災害速報

6月29日集中豪雨による 広島県土砂災害


土木学会災害緊急調査団
団長 福岡捷二 広島大学工学部教授


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写真-1 広島県安佐北区亀山9丁目土石流災害現場(広島県砂防課提供)

はじめに
平成11年6月29日未明から,前線の移動に伴って降りはじめた雨が,午後になってから急に強くなり,広島県全域に大雨をもたらした.特に,13時から16時にかけて広島市佐伯区から安佐北区へ向かう北東に延びる帯上と,15時から18時にかけて呉市から東広島市に至る帯上の狭い範囲に大雨をもたらした.豪雨が来襲したこれらの場所では,1時間雨量にして40mm〜70mmの雨が記録されている.
今回の災害の特徴は,23日からの先行降雨で緩んでいた地盤に急激に増大した降雨が極めて短い時間に集中したこと,降雨量の急激な増加から2時間ないし3時間後のほぼ同時刻に災害が発生したという所にある.このように,危険を察知してから住民が避難を行うまでに十分な時間がなかったため,突発的に発生した斜面崩壊と土石流等によって31名の死者,1名の行方不明者を出した(7月10日現在).この人的被害の多くは,豪雨が集中した広島市及び呉市で発生している.
この集中豪雨に伴い,死者及び行方不明者が出ていない多くの場所でも土砂災害,河川氾濫,堤防・橋梁等の河川災害,家屋災害など多くの被害が発生した.がけ崩れと土石流は合わせて207箇所となっている(県砂防課7月9日発表).県災害対策本部のまとめ(7月8日)では,住宅被害は全壊153棟,半壊105棟,一部破損263棟,床上浸水1,186棟,床下浸水2,466棟であり,道路1,400箇所,河川1,954箇所,砂防施設497箇所の被災があった.この他に,多数の山地崩壊,農地への土砂流入による被害,白ケ瀬浄水場への土砂流入による断水,広島湾への大量の流木流出等の被害があった.
土木学会は,多くの人命や財産が損なわれた広島県における土砂災害を調査するために,7月1日に福岡捷二広島大学教授を団長とする災害緊急調査団を組織した.団員は江頭進治立命館大学教授,小堀慈久呉工業高等専門学校教授,森脇武夫広島大学助教授,中川 一 京都大学防災研究所助教授,檜谷 治 鳥取大学助教授,渡邊明英広島大学助教授,石井義裕広島工業大学講師,矢島 啓 鳥取大学助手である.本報告は,災害緊急調査団による現地被害調査の速報である.

広島県の地形及び地質の特徴
広島市は太田川や八幡川などによって形成された狭いデルタ平坦地からすぐに山地や丘陵地の斜面へと続く地形特性を持ち,この地域は広島型花崗岩の分布域となっている.今回,広島市や呉市で斜面災害が生じた斜面の地質は黒雲母型花崗岩に分類されている.これらの花崗岩が風化したものがまさ土であり,これが山地岩盤を覆い,その上に薄い表土が乗っている.
このために大雨が降ると,このまさ土による斜面崩壊,土石流が発生し易いという地域的な特性がある.広島市及び呉市は,鹿児島市,長崎市,神戸市等と並ぶ斜面災害の代表的な地域であるが,平地が少ないために山地部まで宅地開発が広がっており,土砂災害に対して危険な住宅区域が多い.このような危険箇所は,土石流危険渓流や急傾斜地崩壊危険箇所として指定され,一般に公表されている.広島県におけるこれらの土石流危険渓流や急傾斜地崩壊危険箇所の数はそれぞれ4,930,5,960であり,共に全国一位である.

6月29日豪雨の特性
平成11年6月29日,閉塞前線を形成して移動する気圧の谷の通過に伴い,北九州,中国地方,近畿地方等で著しい大雨が生じた.図-1に広島県における降り始めである23日から29日までの累積総降雨量分布を示す.これは,広島県及び建設省によって観測された降雨量データ,アメダス雨量データを基に作成したものである.
図-1から分かるように,広島県でにおける累積雨量は250mm〜300mm以上となっている.アメダスデータでは東広島市の343mmが,建設省のデータでは広島市安佐南区沼田町戸山雨量観測所の442mmが最大であった.災害が生じた呉や広島市西部と北部でも300mmに達しているが,災害の多発しなかった区域と比較して累積雨量に大きな差が出ているわけではない.災害が生じた理由の1つとして,2時 間ないし3時間の間に豪雨が集中したことが挙げられる.
このことから,今回の被害発生区域の特性は,最大2時間雨量や最大3時間雨量に現われると考えられる.図2は最大3時間雨量の分布に災害発生位置を重ねたものである.●印の場所は人的被害が発生した位置,×印の場所は道路の通行止め箇所を示している.特に降雨が集中したのは,佐伯区から安佐北区へ向かう幅5〜6kmの帯,呉市から東広島市へ向かう幅5〜6kmの帯においてであり,3時間雨量にして110〜120mm以上の降雨が生じている.この降雨が集中した区域で災害が多発していることが分かる.災害は最大3時間雨量にして90mm以上の範囲で多く発生しており,人的被害が発生した所は120mm近い降雨が降った場所がほとんどである.

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図-1 6月23〜6月29日までの総降雨量
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図-2 6月29日における最大3時間雨量と災害発生位置

図3,4は,降雨量が特に多かった呉土木事務所雨量観測所(県)及び戸山雨量観測所(建設省)で観測された降雨量の時間変化を示す.降雨量は時間に対して急激な右上がりの形を示している. したがって,土砂災害に対して危険な降雨かどうかが分かるのは降雨強度が増加してから概ね2時間後であったと思われる.災害は降雨強度が強くなってから3時間内には発生していたことを考えると,確実に危険であることが分かった時点から災害対策本部を設置して,避難勧告を出していたのでは間に合わないという状況だったと言えよう.

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図-3 降雨量の時間変化
(広島県呉土木事務所)
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図-4 降雨量の時間変化
(建設省戸山雨量観測所)

被災地の状況
広島市安佐北区亀山9丁目(写真-1)では,土石流が木造平屋建ての母屋,離れ,納屋を直撃し,一家6名を生き埋めにした.そのうち,2名は救出されたものの4名が死亡した.土石流は,標高505.4mの福王寺山から約900m北北西に位置する北西斜面の標高260m付近の2つの谷から起こり,標高150m付近の合流点を経て標高120m付近の民家まで流下している.源頭部からの標高差は約140m,水平流下距離は350mである.
右支渓の源頭部の様子は未確認であるが,左支渓の源頭部(写真-2)は花崗岩の岩盤の上にまさ土が1m程度覆っている.崩壊は,下部が傾き約20度の谷斜面で,上部が傾き約30度の尾根地形に挟まれた傾き約35度の急斜面から,幅約10m,厚さ1.5mで始り,過去に崩落して堆積していたと考えられる砂礫土層の表層部を押し流し,樹木とともに土石流となって流下したと考えられる. 源頭部付近には植林された檜や松が生えているが,枝打ちされていないので人の手は入っていないものと考えられる.また,崩壊部付近の樹木の根が「く」の字状に曲がっているものがある.これは崩壊履歴を持つ場所特有のアテと呼ばれるものであり,この地点で過去に表土層の移動が生じていたことを示している.事実,過去にも崖崩れが数度あったとの報道がある.なお,この崩壊箇所の尾根を一つ隔てて200m離れた場所でも土石流が起こっているが,途中に設けられた治山ダムや床固工,及び民家の上流部の比較的平坦な地形の所で土石流が弱められ,大きな被害には至っていない.

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   写真-2 亀山崩壊地源頭部の状況
広島市佐伯区五日市町上小深川地区では,八幡川の支流である古野川で土石流が起こり,八幡川に合流するまでの古野川に面した約1kmにおよぶ多数の家屋を損壊し,死者2名の被害を出した.古野川の土石流は,主として3つの渓流から起こっている.その源頭部はいずれも確認されていないが,最も下流側の渓流で発生した土石流は,航空写真などから古野川から水平距離で約550m上流で発生したと推定される.それ以外の渓流の土石流は,民家の点在する比較的平坦部から少なくとも約1km以上上流から発生したと推定される.各渓流には過去に崩落したまさ土を主体とする砂礫が厚さ2m程度堆積しており,土石流はこの表層部分を押し流すとともに,谷間の平坦部分に植林された杉や檜を巻き込んで流下している.民家が点在する古野川の下流域は,勾配が八幡川と合流する最も下流側で約2度程度,最も急なところで約5度程度で比較的緩やかであり,この地域を約10〜100m程度の幅で土砂と流木が流下した.八幡川手前の下流域には土砂が1m程度堆積していた.大きい物で60cm〜80cm程度の石が点在するものの,1mを越える巨石は見られない.また,被害を受けた家屋や電柱などの障害物のあるところに流木が多数残っており,家屋を倒壊させた主な原因は土石よりも水流と流木であったと推定され,これは住民の証言とも一致している.流木による被害は五日市町下河内荒谷(死者3名)でも顕著であった(写真-3).

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写真-3 佐伯区下河内の流木災害(広島県提供)
広島市佐伯区屋代においては,古野川流域と同様に流木を伴う土石流が発生し,死者1名を含む大きな被害をもたらした.屋代では流木による家屋の破壊も大きかったが,斜面上に位置する住宅区域の広い範囲にわたって土砂が家屋内へ侵入堆積しており,土砂による住宅被害が顕著であった.一方、佐伯区観音台(広島県提供)では砂防ダム下流部(住宅地部手前)の土砂貯めに多くの流木や土砂が堆積し大被害を逃れた。広島市の西部,北部における他の被災地でも,土石流が発生しても斜面を出たところで勾配が緩くなるために大きな岩は流出しておらず,逆に流木による家屋の破壊と土砂堆積が目立った.また,砂防ダムによる効果が顕著に現われている箇所も多く見られたが,流木に対しては特に対策を取られていないようなので,今後は流木対策を考える必要があろう.

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写真-4 呉市吉浦東1丁目土石流災害現場(広島県砂防課提供)
呉市吉浦東町1丁目(広島県提供)(写真-4)では,5時過ぎに発生した土石流が斜面近くの木造2階建家屋を押し流し,平家及び教会を襲った.土石流は道路を越えて50m程度流れた所で停止している.この土石流によって4名が死亡した.標高約130m付近から斜面距離約200m,斜面崩壊幅約5m〜8m,表層崩壊厚さ0.5m〜1mで崩壊している.斜面の平均勾配は約42度である.崩壊後には基岩の露出が見られる.崩壊源頭部の土は細粒まさ土によって成り立ち,その透水性は極めて大きい.地形的には谷型地形であり,集水面積はそれほど大きくないが,常に流水は見られる.急峻な斜面を形成する基岩上のまさ土層に,観測史上2番目である1時間雨量70mmの急激な集中豪雨が襲ったことにより土石流となって崩落したものと考えられる.この場所は,1997年に急傾斜地崩壊危険箇所に指定されて既に工事が開始されていたが,土石流が発生した部分の工事は来年度に行われる予定であった.

今後の課題
今回,家屋内にいる住人が少ない日中に,豪雨とそれに伴う土砂災害が発生したため,被害がまだ少なくすんだと考えられ,もしこれが夜中に生じていたら人的被害はさらに拡大していただろうと推測される.現在,被災地の復旧作業が行われているところであるが,崩壊斜面にはまだ流出していない崩壊土砂が大量に残されており,砂防ダムにもかなりの量の土砂が堆積しているため,予断を許さない状況になっている.したがって,次に大雨が降った場合には堆積土砂の土石流化とそれによる二次災害が心配され,これを防ぐ十分な注意と対策がまず必要であろう.
今回の災害は,水を含むと著しく強度が低下するまさ土斜面が広く分布する危険な地域に,1週間にわたる不連続の降雨が続き,その上,災害当日狭い範囲に短時間に大雨が集中したことが大きな原因となっている.現在の地域防災計画は,土石流危険渓流や急傾斜地崩壊危険箇所等において前兆なく突発的に発生する可能性がある土砂災害に素早く対応する考え方にはなっていない.したがって,このような土砂災害を軽減するためには,短時間豪雨による突発的土砂災害に対応できる避難勧告や避難命令等行政側の危機管理システムについて新たに検討することが必要である.これには地域防災計画の見直しも含まれる.
広島県は人口が多い割には平地が少ないために,基本的に危険である山地部にも住まざるを得ない状況にある.広島県下においては約10年に1度の割合で大きな豪雨土砂災害とそれによる人的被害が生じており,人々はその危険性を知識として持っている.しかし,災害の発生場所が離れていたり,時間が経過したために防災意識が薄れ,住民側も過去の災害の教訓を十分に生かしきれていないことも事実である.このように危険な場所で生活しながら突発的に生じる災害に対応するためには,行政による避難勧告や防災施設の整備だけに頼るのではなく,危険性の指標となる地形,地質,災害発生限界雨量や自宅の危険性について正しく理解し,住民自らが雨量データに接してその危険性を判断できるようになることが特に重要となる.このためには,まず,各住宅区域及び近隣の危険渓流,危険箇所一つ一つに雨量計を設置して,誰もが自宅周辺の累積雨量や雨量強度を随時知る手段を持つことが肝要である.次に,住宅地の危険性についての正しい情報と危険度の判断方法について衆知徹底すること,さらに,住民が自主的に避難するための安全な場所を用意し,避難に関する情報を素早く伝達する仕組み等を住民と行政とが一体となって確立して行くことが必要である.また,速やかに避難するための訓練を行い,日頃から災害や避難に対する心構えを持ち,防災意識を高めていくことが必要であろう.
以上,住民と行政が協力して役割分担を行い地域の安全性を高めていく上で,次の検討が早急に必要になると考えられる.第一に,ほぼ同一の条件下で災害が生じた場所と生じなかった場所における土石流や斜面崩壊の発生条件の違いから各場所での地形,地質に対する斜面崩壊の限界降雨条件について検討する.被害の形態や大きさの違い等の特殊性や地域性について検討する.さらに,現在のように土石流危険渓流や斜面崩壊地危険箇所を指定するだけでなく,実際に斜面崩壊・土石流が生じた場合にどの程度の被害を及ぼすかということがわかるように,斜面崩壊を考慮に入れた崩壊土砂や土石流の挙動並びに到達範囲を明らかにする.これらの解析の中から求められる危険度に基づき,潜在的な危険性を示すハザードマップまたはリスクマップを作成・公表して,これを住民に衆知,徹底しておく.第二に,斜面崩壊,流木や土石流を防止,軽減することを目的とした構造物による対策を行うと共に,これらの対策によって災害がどの程度軽減されるのかを明らかにする.前述のハザードマップにはこれらの対策の効果を加え,現状と対策施工後のハザードの違いが分かるようなマップとすべきであろう.しかしながら,大雨がいつ,どこに集中して発生するかわからない現状では,土砂災害の発生場所と発生時刻を事前に予測することは困難である.したがって,斜面崩壊や土石流の発生とこれらに対する構造物の効果を考慮した最終的な危険度が判定されたハザードマップを前提としたソフトウェア(非構造物)対策について検討を行う.すなわち,このようにして作成されたハザードマップ上で危険であるとされた場所においては,その危険度に応じた土地利用や家屋建設の在り方,住まい方,及び避難システムのあり方について早急に検討,議論し具体化していく必要があろう.