建設コンサルタント委員会

平成10年度 全国大会 研究討論会

日 時;平成10年10月4日(日)
会 場;神戸大学C棟3階 C-301教室


テーマ: 「都市のリノベーションとコンサルタントの役割」

座 長 : 林 良嗣 名古屋大学


話題提供者

 「『ネーチャーフレンドリー』を考慮した地域再生の方向性:ドイツの経験を通して」
           大村 謙二郎   筑波大学

 「『ヒューマン・フレンドリー』を指向した都市空間の整備」
           加藤  源     日本都市総合研究所

 「神戸市のインナーシティーの現状とリノベーションの実践例」
           太田 敏一    神戸市震災復興本部

 「復興まちづくり、住まいづくりにおけるリノベーションのいくつかの事例」
           石東 直子    石東・都市環境研究室

 「地方都市における中心市街地の再生」
           上野 俊司    (株)オリエンタルコンサルタンツ


はじめに

座長:林 良嗣(名古屋大学大学院工学研究科教授)

 リノベーションとは、「回復=元通りの良好な状態に戻す」という意味であるが、都市のリノベーションという場合には、現代および将来の社会経済的ニーズや制約に対応するために「革新」という意味を加えて、美しく、使い易く、また、持続性のある都市へと変革していく必要性があろう。一方では近代の都市が失ってきた自然との日常的触れ合いを取り戻すべく、再び自然の生態系の中で位置づけて、ネーチャーフレンドリーな都市に再生する方向性と、他方では、施設が住民に対して、あるいは住民同士が人間的に触れられるヒューマンフレンドリーな都市に再生する方向性の両方を見据えるべきである。そして、自然や人々との日常の触れ合いを通じて、都市に対するニーズへの住民の自覚の高揚がもたらされれば、求めるべき美しさ、使い易さ、持続性も行政サイドでなく、住民自らが設定していくシステムが組み立てられるのではないかと思われ、ここにコンサルタントの役割の重要性が認識されなければならないであろう。
 本討論会では、このような枠組みの下に、1)都市のリノベーションに関する事例と要件、および2)コンサルタントの役割の観点から討議をしていく。



話題提供の概要

リノベーション事例とその要素

大村 謙二郎(筑波大学 社会工学系教授)「ネーチャーフレンドリーを考慮した独国IBAエムシャーパーク」
 
 独国IBAエムシャーパーク整備における鉄工所跡地の再利用事例をスライドを使って紹介する。これまで鉄工所のような施設は、解体して更地化したうえで、再開発を行うことが多かったが、ここでは解体される建物や施設を現代に適合する公園の造形物として保全する形で地域再生を図っている(近代産業遺構の保全と活用)。工場跡地をショッピングセンターとして再生し、路面電車やシャトルバスも運行させている。ガスタンクを歴史博物館の一部とし、またネーチャーフレンドリーを徹底的に追及している区画もある。古い施設を残しながら整備するというドイツの基本理念が投影されている。

加藤 源(日本都市総合研究所):「ヒューマンフレンドリーを指向した都市空間」

 景観形成と空間構成は重要な思想である。土木施設とか公共施設の整備には、建築物の配置の仕方と絡めて、十分な空間的余裕が必要である。
 帯広市のある公園では、園内には施設をつくらず、だだっ広い芝生を植えているだけである。これは「ここではこのように遊んで下さい」と行政側が押しつけるのではなく、自由に使って貰うという発想である。つまり、遊ばせるのではなく、遊べる空間となっている。
 ニューヨークのマンハッタンの公園では、芝生に500脚の固定されていないイスが置かれ、各自が目的や人数に応じて自由にセッティングできるようになっている。極めて応用力、自由度の高いヒューマンフレンドリーな空間構成といえる。写真に示すたこ焼き屋では、店の前にイスやテーブルがなく、お客は道路の防護柵に腰掛けて食べている。しかし、誰もが楽しそうである。
これらの事例から分かるように、都市空間をどのように使うかを考える場合には、そこに自分が参加している気持ちにさせる工夫(おもしろさの加味)が必要である。

上野 俊司(オリエンタルコンサルタンツ):「中心市街地の再生」

 地方都市の活性化をテーマとした業務で、道路ネットワークの変遷事例を調べていたら、都市の中心軸が希薄化していることがわかった。これからの都市計画には、@環境循環都市の追求(環境に優しい都市)およびA都市中心部の活性化がテーマとなる。中心街の役割が変化していることや、都市圏の人口の減少を考えると、魅力ある街道を蘇らせることなどが地方中核都市における計画のポイントとなる。また、「地縁」から「知縁」へと視点が変化していることも特徴的な動きである。
 このようなことから、都市のリノベーション、特に中心市街地の再生にあたっては、視点を@中心街の役割の変化、Aユーザー主役の都市、B都市のアイデンティティという切り口からアプローチしてはどうかと思う。

太田 敏一(神戸市):「震災後の神戸市のインナーシティの現状とリノベーションの実践」

 神戸市では人口、学生数など基本的な指標がどんどん減少傾向にある。インナーシティの特性として、建物が古い、空き地が少ない、震災時の火災被害が大きい、などがあった。これらの地区の再生にあたって、住民から二度と火事が燃え広がらないまちにしたいという要望が出され、「水」と「みどり」あふれるまちづくりを指向した。 
 例えば松本地区では、工業用水を利用した「せせらぎ」を再生計画に取り込んだ。また、深江地区では、ボランティア団体等による緑化活動が、震災空地のあり方にとっての貴重な示唆を与える事例となっている。

石東 直子(石東都市・環境研究所):「住まいづくりにおけるリノベーション」
 私は、リノベーションは、「回復する」のではなく「刷新する」ことであると受け止めている。例えば、集合住宅を建設するに際しては、ベランダにある各戸の壁を取り払い、昔の長屋的情緒を復活させている(コレクティブハウジング)。また、入居前に入居予定者を集め、触れ合いの場を設けるなど実践してみた。
 これまでの経験を通じて、既成制度を打破し、新たな仕組みを創り出すことは、行政の力だけでは難しいと感じている。もっとトータルな施策が必要で、暮らしの懇談会では、29世帯の人を一同に集め、抽選という方法によったため、公平性が確保され、男性の意識改革が進んだ。また、制度の枠に縛られていたのでは不可能であったであろう段々畑を建設できたこともあり、制度を改革する場合には、システムから離れて行動すべきであるということを身をもって体験した。


コンサルタントの役割

大村 謙二郎:成熟社会におけるわ国のポイントについて

 これからの都市計画には、市民の間違い、勘違いを指摘してあげたり、翻訳してあげる役目を担う組織が必要である。いいものをつくるだけでなく、ユーザーが参加しながら、環境に思いやりを持ち、成果を広報していくことが重要である。
 開発や整備はマイナス面を顕在化させる。それを抑えるためには、市民と行政が協議しながら整備していく姿勢が重要であり、市民の要求を束ねる人が必要となる。フィジカルな面だけでなく、社会計画も視野に入れた空間プランナー、すなわち、行政と市民を仲介したり、調整する役割が重要となる。

加藤 源:丸亀駅前広場周辺地区でのコンサルティングの実践を通じて

 丸亀駅前広場は、県、市(土木、文化)、JR、民間の開発地区が隣接しており、当初、それぞれの立場でそれぞれの計画が立てられていたが、使う人の立場に立った空間構成、景観形成をベースに、全体を見直した計画を提案した。その過程では、行政セクション(県や市)と民間をコンサルタントが調整し、最適な全体計画を推進する役割を担った。その結果、駅前の広場が、眺めるだけの空間から利用する空間に生まれ変わり、美術館との一体性、地下駐車場や民営空き地の利用度も高度化した。
 当初描画計画のあった美術館の壁面を、市民イベントにおけるビジュアル投影面として活用するなど地域の人々の活用空間として再生させた。

上野 俊司:コンサルタントの今後の課題

 独国デュッセルドルフの地下道路では、交通混雑と環境悪化を解消する施策として、歩車道を分離し、地上部を歩行者に開放している。また、LRT、路面電車など公共交通や自転車の利用を普及させることにより、地球環境に優しい交通機関の採用とコミュニティーゾーンの形成を図っている。英国におけるバイパス整備では、新道と旧道の整備をパッケージ化し、ガードレールを撤去したり、フリンジパーキングの採用などを導入している。
 このような提案をタイムリーに行う上で、コンサルタントには、一歩先を行く機敏な行動力と先を見る洞察力が求められている。言い換えれば、@都市経営の感覚とノウハウ、AISOなどグローバルスタンダードへの対応力、B第三者機関として行政と住民との中立的な姿勢、C行政のアカンタビリティーを自分達の言葉で伝えていく能力を備えることが要求されている。

太田 敏一:まちづくりコンサルタントの役割

 神戸市のまちづくりのキーワードとして「コンパクトシティ」がある。市民、事業者、行政がそれぞれ役割分担を決め、「協働」してまちづくりに取り組むことで可能となる。意志を結集するうえで、第三者的な専門家すなわち「まちづくりコンサルタント」の役割が重要となる。この「まちづくりコンサルタント」は、野次馬的な第三者でなく、当事者意識の高いプロの第三者であらねばならない。
 NPOやNGOではなく、「まちづくり会社」化という大きな流れもある。商店街、マイクロプランニング(マーケティングを含めたソフトな課題の解決と提案)が臨まれている。

石東 直子:専門家集団としてのボランティアの有用性

 行政は後方支援に回った地域住民主体の住まいづくりをめざす必要がある。公平性を追求する行政施策は、時として地域特性に適合しない場合がある。一方、NPO,NGOなどの専門家集団によるボランティア活動は、必ずしも公平性がなくても、公正であればよいため、地域特性や地域住民ニーズに対応できるメリットがある。コンサルタントは営利集団ではあるが、多分野の人が集まるNPO的活動も必要である。ソフトがハードを凌駕していく都市づくりの時代にあり、コンサルタントはハードよりソフトを重視すべきであり、心理学など他分野をオーガナイズできる能力が求められている。


質疑応答

Q 川上 洋二(福井大学)

 欧州と比べ、都市で生活するセンスを持っている日本人がどれだけ居るだろうか?個人の意識を変えないといくらハードやソフト面で工夫してもダメではないか。
80年代に入って、大型店の出店規制が緩和されたため、中心市街地も変化してきた。そこで、大村先生、上野さんにお聞きしたい。欧州における事例で、参考になる部分あるいは参考にならない部分があれば、補足的にお話頂きたい。

A 大村 謙二郎

 独国は土地利用規制が厳しい国で、60年代に郊外の開発が進んで中心市街地が打撃を受けた経緯がある。大型店の立地は、中心市街地の市民の生活を不便にするので、特定地区に限定している。
 70年代以前は自動車中心型であったために、中心市街地がスポイルされた。そこで、中心市街地にペデストリアンデッキなど歩行者優先空間をつくった。80年代には、戦後に中産階級が住み着いた都心の外側市街地があまり良い環境でなかったため、住居環境整備事業を行い、老人でも徒歩で生活できるように改善を図ってきた。
 日本において、郊外と中心市街地の両方を再生することは財源的には無理だと思うので、効率性からいって中心市街地の再生が優先されるのではないかと思う。良いストックづくりに傾注すべきである。

A 上野 俊司

 独国や仏国の都市では、修復型の再開発により、新旧一体的な都心が形成されているのに対し、日本はあいからわずスクラップアンドビルドを続けている。中心市街地の居住者が住み続けにくい。日本でもそろそろ保全型再開発を試みていく必要がある。
 先ほど話したが、英国ではバイパスと旧道をパッケージで整備している。道路整備費用の10%が都市整備に投入されている。現行の縦割りを超えたパッケージ化が必要である。

Q 藤田 俊英(大成建設)

 荒川市民マラソンに参加したが、その企画に関する相談がゼネコンやコンサルタントに一回もなかった。これまでは河川管理者がこのようなイベントを行うことはなかったが、最近は発注者が変わってきている。それをフォローしてコンサルタントも変わるべきである。このようなビジネスチャンスに対する意見を伺いたい。

A 加藤 源

 私はこういう場面に建設コンサルタントが出ていかなくてもいいのではないかと思う。設計、施工の営業対象としては、大きなものではないと思う。

A 石東 直子

 建設コンサルタントは、ハード(設計)はできるがソフト的な業務は苦手と思われている。ビジネスチャンスを云々する前に、このようなイベントにコンサルタント自身が参加して肌と心で感じ取り、思考すべきである。


まとめ

座長 林良嗣

 大村さんは、自然系の中に人工物を残し、人間性を加えることで、自然との同化を期待したまちづくりを提言された。
加藤さんは、使う側の視点に立ったまちづくりが重要であるという指摘をされた。特に、使い方を限定しないで、使い手が侵入可能なフレキシビリティーの高い空間づくりの発想が必要であるとしている。
上野さんは、循環型社会の構築、歴史軸の復活を主張された。太田さんは、せせらぎつくりを通じて防災も配慮する発想を披露された。石東さんは、イノベーションはハードだけでなく、仕組み・制度そのものの改訂を提案することであるという実践を通じて話して頂いた。
 これらの意見をまとめると、これからのコンサルタントの役割は、下図のように、「市民と行政者あるいは事業者の間にあって、中立な第3者の立場でコーディネイトできる人」となる必要があると言えるのであろう。



以上、 平成10年度 全国大会 研究討論会報告

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