでしょうか.計画都市やニュータウンが面白くない理由がここにあるように 思います. 人々がどのように意思決定するのかも,いまだよくわかっていないことのひと つだと思います.美しい理論は十分にあるようなのですが,その現実的妥当性は, きちんと検証されてきたわけではありません.もっとも,ここ数年実験経済学が 脚光をあび,状況は変わりつつありますが.それでも,人々が,意思決定にあた り,自らが置かれた諸条件をどのように認知,認識しているかについては,ほと んど分かっていないと言っていいのではないでしょうか. 人々の意思決定で重要になるのが,利得・損失の参照点をどう設定するかとい うeditingの問題ですが,どうも日本の社会では,自分が持つ既得権が絶対視され, 何もかもが損失とみなされるようです.私がかかわっている京都の観光交通の問 題でも,お寺さんが自己主張ばかりで,他人のことや公共のことに目もくれませ ん.人の幸せを説くはずのお寺さんがこうですから,合意なんて形成できっこな いわけです. また,京都では新たな景観条例が提案されつつあるのですが,これについては, 景観の規制への住民の理解が不十分という新聞論調です.確かにそうなのですが, 看板広告を生業とする人々やパチンコ業界が「理解」することはないでしょう. といって,中国式に,高速道路を作るからと住民を何万人規模で強制的に移転さ せるような社会がよい社会とも思えませんが. ともかく,このような「ジコチュー」が集まった日本社会でどのように公共政 策を追求しうるのでしょうか.いくつもの問題をはらんだ課題ですが,これにつ いてもさらなる研究が望まれるところと思います. 伝統的に施設計画はわれわれの強みだったのですが,制度やルールを作り出す という側面は,土木計画が未だ十分に踏み込んでいない分野だと思います.先日, 京大のセミナーで横浜国大の中村文彦先生にお話いただき,そのときに英国で公 共交通運営を外注した場合の管理評価の仕組みを紹介してもらったのですが,非 常に理にかなった仕組みになっています.これなんかに比べると,どうも日本人 は制度作りが下手なようです.例えば,カラ出張が簡単にできるようですし,裏 金もうまく作れるみたいです.性悪論が優勢で人を信用しない世の中の割には, 不正を防ぐ仕組みができていないのが不思議です. こういう風にみていきますと,まず第一に,計画プロジェクトの批判には拙速と いえるものが多いといえると思います.瀬戸大橋やアクアラインについても,シ ドニーオペラハウスやBARTへの批判と同様,歴史の判断は肯定的なものと出てほ しいものです. 第二に,われわれが直面している問題は,土木計画学が得意とする分野に起因 するものはあまりないように思われる,という点です.例えば,現実社会には社 会的ジレンマに起因する問題が多々あります.私の,おそらくは偏った意見では ありますが,計画学の得意とするアプローチが,これら問題の理解をさほど育ん だとも,その解決に導いたとも思われません.交通の制御や,施設の維持管理な ど,土木計画学で蓄積された知識がうまく適用されている分野もありますが,計 画学が対応してこなかった分野で生じる問題が多々あるわけです.その意味でも, 土木計画学は転機にあるといえるでしょう. さて,所信表明ということですので,新委員長としての考えを少し記させてい ただきます. 基本的には,私は岡田前委員長の路線を踏襲したいと考えています.前委員長は, 「具体的活動新機軸」として, 政策システム工学としての土木計画学のフロンティアを拡げる 近未来に向かって論争する土木計画学・政策論の展開 実社会とコミュニケーションし、フィールドで行動する土木計画学へ向けて 縦横複眼組織としての土木計画学委員会に向けての段階的改変 その他の可能性 を挙げておられます.いずれも二年で達成できるようなものではありません.私も, これらをさらに追求していきたいと考えています. これらに私が付け加えるものとして,二三挙げさせていただきます. まず,本日述べましたように土木計画学が転換期にあるという認識に立ち,土木 計画学のあり方についての議論を再燃させたいと考えます.これは岡田先生のフロ ンティアの話にも通じます.これについては,幹事会の皆様とも話し合い,次の春 大会にセッションを企画して,広範な人々を巻き込んだ議論を展開できればと考え ています. 次に,もしかしたらヒンシュクを買うかもしれない提案を二つさせていただきます. 第一に,計画学の活動規模はもっと小さくてもいいのではないか,という点. 第二に,多様性,多次元的価値尺度を包括することのできる,忍耐力 (tolerantな), 包容力のある学会を目指す,という点です. 第一の点は,研究者の,特に若手の方々の活動が,学会関係の諸業務で飽和してし まっているのではないか,研究というのは孤独な営みという側面があると思うのです が,そのような研究に振り向ける時間とエネルギーを学会活動が奪い取っているので はないか,という危惧です.これについては私が間違っているかもしれませんが,皆 様のご意見をお聞かせいただければ幸いです. 第二の点ですが,発表会の構成,論文集の編集,あるいは学会諸活動の遂行にあた り,より自律分散型の学会を目指すのがいいのではないか,という考えです.自律分 散を,委員長である私がこれを皆さんに一方的に表明するというのは矛盾をはらんで いるのですが,学会の組織はなるだけ単純に,ルールや基準も最小限にし,構成員の 自律的な活動を尊重支援する学会を目指したいと,私は考えています. 最初に申しましたように,あまり計画的な人間ではなく,委員長の大役をうまく果た せる自信もないのですが,皆様のご支援を賜りますことをお願い申し上げて,所信表 明とさせていただきます. 【この記事の印刷用windowを開く】 【この記事を閉じる】
岡田憲夫委員長所信
2004年11月21日
土木計画学はいま時代の転換期を迎え、自ら変革と飛躍を遂げることが求められ
ています。そして土木計画学というアイデンティティを再確認し、目指すべき自画
像を探求し、必要であれば変身をもいとわずに、成長することが要請されています。
それでは土木計画学が暗によりどころとしてきた旧来の時代認識や社会構造はどの
ような転換点に直面しているのでしょうか。
時代が変わる
(1)日本型市民社会の到来
まだまだ萌芽期であるにはせよ、行政主導型社会から市民参加型社会へと時代が移
行している。つまり公共的社会活動への参与・参加・参画を義務と責任とする「市民」
が誕生し、成長しつつあると考えられます。それは近代化社会以前の「町の衆」、
「村の衆」の地域文化遺伝子を多少引継ぐ形で、「日本型市民」を登場させつつある
ように思われます。それとともに、日本国民であると同時に、地域市民であるという
感覚や自覚も生まれつつあるのではないでしょうか。
(2)背反し、引き合うグローバル化とローカル化の作用と複層化・複眼化する地域
情報コミュニケーション技術や交通ネットワークの長足の進歩も与って私たちの生活
空間は複層化・複眼化しつつあるようです。近隣コミュニティの最小生活圏に根ざそう
とする人々が増える一方で、国境を越えた間での「地球地域」の社会経済活動が現実の
ものになりつつあります。このようにグローバル化とローカル化がお互いに引き合い背
反する力を受けて、同じ人々や企業・法人が多様な市民として複数の地域に関わること
も不思議ではない時代がやってきつつあります。これに伴って、国土空間や地域空間が
意味するところも変容しつつあることは間違いないのではないでしょうか。
(3)地球コミュニティの共通ミッション(時代のテーマ)としての持続的成長と、
その日本型・アジア型導入モデルの必要性
人間活動の負荷の限りない増大は「生きている地球や地域とそこに生きている私たち」
に致命的なストレスとなっている、そのためには生活や生産のスタイルと社会のあり方
を変えなければならない。このような問題認識を行動にまで結び付けて社会や地域を改
変していく営みである「持続的成長論」はいまや21世紀における地球コミュニティの共
通ミッションとなりつつあります。ただこの議論は欧米先進国主導型で展開されており、
日本やアジアの国々や地域がより切迫した形で直面している「自然災害による人間社会
の安全・安心への脅威」の視点がともすれば欠落する傾向がある。また富める国や地域
とは異なって、「貧困がもたらす人間社会の安全・安心への脅威」をも視野に入れた、
より多様性と包摂性のある持続的成長モデルが提唱される必要性があります。
社会や地域づくりの発想を変える
(4)ヒューマンスケール(身の丈の尺度)の感性を大事にし、
人間社会も都市・地域もビタシステム(vitae system 、生きている地球や地域)
の構成員であるという基本認識に立った都市・地域、国土像を築いていく必要性と緊急性
「持続的成長」が問題提起しようとしているもう一つのテーマは、20世紀型近代化技術
がヒューマンスケールにあまりにも無関心であったこと、ともすればむしろそれを乗り越
えることが自己目的化される嫌いがあったことについての反省だと思われます。事実、巨
大化を推進し、ヒューマンスケールを越えることが社会や地域が進歩することであるとい
う思想は都市や地域づくりにもいわば自明的に埋め込まれてきたようです。このことが今
や都市・地域や国土づくりにおいて、むしろ大きな硬直性と没個性を生むとともに、潤い
を欠いた無機質性の壁として立ちはだかっています。特に生活圏の基礎単位地域としての
コミュニティが活性化を果たすためには、木目のある地域のうるおいや、身の丈で感じる
安心感・安定感を欠いた地域像は無力なものになることは明らかではないでしょうか。
「持続的成長」に向かうためには、このようなヒューマンスケールを再評価し、その延長
線上にあらゆる生き物と共生するビタシステムの構成員としての人間と社会をまず想定す
ることから始めなければなりません。この意味で、これからの都市・地域づくりや国土マ
ネジメントは、このような視点や洞察を踏まえた持続的成長モデルを持たずして、その舵
とりは覚束ないと言えます。
(5)多様なリスクとコンフリクトを直視し、
マネジメントする時代の到来と先見的(anticipatory)・事前警戒的(precautionary)
アプローチによる挑戦の有効性
社会が複雑化し、社会参加の当事者が多様化するに従って、リスクやコンフリクトがます
ます顕在化するとともに、それを認識した上で、できるだけ事前に取りうる手だてを講じて
おくことが求められる時代になってきています。たとえば前述したように、「持続的成長を
大前提とした社会にいま私たちは向かっている」という近未来を見通した共通認識から早め
に手立てを講じていくというアプローチがそれです。ただそのことがまた新たなリスクやコ
ンフリクトに私たちが挑戦することを促すことになります。一方グローバル化やその反対の
ローカル化の同時進行で、社会が生産し、消費する情報も量的・質的にどんどん拡大化して
いく。これがさらに総合的なリスクマネジメントやコンフリクトマネジメントを求めること
になり、結果的に、これからの時代は、好むと好まざるにかかわらず、多様なリスクとコン
フリクトを直視し、マネジメントすることが社会システムに組み込まれざるをえなくなると
考えられます。
このような中で、私たちが直面しうるリスクやコンフリクトは、まったく未経験のもので
あったり、その構造やメカニズムが部分的にしか分かっていないことがむしろ当たり前にな
る。それでいてあえてマネジメントを行うとすれば、それはとりあえず仮説的に対応を想定
して、実際に少しだけやってみて様子を見ながら、軌道修正する。いや、むしろそのような
手順を踏みながら、ステップ・バイ・ステップで前進していくルールを決めておいてアプロ
ーチする。このようなアプローチを先見的(anticipatory)・事前警戒的(precautionary)
アプローチと呼ぶことは、特に持続的成長のマネジメント手法として知られていますが、今
後、都市・地域づくりや国土マネジメントにおいてもこのようなやり方をとることが不可欠
になってくると思われます。
(6)Plan-Do-Check-Actionのサイクルのプロセスマネジメントとその現場としての
フィールドの不可欠性
先見的・事前警戒的アプローチの導入はいわゆるPlan-Do-Check-Actionのプロセスマネ
ジメントを実行することを意味しており、この意味で、計画はマネジメントの領域に踏み
込まざるをえないことになります。さらにその実践の現場として、具体のフィールドを持
つともに、長期にわたってそこで観察・調査や分析・評価を重ねていくことが求められま
す。
このように、計画を研究するためには、フィールドワークの系統的な積み上げがきわめ
て重要になってくると判断されます。
(7)20世紀型近代化社会基盤・社会ストックの概成期の終結と、
21世紀型脱近代化・熟成社会における社会基盤・社会ストックの精選・再編成・再形成
への舵の切り替え
社会基盤整備に即して当てはまる時代の転換現象は、社会基盤整備が、社会ストックの
量的拡大としての概成期の目標と役割をほぼ達成しつつあるということです。それに代わ
って、21世紀の今は脱近代化・熟成社会に資するための社会基盤・社会ストックの精選・
再編成・再形成の時代に入ってきたと言えます。
温故知新の土木計画学
以上が、私が考える「時代転換の要諦」ですが、土木計画学のアイデンティティを再構築
していくためには、まずそのルーツを探るということが大事です。私は、土木計画学の独自
性として学際性・分野横断性が挙げられると考えます。そしてそれが「土木工学に関わる社
会基盤開発・整備」という、一般性と包括性を持った基本的なメインテーマへのこだわりに
よって求心性を保持してきたという歴史的過程に目を向ける必要があると考えます。もとよ
り、上述した時代変化の動向を受けて、「社会基盤開発・整備」の意味内容の再検討が必要
であることはもちろんです。しかし、欧米の土木工学や都市地域計画に関わる学会において、
「水」・「土」・「構造」などの仕切りを越えた計画学の確立は明確には志向されてこなか
った。このことに留意が必要です。その常識に我が国は期せずしてか挑戦してきたのです。
それは一定の歩みを遂げた。たとえば土木計画学は、一つの流儀として、交通現象を自前の
現象とした、もう一つの仕切りの中で、交通工学や交通計画を発展させてきた。あるいは法
定計画としての都市計画の枠組みを前提とした実務的知識体系を取り上げてきた。社会科学
や政策科学の守備範囲にもっと軸足を移し、システム科学的なアプローチにより工学的な知
識体系に結び付ける試みを重ねてきており、計画学の方法論構築の上で一定の成果をあげて
きたといえる。しかし、土木計画学は「建設と開発のための工学」の一翼を担うことに徹す
るあまり、その枠組みを超えて、より良い社会と公共空間づくりという本来は原点とすべき
問題意識の不断の形成と専門家精神の自己検証・実践を図ることを怠ってきたように思える。
結果として、そのような姿勢とこだわりから時代精神にみあった社会(基盤)システムのデザ
インと発展を旨とする計画学という独自の領域を築くことまでにはいたらなかった。このこ
とは「建設と開発」が社会的に自明の目標とはいえなくなった現在においては、前向きの展
開を志向する上でむしろ自縄自縛となってきている。
それでは土木計画学はどのように新しきをたずね、変わるべきなのでしょうか。私自身は、
21世紀型脱近代化・熟成社会における社会基盤・社会ストックの精選・再編成・再形成の時
代にあっては、工学的知識技術をバックボーンとした社会基盤マネジメントの専門家がイニ
シアティブを取ることが期待される。そのような機会や現場がこれから次第に増えてくると
確信しています。ただし、この種の専門家は、社会科学や人間科学との接点を築きうる素養
と能力を有し、包括的な観点から政策論にも立ち入ることができるよう教育・訓練されてい
ることが求められる。またそれができたときには、非工学的知識体系を背景にした専門家と
は肌合いの違う、しかも技術的妥当性が担保できる点で強みをもったプロフェッショナルと
しての役割と活躍が期待されると私は考えています。このような必要性は欧米でも変わるこ
とはないはずですが、土木工学や都市・地域工学などにおける計画の領域限定性という、欧
米における学問的性向と壁は簡単にくずれることはないように思われます。(あるいは場合
によってはスケールの大きな建築家がそのような役割を演じてきているのかもしれません。)
なおアジアのうち、中国や韓国などの国では、近年において計画学が独自に発達してきた歴
史は認められない。この意味で、これらの諸国が、アジア型モデルとして、土木計画学に相
当するものを築いていく可能性があるのかもしれません。
ともかく、向こう十年間にわたっての土木計画学の日本モデルは、日本型市民社会モデル
を想定した都市・地域ならびに国土の総合的なマネジメントのための知識・技術体系の構築
をめざすべきものであり、その拡張型としてのアジア型モデルへの寄与が期待されるのでは
ないでしょうか。
重要なことは、時代転換の不可避性という視座を欠いた縮み志向の土木工学に包摂される
土木計画学では、その存在意義はありえないということです。逆に、土木計画学が、土木工
学自体を市民システム(工)学へと柔軟に変容させ、時代の推移と社会のニーズに適応する形
で進化していく。そのためのリード役を土木計画学が果たすことが、その存在意義を発揮す
る自画像と考えてはどうでしょうか。
私の二年間の任期に、皆様とそのような方向を目指して、ささやかであっても確かな第一歩
となる共同作業を行い、そのプロセスを共同体験する。そのようなことができればと念願する
次第です。よろしくご協力を御願いします。
具体的活動新機軸
政策システム工学としての土木計画学のフロンティアを拡げる
政策論・政策哲学: 社会ストック形成論、社会ストック優先施策論
政策化システム技術: 代替案工学、ワークショップ支援技術、
方法論としてのリスクマネジメント、コンフリクトマネジメント
政策コミュニケーション技能
政策システム工学教育プログラム開発
同実践(政策システム工学フィールドワーク)
近未来に向かって論争する土木計画学・政策論の展開
争点の設定
ディベート、コンテスト、投票等
国際下・学際下の土木計画学
国際学術ジャーナルへのパブリケーション・アウトリーチ(出版外部窓口)の開発
実社会とコミュニケーションし、フィールドで行動する土木計画学へ向けて
自前の災害・事故調査体制づくりと社会への関与・還元
フィールドにおける定点観測、事前診断、事後評価システムの方法論構築試行
社会システムのプロトタイプ開発実験としての適応的マネジメント(社会実験)の
方法論的位置付けと成功事例分析・評価の推進
縦横複眼組織としての土木計画学委員会に向けての段階的改変
横断・共通軸 (例) 計画論、調査フィールド論、政策論的テーマ、学際的テーマ、
国際的テーマなど(リスクマネジメント、コンフリクトマネジメント、
参加型計画システム、持続的成長戦略、情報・コミュニケーション社会と人間行動、国際協力と技術移転
縦軸・現象・施設軸 (例) 交通、水、都市、環境、資源、災害等
計画研究の審査領域をマトリックス化する(step 1)
土木計画学研究委員会の組織と活動をマトリッリス化する(step 2)
その他の可能性
新規テーマ具体化研究: 私が考える○○○
たとえば、「クリティカルインフラストラクチャ」とは?
「バイタルインフラストラクチャ」とは?
「グローバルインフラストラクチャ」とは?
「災害調査マニュアル」とは?
重点テーマの科学研究費・競争的資金応募企画 土木計画学委員長代表
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