土木学会誌
第1回 まずは、聞いてみよう!『公共事業に必要なコミュニケーションとは』

水谷 香織 佐藤 圭輔

ご経歴 photo
1956年生まれ
1980年北海道大学農学部農学科(造園専攻)
1980〜1984年高野ランドスケーププランニング(株)
1987年カリフォルニア大学大学院
ランドスケープアーキテクチャー学科(修士)
地域および都市計画学科(修士)
1987〜1990年Moore Iacofano Goltsman Inc.
1991年〜現在(財)世田谷区都市整備公社まちづくりセンター


コミュニケーションを学んだきっかけ

学部卒業後にいったん就職されていますが,その後 留学を決意したのはどうしてですか.
学部卒業後に就職した会社でマレーシアの公園を設計 する機会があったのですが,気候や風土が日本とは違っ ていましてね,日本での考え方が全く通用しなかったの です.「ベンチは日光の当たるところに作らない」とか, 「森林浴は毒ヘビやサソリに注意」とか,地元の人には 当然なのでしょうが,私自身は驚きましたよ.地元の文 化風土を知る必要性を感じました.
また,九州のある公園計画で小学生に理想の姿を描い てもらったのですが,そこにはゲームセンターやジェッ トコースターがありまして,公共事業への現実的な反映 が難しいものであると実感しました.
また,公共施設の整備内容など,制度による枠組みが 決められた中での計画や設計の進め方にも疑問を感じて いました.学部時代の私の専門は景観や造園でしたが, これらの経験から,地域の発想から空間利用を考える都 市デザインや,地域の人々の意見を計画に反映させるコ ミュニティーデザインの必要性を感じ,アメリカの大学 に留学することを決意しました.

「住民参加が当然」のサンフランシスコ

景観設計と地域・都市計画のダブル修士を取得され ていますが,どのようなことを学んだのですか.
景観設計の方では,実際にまちに出て,NPOや住民 らと対話しながら空間設計やデザインを行いました.こ こでは,まちの魅力など質に関する住民意識を知るため のヒアリングをはじめ,さまざまな調査方法を学びまし た.最終的には,その授業成果を市役所の方々に提案し ましたよ.
地域・都市計画の方では,「まちの経営や運営」とい う視点で,住民と行政が連携しながらお金と事業を上手 く回していくことなどを学びました.それまではデザイ ンに携わっていましたので,とても新鮮でした.

サンフランシスコでは,どのように公共事業を進め ていましたか.
住民とのコミュニケーションを図るために,ニュース やインターネット,ワークショップ※1などがごく日常的 な感覚で利用されていました.特にサンフランシスコで は環境に対する意識が高く,住民の合意がなければ事業 が進まなかったのです.「住民参加が当然」という雰囲 気でした.
ですから,公共事業は,実際の計画を担当するコンサ ルタントと,住民参加の円滑化を担当するファシリテー ターの会社がチームを組んで事業を請け負うことが一般 的でした.ちなみに私は,大学院修了後,世田谷区都市 整備公社まちづくりセンター(以下,世田谷まちづくり センター)設立に携わることになるまでの数年間,後者 のファシリテーターの会社に勤めていました.そこでは, ラジオ,ビジュアルコミュニケーション,景観シミュレ ーション,アンケート,ワークショップ,会議運営技術 などあらゆるコミュニケーションツールを利用していま したよ.
カリフォルニアでは,計画調査費の最低,15%くらいはこ のようなコミュニケーション費用にあてていたと思いま す.シアトルのマスタープランでは,たしか,50%だった とか.今の日本では,ちょっと考えられませんね.

住民・行政・企業・大学などそれぞれの立場にいる 人々の意識をどのように感じましたか.
アメリカでは,「自分が動けば社会が変わる」という 意識が強かったと思います.それに対して日本では, 「参加しても意味ないんじゃない?」という意見が多い かもしれません.
また,アメリカでは終身雇用制が採用されていないの で,社会における人材の流動性が高く,NPO⇔民間⇔行 政というように立場を変えて働くことがよくあります. それが,お互いの考え方を理解し,協力関係を築く助け にもなりますね.
一方,日本では役所の受験に年齢制限があって,それ を超えてしまったらあとは民間の職しか道がありません. 流動性が低いために村社会ができてしまい,お互いの常 識が食い違ってくることがあります.専門家や行政が住 民にわからない言葉を使う,住民が行政の事業の進め方 を知らないがために無理なお願いや批判ごとをしてしま う,そういうレベルで理解し合えないことも結構あると 思います.

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写真-1 浅海さんの活動風景@

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写真-2 浅海さんの活動風景A

住民参加型のまちづくりに,課題や限界を感じるこ とはありましたか.
課題としては,やはり,NIMBY(Not In My Back Yard)問題※2がありましたね.また,教養があり所得も 高い人々の政治力や発言力が大きくなり,その他の人々 にしわ寄せがいくという問題もあったようです.参加と いっても,社会的な公正さをどう保つかという問題に常 に注意する必要があります.

世田谷まちづくりセンターのコミュニケーション

どのようなお仕事をされているのですか.
世田谷まちづくりセンターでは,公共事業を行う際の 行政・住民のコーディネート,住民の活動支援,相談や アドバイス,啓蒙活動,住民意識を高めるための活動な どを行っています.当センターの運営資金は区からの補 助金と委託事業によって成り立っていますが,本を出版 したり,ファシリテーター※3やコーディネーターの講習 会を開催したりと,自主財源を確保する活動も行ってい ます.その他に,住民から提案された活動や事業に対し て,助成金を提供する制度も創設しています.

「助成金」という「お金」が関係しますが,住民との良好な関係が保てるように何か工夫をしていますか.
皆さんに中立の立場を納得してもらうために,全て公 開で審査を行っています.審査員は,10人で任期は,6年 を最長とし,2年ごとに交代します.また,審査会は全て 公開で行われ,審査員はみんなの目の前でどの事業に助 成するべきかという意思表示をしなくてはなりません. 運営委員会での決定過程も公開で行っています.今後 は,こういった透明性の高い事業が求められてくると思 います.審査員の方々には「一年で一番つらい日」と言 われてしまいますが….

そのようなお仕事をされる中で,「人と人とのコミ ュニケーション」とは何だと思いますか.
とってもおもしろいものだと思います.大事なものは, みんなで創っていく楽しさであり,顔を見ながら学べる ことであり,視野を広げられることです.ときには新た な人材を発掘できることだってあるんですよ.
多様な意見の中で考える場となりますから,一人で設 計や計画するよりも楽しいんですよ.実際に関わる人の 顔がわかると計画の手ごたえがありますし,机上の空論 ではなく現実感に溢れていますから.ときどき,怒られ たりもしますけどね.

実際の現場では,具体的にどのようなコミュニケー ションが大切になってきますか.
話をするというバーバルコミュニケーションだけでな く,言葉以外のノンバーバルコミュニケーションも大切 になってきます.例えば,子供の目がキラキラと輝いて いる.それを見て大人は昔を思い出す.また,みんなで 林の管理をして汗を流す.そして,その姿に心を動かさ れる人がいる.このような意識化していることとしてい ないところ両面でのコミュニケーションがとても大切で, 都市空間の使い方や意味を互いに気づかせあっていると もいえます.

浅海さんはどういったことを意識してコーディネー トされていますか.
まず“全体像の理解”を共有化することです.例えば 問題のとらえ方は,立場による意識の違いや情報量の差 によって異なっているものです.そして,それが実りあ る話し合いや合意形成の妨げになります.また,何が客 観的事実で,何が価値観によるところかなど,公共事業 の意思決定現場におけるコーディネーターは,それを峻 別できなければいけません.価値観の押し付けになって はいけないし,かたよった議論の中で結論づけることは 避けなければなりません.行政も言うべきことは言うべ きです.全てを出しあって話しあうことが理想です.こ ういったことを意識して仕事をしていますが,プライバ シーや人間関係に関係することもあって,実際にはそう 簡単ではありません.

浅海さんの「心得」
その一. 相手の意見を良く聞き,言葉の裏にある本当の気持ちを汲み取る.
とくに,自分の望みをうまく言葉で表現できない人には,一緒に見 つける気持ちで接する.
その二. どの人も話し合いや意思決定のプロセスからはずされないような気 配りをする.

大規模公共事業に必要なコミュニケーション

主体の規模や対象の違いなどによって,コミュニケ ーションのとり方は違うのでしょうか.
計画によって影響を受ける人,情報を得る人,それか ら意思決定に携わる人など「関わる人」の範囲は異なり ますが,根本的には同じだと思います.事業の大小に関 係なく,問題構造を明らかにした後,利害関係者を集め てみんなで話し合い,創造的解決を行うことが大切です. それから,コミュニケーションをとるということは,合 意形成だけが目的ではありません.評価は難しいですが, 地域の質がどれだけ変わるか,つまり自分たちが自分た ちで問題を解決していく力,地域力の向上が求められて います.

大規模公共事業において必要なコミュニケーション とは,どのようなものだと思いますか?
ワークショップやアンケートなどのコミュニケーショ ンツールも利用できますが,一つの方法が万能ではあり ません.その場の状況は常に変わっていきますから,マ ニュアルみたいものもありません.逆にいえば,方法は いくらでもありますよ.アンケートは大切です.しかし, それは解決方法を創造的に見つけるためではなく,幅広 い情報の収集や問題構造の把握により役立つものです.

円滑かつ効果的なコミュニケーションをとるため に,具体的にどうしたらよいと思いますか.
繰り返しになりますが,まず,わかりやすい正確な情 報提供が必要です.それから,違う立場の人の意見,全 体の問題構造,目指す理想像の共有化が必要です.時に は,創造的な解を見つけていくためのガイドや,「大切 でしょ」と問題に向かわせるテクニック,リーダーシッ プも必要だと思いますね.
行政が住民参加を提案すると,行政は傍観者になりが ちですが,参加で築き上げた成果がその後の行政内での 判断でだめになることもあります.ですから,行政もテ ーブルに入って議論を一緒に進める構造にする必要があ りますね.つまり,意思決定者が中に入って話し合うこ とが大切だということです.
話し合いの場に参加する人は,周辺住民をはじめ民間 事業者なども含めた,計画によって影響を受ける関係者 全てですね.直接利害に関係しない人の参加も,第三者 としての客観的な立場から意見を述べたり,創造的解決 策を提案したりと議論の幅や質を高めるという意味では 望ましいといえます.ただし,意思決定についてはやは り関係者がすべきだと思います.
お金での解決は,経済的な面だけの満足を考えたもの であって,環境を犠牲にしていたり,コミュニティーの 関係を犠牲にしていたりするのではないかと思います.

学生へのメッセージ

コミュニケーションを苦手とする人はどうしたら良 いと思いますか.
私もコミュニケーションは苦手です.しかし,案外仕 事ならできるものですよ.相手の気持ち,本音,心情を 察することが大事です.一人一人の気持ちを無視せず に,誰のための計画なのかという原点を忘れず,みんな で話し合う心構えを強くもてば,自然とコミュニケーシ ョンをとれるようになっていくと思います.

学生にメッセージをお願いします.
卒業後,自分の仕事が社会的にどういう意味をもって いるのかをしっかりと考えていって下さい.多くの人の 意見を聞き,みんなと一緒に考えていくことは,難しい けれども,楽しいことでもあることに気づいてくれたら うれしいですね.自分が関わったものができたとき,物 語を豊かにしてくれるでしょう.

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写真-3 浅海さんと三人で

取材を終えて

「物語を豊かにする」,その一言に「公共事業に必要 なコミュニケーション」の全てが集約されているように 思いました.公共事業計画自体を楽しむ余裕,構想段階 から携わったことによる公共構造物への愛着,そこには 貨幣換算できないとても大切な何かがあるように思いま す.
【学生編集委員 水谷香織】
浅海さんのお話を聞いていて,結局大事なことは,人 と人とが話すことであるとわかりました.でも,コミュ ニケーションって難しいですよね.みんなを相手にわか り合うことだから.みんなで創っていく楽しさ,昔はあ ったような気がするけれど,もう一度思い出してみたい です.
【学生編集委員 佐藤圭輔】

※1 ワークショップ
頭だけでなく五感も重視した,集団創造性を高める共同 作業の方法.
※2 NIMBY問題
迷惑施設の立地・建設にあたり,「総論としては賛成だ が自分の家の裏庭には止めて」ということ.
※3 ファシリテーター
参加者の心の動きや状況を見ながら,実際にプログラム を進行していく人のこと.

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