| 開発と遺跡 | 高野 浩二 | 1-8 |
| 近世における城と城下町の建設史年表に関する考察(その2) | 新谷 洋二 | 9-16 |
| 古文献「おもろさうし」にみる土木事象 | 上間 清 | 17-22 |
| 国有鉄道における地質調査の黎明と発展 −鉄道省土質調査委員会前史− | 小野田 滋 | 23-34 |
| 明治初期の河岸地に関する制度と利用状況について −東京・日本橋区を例として− | 昌子 住江 | 35-40 |
| 積極と緊縮 震災景気から金融恐慌に至る時代の土木事業 | 鈴木 恒夫 | 41-48 |
| 切手でみる土木史:国際比較 | 加賀屋 長之、清水 浩志郎、木村 一裕 | 49-56 |
| 土木史研究データベースの作成と今後の土木史研究について | 中岡 良司、森 弘、佐藤 馨一、五十嵐 日出夫 | 57-68 |
| インド近代土木工学の源流 イギリス工兵学の影響 | 多田 博一 | 69-78 |
| 明治初期における英国からの技術移植 −R.H.ブラントンの業績を通じた一考察− | 五十畑 弘 | 79-88 |
| 古代地域計画の原理 その6 続幾何図形論 −太陽神のシンボル七芒星− | 木村 俊晃 | 89-100 |
| 福岡市の土木史的考察(その2) −黒田長政の城下町建設から現代まで− | 秀島 隆史 | 101-112 |
| 旧城下町における鉄道の導入とその後の町の変容に関する研究 | 新谷 洋二、堤 佳代 | 113-120 |
| 台北の都市計画、1895〜1945年 −日本統治期台湾の都市計画 | 越沢 明 | 121-132 |
| 土木施設の快適環境づくりへの寄与 −現代および明治期の神戸西部市街地を対象にした史的考察− | 盛岡 通 | 133-140 |
| 神奈備山の景観構成 | 笹谷 康之、遠藤 毅、小柳 武和 | 141-146 |
| 西欧近代風景画に見る橋梁景観の主題性に関する考察 | 窪田 陽一 | 147-154 |
| 明治期における主要な橋の配置計画とデザイン思想 | 伊東 孝 | 155-162 |
| 戦前につくられた東京の橋梁の意匠について | 高浦 秀明 | 163-170 |
| 暗渠水道の起源について | 神吉 和夫 | 171-178 |
| 京都下水道前史 | 小野 芳郎 | 179-182 |
| 京都における塵芥処理の変遷 (その2) −汚物掃除法成立後の塵芥処理について− | 山崎 達雄 | 183-192 |
| 現存するわが国最初の鉄道用鉄桁 −70ftポニーワーレントラス− | 西野 保行、小西 純一 | 193-198 |
| 明治時代に制作された鉄道トラス橋の歴史と現状 (第3報) −ドイツ形トラス桁− | 小西 純一、西野 保行、淵上 龍雄 | 199-206 |
| 二重橋の高欄と南部鉄器の歴史につい | 出戸 秀明、宮本 裕、岩崎 正二、堀江 皓 | 207-214 |
| わが国におけるニューマチックケーソン工法の歴史 (その2) | 平川 脩士 | 215-220 |
| 東大阪地域における河川と舟運について (その2) | 天野 光三、前田 泰敬、二十軒 起夫 | 221-226 |
| 鉱山測量術から見た辰巳用水 | 青木 治夫 | 227-230 |
| 千曲川における寛保2(1742)年8月洪水の氾濫量の推定 | 山田 啓一、片桐 剛 | 231-234 |
| 宝暦治水の回顧 | 根橋 直人 | 235-242 |
| 吉野川の歴史 (その7) 古絵図によって組立てられた吉野川像 | 澤田 健吉 | 243-252 |
| 蛇籠に関する歴史的考察 | 石崎 正和 | 253-258 |
| 霞堤の機能と語源に関する考察 | 大熊 孝 | 259-266 |
| 電力土木の歴史 −各河川水力開発の変遷 (その6) | 稲松 敏夫 | 267-274 |
| 戦前の鴨川改修計画における環境面の配慮 | 松浦 茂樹 | 275-286 |
| 河川空間の利用に関する土木地誌 −茨城県十王川を事例に− | 杉山 和徳、笹谷 康之、小柳 武和 | 287-294 |