土木学会誌
第8回 真剣勝負!
『真の参加協働型社会を拓くために』

水谷香織 岩本直樹

世古一穂さんのご経歴 photo
京都市出身
1975年 神戸大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業
1997年 生活科学研究所主任研究員を経て,「NPO研修・情報センター」を開設,代表として現在に至る  
2000年 大阪大学大学院博士課程(環境システム専攻)修了
その他 多摩大学,立命館大学,東京経済大学非常勤講師,政府委員として,地方制度調査会(総務省),中央環境審議会(環境省)委員など


出会うことのない未来の人々を想う

●「土木」というと,大学で勉強している限りでは,構造力学や水理学を思い浮かべてしまうところがありますが,「土木」とはいったい何なのでしょうか。
「土木」は,中国の古典の中にある「築土構木」からきた言葉ですよね。土を築いて堤をつくり, 木を高く構えて建物・橋をつくるなど,人々の生活の基盤を整えることが本来の意味で,古来から国づくりの基本とされてきました。 また,ネイティブアメリカンの有名な言葉に,「7世代後の子孫にとって良いと思えばその開発を行うことにYES良くないと思えばNO」 という教えがあります。それくらい深い哲学がないと,「土木」というものは語れないのではないかと思っています。

●「土木」に哲学が必要なのですか。
そうですね。例えば,橋は渡ることさえできれば良いというわけではなく,橋を架ければ必ずしても良いというわけでもない。 道路を造ったことで過疎が進行することもある。 その事業が失敗か成功かがわかるには,長い時間を必要とします。 特に,治山治水というのは,20年,30年で片がつくことではなく,それこそ7世代くらいの時間軸で考えなければ良かったかはわかりません。

●未来の人を想い,今,土木に携わる人がするべきことは,何だとお考えですか。
1992年にブラジルのリオディジャネイロで開かれた「地球サミット」(国連環境開発会議)から, 2002年に南アフリカのヨハネスブルクで開かれた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(環境・開発サミット) までの10年間だけでも,地球環境は明らかに悪化しています。 今までの市場経済論理ではなく,環境と共生していくために,国家を超えて連携していかなくてはいけない環境経済の視点が不可欠になってきています。 生態系や循環型の視点で土木を考え直し,「土木」とは一体何なのか,今後どういう国を造っていくのかを根本から問い直し, 考え方や価値感を転換する時期にきていると思います。

土に学ぶ,木に学ぶ

●生態系や循環型の視点で土木を考えるとは,どういうことですか。
土木に携わる人として,自然との関係が見えなくなっているような気がしています。 私が尊敬する大工の棟梁の西岡常一さんは,『木のいのち木のこころ』という本で, 「木の心を飛鳥の工人に学ぶ」とおっしゃっています1)。「北面の木は北面に,南面の木は南面に使う」と。 自然を力で抑え制覇するというのは西洋的な考え方です。 日本は,自然と付き合ってきた人の知恵をもともともっていました。
土に学ぶ,木に学ぶ,その土地の風土に学ぶ…,住んでいる人の声を聞くというのは当たり前のことですよね。 それこそが科学の基礎だと思います。
そして,計算しきれないものをどう考えるか。豊かな自然,心地よい空間,ほっこりする居場所, そういうものをどう造っていくか。 いくら有能な技術者であっても,ほっこりする空間や暖かい雰囲気を設計するというのは,ものすごく難しいことなのですよ。

「効率性」を問いなおす

●しかし,土木では効率性も大切ですよね。
例えば,地球の表土を剥ぎ取ることは一瞬で可能ですが,その表土を戻すには何億年もかかります。 急速な経済発展に伴って,照葉樹林帯が姿を消し,杉や檜ばかりの人工林となった結果,山の土はどうなりましたか。それを元に戻すには, どれだけの費用がかかりますか。 これらは,本当に効率がいいのでしょうか。
また,ダムを造るときには,利水に対するプラスの貨幣換算のみではなく, 環境への負荷などマイナス部分の換算も含めた費用対効果を考えれば,もっと違った土木経済学のあり方があると思われます。

●長い時間の物差しで,「効率性」を問い直すことが必要なのですね。
狭い範囲の「効率」という言葉にごまかされないことです。 短い時間軸で市場の論理を前提とした「効率性」を追うことは非常に浅はかで,時としてかけがえのないものを失ってしまうことがあります。
21世紀は,持続可能な形での経済学や土木というものを再構築しなくてはいけません。 これは今までの論理の上に重ねるのではなく,大胆に発想を転換し,パラダイムを転換していかなくてはいけません。

つぶやきを形に,思いを仕組みに

●実際には,心の中では「おかしい」と思っていたとしても,自分一人ではどうしようもなく, 周りに流されて実行せざるを得ないこともあるのではないでしょうか。
以前,水俣で人々の話を聞き,水俣病が問題になる10年も前から地域の人たちの間で, 「何かおかしい」「工場の廃液に問題があるのではないか」とつぶやき合っていることがわかりました。 皆のつぶやきを形に,思いを仕組みにすることができていれば,取り返しがつかない事態を少しでも軽減す ることができたかもしれません。
始まってしまった事業は,「もう元には戻せない」と思っている人もいるかもしれませんが,今すぐに止めなければ, 次世代,次々世代の子どもたちの命を奪うことになることもあるのです。

●そのためには,どうしたら良いとお考えですか。
「おかしい」と思っていることをきちんと「おかしい」と言い,変えていける「市民」を増やしてゆくしかないと思います。 「自分はいけないと思いましたが,上から言われたので実施しました」ということが重なったとき,そのツケは, 結局,弱い人や次世代にまわるものです。
それから,「上から言われる」という発想を止めること,上下なく水平の人間関係の中で生きる社会, それが「協働型の社会」です。 自分で立つという「自立」と,自分を律するという「自律」が必要だと思っています。

新しい公共に必要な「協働コーディネーター」

●世古さんがおっしゃる新しい公共「協働型の社会」では,土木事業は何が変わるのでしょうか。
土木事業で造り出すものは,結局は,市民社会で使うものです。 土や木を相手にしていますが,人間が介在するものですから,みんなのつぶやきや思いを行政機関や技術者に伝え, 形や仕組みにする専門家「協働コーディネーター」が必要だと考えています2),3)
これは,土木に携わる人の仕事ではなくて,コミュニケーションの専門家の仕事です。 これからの土木事業はコミュニケーションの専門家と協働しないと進みません。 それも事業の構想・計画段階のところからの関わりが不可欠です。 そうすることで計画決定後に賛成,反対というようなことをなくしていかなければなりません。

●土木事業においても,パブリックインボルブメントや合意形成など,市民とのかかわりが重要視されてきたように思います。
そうですね。多くの自治体で市民参加の動きがありますが,コミュニケーションの専門家が介在しないまま, いわゆる「市民の声」を聞いても,その本質的なことを聞けているのか,またそれを計画や設計に反映できているのか等保証は一切ありません。 一般市民に,土木の専門用語,土木事業の意味やその必要性を分かりやすく伝えるインタープリターの役割というのは, 土木事業者や土木技術者が直接やっても上手くいかないのではないかと思っています。 例えば,裁判では弁護士が介在するように,参加をデザインする体系だった理論や技術4)を学んだ新しい専門家が必要なのです。

豊かな提案力,確かな説明力

●世古さんのように,高い理想に向かって,理論も実践も充実させながら,ご活躍されている方は少ないように思います。 世古さんは,これまでどのような教育を受けてこられたのですか?
小さいころから家庭では,「これをしたらダメ」,「お前にはむかない」,「できるはずかない」,と頭ごなしに言われたり, 「小さいから」,「女だから」とマイナスのメッセージを受けたことがありません。 「自分がやるべきことを実現するためには,どうしたら良いか」を常に考え,幼くても提案をすれば,それを受け止め,一緒に考えてくれる親がいました。 物心ついたときから,一人の人として認められる,自立と自律を第一とする家庭で育ったことが大きいかもしれませんね。
しかし,家では何に対しても提案する責任と説明する責任は求められました。 例えば「こういうのが欲しいなぁ」と言えば,「なぜ必要か」を説明し,「どうしたら手に入るか」を提案する必要がありました。 与えられたもので我慢するのではなく,いろいろなことを考えて提案すればいいのです。 豊かな提案力と説明力をつけることが第一ですね。

持続可能な社会に向けて

●世古さんのお話を伺って,土木という専門分野に携わる学生が今やるべきことは,たくさんあることに気がつきました。
自分たちのやるべきことをもっと長い時間軸と大きな視点,市民の価値感で考えてみて。 持続可能な社会を形成するために必要な技術というものがあるはずです。 開発と保全とは対立概念ではありません。 社会に必要な開発や土木事業を行っていくためには,持続可能な開発をすることは当然のことなのです。 これから土木に取り組む若い人たちの重要な課題の一つではないでしょうか。

●新たなる挑戦ですね! なんだかとてもわくわくします。
土木に携わると言うなら,まず多様な分野の本を読むべきですね。 例えば,市民参加論を学ぶために社会科学の本だけ読んでいてはだめです。 免疫学者が書いた人体の免疫の話は,市民参加論とものすごく通じるところがあります5)。 人間の営みの根本に至るような生命そのものの中に,世界の問題の解決に通じる論理が秘められているように思います。 皆さん土木以外の多様な分野の本を読んでおられますか。
土木の中でも細分化された分野をつなげ,理科系,文科系の区分なく統合的に包括的に考えることができる土壌が必要です。
学生であれば,違った学部の学生との交流が非常に大切です。 「常識」だと思っていることが,よそに行けば「非常識」だということはたくさんありますからね。
土木学会も,土木技術者のみではなく,もっと教育学,社会学,哲学,政治学などいろいろな分野の人が集まり議論する学際的な学会になるといいですね。

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インタビュー中の世古さん
     
コラム:「協働の社会」に向けた取組み
2002年11月15日に,東久留米市の市民プラザで開催された 「協働のまちづくり推進懇談会報告書の報告会および協働推進のための研修会」に参加しました。 専門知識を持ち合わせない一学生として,この報告会をレポートします。
■東久留米市での取組み
東久留米市では,2001年11月に「協働のまちづくり推進市民懇談会」を設置した。 公募に応じた市民や公共団体の代表者からなるメンバーは,合計8回の会議を開催し, 行政と市民がよきパートナーとして協働していくための必要性や協働を進める上での課題といった, 東久留米市における協働の基本的な考え方を「協働のまちづくり推進懇談会報告書」としてまとめ,2002年9月に市町へ提出した。
■報告会の内容
報告会では,NPOやNGOをとりまく世界の情勢,日本の現状が紹介された。 また,「協働」とはなにか,市民団体と行政がどのように補完し協力し合えるか述べられた。 特に,今まで市民は行政サービスに頼りすぎていたが,これには限界があるため,行政を補い協力しあえるNPOの必要性が強調された。 同時に,自立した市民団体と行政は対等な関係を築いてゆくこと,行政から市民団体に権限を分ける(戻す)ことには, 責任をも伴うことがはっきりと示された。 さらに,現在の市民団体への予算の配分の方法では「分捕り合戦」になり,行政の下請けになる可能性があるので, NPOが互いに連携し,「声の大きい人やうるさい人」にお金が配分されるシステムではなく,市民団体がネットワークを組んで校正に予算を配分する案が示された。
■感想
ごみの収集を行政に任せている国は珍しい,との世古さんの話には,考えさせられるものがありました。 自分たちでできることは自分たちで行う,そのような社会の仕組みに,これからの「土木」はどのように関わっていくのか,模索してゆく必要を感じました。
【岩本直樹】
────その後のこととして,「現在市は報告を受け取ったが,その内容を実施するという決断ができないままで市民からの批判を浴びている。 委員会の報告は立派でも,実現には至らない現状がある。 市民参加が結局行政のアリバイ的にされているのが多くの自治体での現状ではないか。」と世古氏は言う。 そして「東久留米市の市民が行政をきちんと監視し,提言を実現させるように応援しています。」と。

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講演中の世古さん

学生へのメッセージ

●最後に学生へのメッセージをお願いします。
みなさん,どんな詩集例えば6),7)をお持ちですか。 例えば,昔の和歌のなかには,そのころの素晴らしい,美しい風景を詠んだものがたくさんありますよね。 土木にとって美しいということは,プラスアルファではなく,洗練された必要不可欠の機能だと考えています。 美しい風景,本物の風景を見たことがある人には,何が本物かがわかります。本物がわかると,いい加減なものを見たときに良い気持ちがしません。
土木技術者の仕事は,夢を形にする仕事,社会の中で何十年,何百年も残る風景をつくりだす,それはそれはものすごく夢のある仕事だと思います。 100年,200年先の人に美しいものを創り遺す大きな責任があると思います。
土木に携わる人には,自分の好きな詩人の本をいつも持ち歩き,情感を養っていただけたらと思います。 美しさたおやかさを感じられるやわらかな精神と想像力が,本来,土木技術者には必要なのだと思います。

取材を終えて

「協働コーディネーターがいないと,いくら善意に基づいた市民参加でも悪いものができる」と一見非常に厳しいことをおっしゃる世古さんに, 心の奥底からあふれる暖かさと,高い理想を追求することの自分自身への厳しさそしてその魅力を,震えてしまうほど感じました。 今後の人生を生きていくうえで,大きなヒントをいただいたように思います。
【学生編集委員 水谷香織】
「詩集を持っていますか」の世古さんの質問には「日ごろから,感性を養っていますか」という意味が込められているように感じました。 私は恵まれた自然環境の中で学生生活を送ることができ,美しい風景から学ぶ機会が得られたことに感謝しています。 これからも豊かな感性を磨きつつ,より良いものを造る技術者になりたいと思いました。
【学生編集委員 岩本直樹】

参考文献
1  西岡常一:木のいのち木のこころ,天,草思社,1993
2  世古一穂:協働のデザイン パートナーシップを拓く仕組みづくり,人づくり,学芸出版社,2001
3  世古一穂:市民・行政・企業・NPOのパートナーシップ型まちづくりにおける新しい職能としての「協働コーディネーター」論,建設マネジメント研究論文集,Vol.8,2000
4  世古一穂:市民参加のデザイン 市民・行政・企業・NPOの協働の時代,ぎょうせい,1999
5  多田富雄:免疫の意味論,青土社,1993
6  谷川俊太郎詩集(多数あり)
7  茨木のり子詩集(多数あり)
 
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応募先 〒160-0004 東京都新宿区四谷1丁目無番地 (社)土木学会 編集課 中村宛

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