3.1 熊本県水俣市宝川内集地区

(1) 災害概要(写真-3.1.1〜3.1.7)
 災害の種類:斜面崩壊・土石流。集川上流の斜面が崩壊し土石流となって人家を襲った。
 発生時刻:平成15年7月20日(日)04時20分ごろ。
 被害状況:死亡者15名,住家全壊13棟,半壊1棟。
写真-3.1.1 宝川内集地区被災現場の空撮
(7/21:国交省九州地方整備局)
写真-3.1.2 崩壊現場付近の空撮
(7/21:国交省九州地方整備局)
写真-3.1.4 崩壊を免れた家屋
写真-3.1.3 宝川内集地区の被災状況 写真-3.1.5 泥流と流木
写真-3.1.6 左岸側の土石流堆積状況
直径1〜5mの安山岩が広く堆積
写真-3.1.7 破壊された自動車


図-3.1.1 宝川内集地区周辺の地形
図-3.1.2 対象地域の地質図
(九州地方土木地質図編集委員会編、
九州地方地質図解説書、
(財)国土開発技術センター、1986年3月)
(2) 周辺の地形(図-3.1.1)
 土石流が発生した水俣市宝川内・集地区は,水俣市役所の南東6.5kmの山間に位置する。周辺の山稜は,大関山(標高901.9m)に連なる標高500m〜600mで東西方向に伸びている。崩壊地は,その最も西に位置する矢城山(標高585.9m)の南斜面にあたる。矢城山周辺から大関山の西麓にかけては標高450m〜500mになだらかな溶岩平坦面が広がっている。この地形面の縁辺部は現在も開析が進む侵食前線である。宝川内集地区は,宝川内川の谷筋の最も下流部にある集落で,標高は90〜100mであり,集川が横切って宝川内川に合流している。集川も溶岩平坦面を下刻する小支川で,上流部の平坦面の中を流れる区間では河床勾配が緩やかであるが,標高400m付近より勾配が急勾配となり,標高160m付近の棚田が設けられている付近から宝川内川との合流点(標高80m)までは河床勾配が緩やかになり谷幅が広がっている。
(3) 崩壊地域の地質(図-3.1.2)
 宝川内集地区周辺の地質は,四万十層群の砂岩,頁岩互層を基盤とし第三紀鮮新世の火山活動によって噴出した肥薩火山岩類がそれを被っている。今回の崩壊では,肥薩火山岩類の中の安山岩溶岩と凝灰角礫岩とが崩壊に関与しているものと思われる。
写真-3.1.8 崩壊斜面周辺に残るクラック
幅1.0m, 深さ1.0〜1.5m
(4) 崩壊部の形状(図-3.1.3,図-3.1.4)
 崩壊の頭部は標高約430m,河床部は約350mで,比高差約80mである。頭部から河床までの水平距離は約140mであり,平均勾配は約30度である。崩壊幅は,頭部で約50m,中央部で約80m,河床部で約100mであり,下部ほどやや拡がる形状である。崩壊後の現地形は,中央部に崩積土の残る傾斜の緩い部分(約25度)があり,これより下方は約35度,滑落崖の部分は約50度の傾斜である。滑落崖は,頭部では明瞭であるが,両側の側壁では徐々に高さが低くなり緩傾斜部で段差がほとんどなくなる形状である。滑落崖よりさらに数m上部にはクラックが数箇所で確認される(写真-3.1.8)。
図-3.1.3 崩壊部の平面図
図-3.1.4 崩壊部の縦断図


写真3.1.9 崩壊部の下方に露出する凝灰角礫岩
崩壊土との境界から湧水が見られる
(5) 崩壊部の地質
 崩壊部には,下から凝灰角礫岩,強風化安山岩,安山岩が分布する。凝灰角礫岩は,河床に露出する地層と一連のものであり,部分的には安山岩(自破砕部もあり)や凝灰岩を挟んでいる。崩壊部では,中央の緩傾斜部下方に広く露出しており(写真-3.1.9),向かって左側の部分で2枚の凝灰岩を挟んでいるのが確認される(写真-3.1.11c))。風化部が薄いためほとんどの部分が新鮮であり,難透水性と評価できる。強風化安山岩は,ハンマーで容易に削れる程度に軟質化している。露出する部分が少ないが,滑落崖近くの左側の標高370m付近と右側の標高400m付近で,凝灰角礫岩の上位に確認できる。割れ目は多いが透水性はさほど良くないと判断される。安山岩は,頭部の滑落崖に広く露出する。左側では硬質な節理のある岩盤であるが,ブロック状の部分や玉葱状に風化した部分も見られる(写真-3.1.10C)。中央部から右側にはφ2〜3mの巨礫を含む砂礫状の本露頭で特徴的な部分が見られる(写真−3.1.10B)。一見,堆積物(土石流)とも思われるが,礫種が同じことや風化構造の見える箇所もあり安山岩の風化物と判断される。
 以上のように安山岩は種々の性状を示すが,それらの地質的関係(新旧や上下関係等)は明瞭ではない。安山岩中には厚い褐色(赤色)粘土が付着した割れ目(写真-3.1.11 d))もあり,全体的に透水性は良いと判断される。地質構造としては,河床の凝灰角礫岩中に堆積面が見られN74E20Sを示す。この地質構造だと縦断図上ではやや流れ盤となる。ただし,凝灰角礫岩と強風化安山岩の境界,強風化安山岩と安山岩の境界の構造については,直接確認できないため現段階では推定の域をでない。全体的に表土ないし崖錐堆積物は薄い。崩壊部では,崩積土と凝灰角礫岩の境界から湧水が確認された(写真-3.1.9)。凝灰角礫岩が難透水性であることを示すと共に崩壊機構の検討にヒントを与えていると思われる。
写真-3.1.10 崩壊斜面の状況
滑落崖左側では、節理のある硬質安山岩や細かくブロック化した安山岩が見られる
滑落崖中央部から右側にかけては、風化が激しく巨礫混じりの部分が特徴的である
現段階では安山岩の一部との判断


a) 安山岩の転石 b) 四万十累層群
c) 凝灰角礫岩
凝灰角礫岩には赤褐色で薄層の凝灰岩が挟まれている
d) 安山岩質風化土
褐色で軟質な粘土が付着している部分もある
写真-3.1.11 崩壊斜面の周辺で見られる地盤状況


写真-3.1.13 簡易動的
コーン貫入試験状況
(6) 崩壊部の土質
 試料の採取位置は,崩壊部地山,中流の堆積土,下流の堆積土である。土砂マトリクスのうち土に相当する部分を採取した。乱した試料である。大きな礫,石は除かれている。崩壊斜面から採取した土砂の物理試験結果を表-3.1.1に示す。これらは,地質学的に風化安山岩といわれる土について行った結果である。乾燥状態の土に加水すると容易に泥濘化 (写真-3.1.12) する。粒度分布を図-3.1.5に,塑性図を図-3.1.6に示す。崩壊部における簡易動的コーン貫入試験の位置と結果を図-3.1.7に,試験状況を写真-3.1.13に示す。打撃回数から判断すると,表土の厚さは薄く約1.5m以下であり,その下部に風化土層,さらにその下部に基盤層がある。
写真-3.1.12
左:崩壊斜面より採取した風化土(乾燥状態)
右:霧吹きで水分を加え5分経過した状態


表-3.1.1 崩壊土砂の物理特性


図-3.1.5 粒度分布 図-3.1.6 塑性図


図-3.1.7 簡易動的貫入試験


(7) 崩壊の素因とメカニズムについて
 @崩壊地付近の安山岩溶岩は,特異な風化特性を有しており種々の岩相が認められる。多亀裂性または多孔質の風化岩が地表まで露出している状況で,表層土の発達が悪い。そのため,降雨は容易に浸透し深層風化を助長していた。A崩壊地では安山岩溶岩と凝灰角礫岩との境界が約20゚で流れ盤構造の可能性がある。B特に,凝灰角礫岩最上部は赤色凝灰岩や紫灰色凝灰岩が成層しており,これらの層は難透水層と判断される。C崩壊地の安山岩層の下部には脆弱質の風化軟岩が数m〜5mの厚さで分布しており,この層が脆弱化し(または脆弱化していた)下位の凝灰角礫岩をすべり面としてすべったと推定される。崩壊のすべり面形状は2つの直線からなる直線すべり的である。また,風化層は含水すると泥濘化する性質を持っており,工学的物性を更に究明する必要がある。D崩壊のメカニズムとしては,一次崩壊として柱状節理の発達する弱風化安山岩岩盤の下位に分布していた脆弱質軟岩層の強度低下やパイピングが考えられ,弱風化安山岩岩盤が崩壊したものと推定される。それによって支えを失った弱風化安山岩岩盤より上位の風化層が二次崩壊を起こし,一次崩壊面に堆積している。E滑落崖頭部付近の自然地山に生じた開口クラックや段差の状況を勘案すると,更に崩壊が拡大していく可能性もある。

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