加藤 徹夫(Tetsuo KATO) 正会員:土木施工研究委員会委員長・前田建設工業(株)常務取締役
1.はじめに
最近の建設工事の「品質」をめぐる情勢は、日本的な品質管理の手法であるTQCがTQMとなって、経営的な色彩が強まってきたこと、国際的な品質保証のシステムであるISO9000シリーズの審査・登録を行う建設会社が増えてきたこと、平成8年1月に建設省の「公共工事の品質に関する委員会」の報告書が出されたこと、同年5月に出された「日建連ビジョン」においても、総合的な品質確保への取り組みの重要性が指摘されていること、さらには昨年、PL法の施行により、製造者責任に関する社会的関心が高まっていることなど、様々な動きがみられる。このような状況に鑑み、メンバーの殆どが建設会社の技術者であるという特色を有する土木施工研究委員会では、今回の全国大会において「品質の確保・向上と建設会社の役割」について改めて検討するために、この研究討論会を企画した。
2.話題提供の概要
・田辺忠顕(名古屋大学)「土木産業における品質管理・向上の Incentive について」
これまでの土木産業における品質管理は、一般企業の場合と異なり、顧客主導で行われてきたような面がある。市場原理にもとづき、品質管理の本当の motivation が企業側に出てくるようにするためには、品質保証期間の設定などにより品質保証の概念を数量化、価格化して明確に定義し、企業側に品質の良否を含めた自由競争の場を作り出すべきである。
品質保証期間の設定のためには、標準示方書など規定類の改定、構造物の耐用年数の概念の明確化、欠陥の責任の所在を明らかにする技術の確立、長期保証のための観測データの収集など、さまざまな課題を解決しておく必要がある。
・山田邦博(建設省)「公共工事における品質の確保・向上について」
公共事業は、短期間に多くの資本を投入するという効率化追求の「量」の時代から、目的物ごとのプロセスを重視する「質」の時代に移りつつある。この流れの中で、国民が公共工事の顧客であると同時に真の供給者であることが強く認識されるようになっている。 建設省では、平成5年度には公平性の観点から入札・契約制度の改革を実施し、平成6年度には競争性の観点からコスト縮減のための行動計画を策定した。さらに、平成7年度には客観性の観点から品質の確保・向上に関する方策を策定した。
平成8年1月にまとめられた「公共工事の品質に関する委員会」報告では、発注者、設計者、施工者の役割の明確化が強調され、「人」「技術」「制度」の視点から各種の施策が取りまとめられている。
・渡邊元(東海コンクリート工業)「ポール製造におけるJIS Z 9900sの適用について」
東海コンクリートではコンクリート・ポールを主力製品としているが、従来の不良品を減らすという品質管理を一歩進めて購入者の立場に立った品質管理を展開するため,ISO9000シリーズの導入を図り、1992年からワークに取りかかった。これにより、品質マニュアルを基本とした担当部署の責任と権限の明確化、諸材料購入条件の見直し、製造プロセスの記録の文書化によるトレーサビリティの強化、内部品質監査制度の導入、教育・訓練の充実などを実施した。この結果、従業員の品質意識は著しく向上し、各種の品質関係の賞を受賞するなどの成果が上がっている。また、トレーサビリティの強化により、クレーム処理、PL対応などに対する有効なシステムが形成されている。
・鳥居泰男(トヨタ自動車)「トヨタ自動車の建設工事における品質管理・保証活動」
トヨタ自動車の建設工事においては、顧客が社内のユーザーであり、ユーザー、設計者、施工者、保全管理者が一体となって目標となる品質を造り込むことを品質管理と保証の基本としている。施工者に対しては、目標性能の相互確認を行うとともにVE提案を義務づけ、発注者にとってはVEによるコスト低減と、施工者にとってはVE提案努力が受注活動につながるという一石二鳥の効果をねらっている。施工段階においても絶えず目標品質の確認が行われ、施工者には第三者的な品質管理者の設置を要請している。また、工事中のVE提案については報奨制度としてコスト低減額の50%を施工者に還元している。
海外工事においては、施工者側に、設計と施工の双方に通じたプロジェクトマネージャーの育成・配置が望まれる。
・世一英俊(土木施工研究委員会・間組)「品質確保・向上と建設会社の役割」
土木施工研究委員会を構成する29の建設会社に対するアンケート調査の結果、次のようなことが明らかになった。@最近の建設工事を取り巻く環境の変化の中では、入札・契約制度の改革、建設市場の国際化、コスト縮減の要請の3点に関心が集まっている。A各社とも、品質保証に関する社内体制の整備、人材の育成を急ぎつつある。B品質保証体制の整備の効果としては、企業イメージの向上、施工者の役割と責任の明確化、受注活動への寄与、業務の効率化、技術力の向上などが挙げられており、新たに発生する課題としては、文書量・事務量の増大、資格の取得を含めた人材の確保などが挙げられている。CISOに対しては、各社とも積極的な取り組みを示している。D今後の展開としては、発注者・設計者・施工者の役割分担の明確化、技術力・技術開発に対する正当な評価、設計変更、VEに対する理解とインセンティブなどが挙げられている。
3.討論
@品質の確保・向上のためには、成果品である建造物の品質を評価し、公表するようなシステムが必要ではないかとの指摘があった。これについて、公共工事の発注については、過去においては指名制度により品質確保のインセンティブが反映されていたが、今後においても成果としての品質を客観的に評価・公表し、その結果を活用することが必要であろう。また、施工サイドとしても品質に優れた会社が伸びることができる環境づくりということは必要なことだと思う。このためには、評価項目、評価基準などの明確化など客観性保持のための条件整備が必要との回答がなされた。
AVEとインセンティブの関係について議論が行われた。公共工事の場合は、現状では入札時のVE提案が採用されている。しかし、施工時のVEによるコスト縮減額の還付については会計法などの関係があり、現在検討が進められている。民間工事の場合、入札時にVE提案を行い、受注できなかった会社の取り扱いが問題になるが、公平かつ適正 に評価しておくことにより、次の受注機会に反映させることも考えられる。
B品質目標の設定について議論が行われた。要求品質は構造物によって異なるので、一律に定めることは難しいが、ユーザーの要求する機能を極力数量化して提示することが必要である。また、品質目標の実現に当たっては、契約図書の整備などにより、発注者、設計者、施工者など関係者間の相互理解を図ることが必要である。
C品質保証と検査の在り方について議論が行われた。検査については、プロセスの管理が必要であるが、発注者・設計者・施工者それぞれの役割分担に従って、重複を避け、機能的に実施されるべきである。
DISOの取り組みについても議論された。既に実施している会社からは、案ずるよりは産むが安しで、とにかく取り組んでみて効果を上げるべきであることが指摘された。
4.おわりに
今回の研究討論会では、学・官・産の各分野の専門家の方々に幅広い話題提供、問題提起をしていただき、活発な討論が行われた。幅広く取り上げたために、焦点が定まりにくかったというご批判もいただいた。しかし、品質という問題は、簡単に焦点が定まるというものでもない。われわれ土木施工研究委員会としては、今後とも土木学会内の関係委員会とも連携を取りながら、この問題についての検討をさらに進めて行きたいと考えている。話題を提供された方々、討論に参加された方々、アンケートなどにご協力いただいた方々に対し、深甚な謝意を表する。