前へ戻る

良質な社会資本整備と
土木技術者に関する提言
(中間報告)


平成18年5月11日
土木学会
会長提言特別委員会

「良質な社会資本整備と土木技術者に関する提言」(中間報告)にあたって

社会資本整備は、国民の価値観の多様化やエネルギー・環境問題の高まりなどを踏まえ、人々の安全・安心な生活を確保し国内外の経済活動を支えるため、一層の重点化、効率化を図るとともに透明性を確保しつつ、主権者であり顧客でもある国民の承諾と信頼を得て行なわなければならない。
 しかるに、公共工事に関わる一連の談合事件や建築の耐震強度偽装に関する事件が発生し、大きな社会問題となっており、建設事業への不信感を増大させたことは極めて残念である。当然ながら、現在から将来世代まで人々があまねく利用する社会基盤施設は、良質で充分な性能を有していることが基本であり、設計・施工から管理に至るまでの技術の向上により、社会の利益に沿ったものでなければならない。仮に過度の価格競争が将来における社会資本の品質に課題を残すとなれば、これは見逃すことは出来ない。
 これらの事態に際し、政府その他関係者が入札・契約方式をはじめ公共調達システムについて種々の施策を実施してきている。
 土木技術者は技術者倫理の原点に立ち返り、専門的学術・技術の活用を通じてプロセスの透明性確保と説明責任を果し、良質な社会資本整備の業務を担い、持続可能な社会の実現に貢献することがその任務と責任である。関連技術の向上と技術者のあるべき姿を確立し国民の信頼回復に努めたい。
 民間技術者、教育・研究者および官庁技術者などの学術兼技術者団体である土木学会は、現下の公共事業を巡るこれらの事態に即し、科学的な調査・分析に基づいて良質な社会資本整備のあり方を探り必要な提言をする責務を有する。このため、特に公共調達システムに焦点を当てつつ、それらのあるべき姿、また土木技術者のあるべき姿を探るため、平成17、18両年度にわたる土木学会会長提言特別委員会を設けて議論することとした。
 その際基本的な視点として、以下の3点を掲げることとした。
(1)良質な社会資本整備に関わる公共調達その他の仕組み
(2)技術者倫理と技術力に基づく技術者の評価と活用
(3)提言の実現に向けた土木学会の役割と活動

 なお、本稿はその論点と提言の枠組みを紹介するものであるが、今後さらに議論、検討を深め、年内に提言をまとめたい。
土木学会 会長 三谷 浩

「良質な社会資本整備と土木技術者に関する提言」特別委員会

委員長三谷 浩(財) 先端建設技術センター 理事長
副委員長川島 毅(財)港湾空港建設技術サービスセンター 理事長
委員池田 駿介東京工業大学 大学院理工学研究科土木工学専攻 教授
委員大島 一哉(株)建設技術研究所 代表取締役社長
委員小澤 一雅東京大学 大学院工学系研究科 社会基盤学専攻 教授
委員日下部 治東京工業大学 大学院理工学研究科土木工学専攻 教授
委員草柳 俊二高知工科大学 社会システム工学科 教授
委員西田 壽起(社) 日本土木工業協会 常務理事
委員濱田 政則早稲田大学 理工学術院社会環境工学科 教授
委員廣谷 彰彦(株)オリエンタルコンサルタンツ 代表取締役社長
委員藤原 章正広島大学 大学院国際協力研究科 教授
委員古木 守靖(社)土木学会 専務理事
幹事佐藤 恒夫(社)土木学会 技術推進機構長

良質な社会資本整備と土木技術者に関する提言(中間報告)

目次
1.提言の趣旨
2.提言
【提言 I 】良質な社会資本整備を目指した公共調達システムの改善
I -1.民間の技術力の積極的な活用と競争的環境の整備
I -2.過度の価格競争がもたらす課題、建設産業の取り組み
I -3.契約変更基準などの整備による発注者・受注者の責任分担の明確化
I -4.品質確保のための体制整備
I -5.公共調達に関する調査研究と活用

【提言 II 】能力に優れ倫理観の高い技術者が評価され活躍できる環境の整備
II -1.土木技術者の責務
II -2.現場を重視した組織運営と人材育成
II -3.技術者の技術能力と資格制度
II -4.実践的な教育と仕組み

【提言 III 】実現に向けた土木学会の役割と行動
III -1.公共調達制度に関する調査研究
III -2.マニュアルの整備と研修会の開催
III -3.倫理規定の実践
III -4.技術者資格諸制度の整備
III -5.社会とのコミュニケーション

1.提言の趣旨

我が国の経済、社会は、有史以来はじめて経験する長期的な人口の減少傾向や高齢化への対応、さらにグローバリゼーションや近隣諸国の経済発展に対応した国際競争力強化に向けて様々な課題の克服に迫られている。また我が国は台風、地震、津波などに見られるように、諸外国に比しても圧倒的に高い災害リスクを有している。
 欧米先進国にあっては国際競争力の強化や持続可能な社会の実現に向けて再び社会資本整備に力を入れ始めている。一方、我が国においては、平成10年度以降公共事業予算の大幅な削減が続いており、かつて一般政府総固定資本形成のGDP比が突出しているとの指摘がなされていたが、最新の数値で見ればフランス、アメリカとほぼ同等にまで下がってきた。自然災害に対して脆弱な国土、さらには立ち遅れている我が国の社会資本整備水準を考えると、このように公共事業予算の削減が継続することは、良質な社会資本整備を進め、適切に維持管理する上で極めて憂慮すべき状況である。
 一方、国民の価値観の多様化や、地球規模の資源・エネルギー・環境問題の高まりから、その整備に際しては、改めて社会、経済、環境の持続可能性に関する広い認識、さらにはプロセスの透明性と説明責任が問われているが、今後は限られた資源のもとでさらに戦略的な社会資本整備が求められている。
 しかるに、昨年の橋梁談合事件以来、住宅建設や社会資本整備に関わる不祥事が頻発し、制度的な疲労も指摘されている。また別の問題として、設計段階を含め過度の価格競争が、将来における品質確保など良質な社会資本の整備に悪影響を及ぼす懸念も指摘されている。このような事態が技術力の向上に支障をもたらし、また正当な技術者の評価に悪影響をもたらすことも憂慮する。「安かろう悪かろう」で、利用者に多大の迷惑をかけることがあってはならない。
 また、発注者側にあっては、「責任施工」に代表されるように、施工企業の目覚しい能力向上を反映し、いわば性善説に基づいて施工管理の業務を減ずることも行なわれてきている。
 このような状況下、国土交通省は、「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(品確法)に基づく種々の改革政策を進めている。また、入札契約に関連した改革姿勢と提言が関係団体から打ち出されている。
 民間技術者、教育・研究者および官庁技術者などの学術兼技術者団体であり、シビルエンジニアリングすなわち市民のための工学を扱う団体である土木学会は、科学的な調査・分析に基づいて良質な社会資本整備のあり方を探り提言する責務を有する。本提言は、特に公共調達システムに焦点を当てつつそれらのあるべき姿、また土木技術者のあるべき姿を探るものである。
 調査分析と提言の基本的視点は、主権者であり顧客でもある国民のために、必要かつ良質な社会資本が整備されることを目指すことである。このため、
(1)公共調達に関して、社会資本整備、建設産業、国際化の動向、公共事業のあり方等も視野に入れて総合的に考察する。
(2)技術力が適正に評価・活用され、技術力と倫理観を有する優れた技術者が活躍して責務を果たすという視点を軸に据える。 
(3)土木技術の発展と技術者の育成に重大な責任を有する学会として、委員会等の研究および各種事業活動を通じてその実現に取り組む。
 調査分析結果を提言として公表することにより、学会員、発注者、コンサルタント・建設企業さらには一般市民の議論と行動を期待し、また学会として必要な行動につなげる意図を示すものである。

2.提言

【提言 I 】
良質な社会資本整備を目指した公共調達システムの改善
  I -1.民間の技術力の積極的な活用と競争的環境の整備
  I -2.過度の価格競争がもたらす課題、建設産業の取り組み
  I -3.契約変更基準などの整備による発注者・受注者の責任分担の明確化
  I -4.品質確保のための体制整備
  I -5.公共調達に関する調査研究と活用
社会資本の所有者・利用者である国民の視点に立って、長い間国民の用に供される良質な社会資本整備を担保できる公共調達システムを確立することが必要である。そのためには、調達の入り口である入札・契約に留まらず、施工、検収、維持管理に至るまでを考慮して、土木技術を尊重し、透明性・競争性の確保された公共調達システムを目指した抜本的な改善が必要であり、以下の提言を行なう。
I -1.民間の技術力の積極的な活用と競争的環境の整備
日本の土木事業は、官庁の技術者がプロジェクトの形成から個別事業の計画・設計・施工・管理までを直轄直営体制で実施することから出発したが、建設会社、コンサルタントの技術力が向上した現在、民間の技術力を積極的に活用するために価格と品質による競争的環境の整備が求められている。
 工事の種類に応じて、設計施工一括方式(DB:Design Build)、PFI(Private Finance Initiative)、CM(Construction Management)、VE(Value Engineering)、総合評価方式など多様な業者選択・契約方式を導入することにより民間の技術力を積極的に活用する。
 発注に当たっては民間の技術力が評価され、その開発コストの対価を適正に受けられるようなシステムを構築し、技術開発のためのインセンティブを高めることが極めて重要である。
 総合評価方式の実施に当たっても価格に対して品質評価の比重を高めることなどにより、より良い品質を求め技術力による競争を促進する工夫が必要である。あわせて難度の高いプロジェクトについては技術提案費用を発注者が負担する仕組みの検討も必要となろう。
I -2.過度の価格競争がもたらす課題、建設産業の取り組み
建設産業の健全な活動が、整備される社会資本の品質確保の前提であることから、技術力の維持・発展のため、技術力を評価する契約のしくみと、発注者と受注者の対等性を制度として確立する。
 いわゆるダンピング受注については、社会資本の品質の確保、下請けへのしわ寄せ、労働条件の悪化、安全対策の不徹底につながるおそれがある。このため発注者、受注者双方の取り組みが必要であり、例えば下請け見積もりの添付等契約システムの透明化によって下請けへのしわ寄せを防止し、下請け企業、専門業者の健全性の保持に努める。
 コンサルタントは、主に計画、設計業務の受注者としての役割に留まらず、さらにPM(Project Management)、CMなどにより独自の技術力を発揮することが期待される。また、成果の品質を向上させるためには、発注者は一定単位の業務(例えば計画から設計までとか、比較設計から詳細設計まで)として発注し、受注者は業務の効率化と技術力向上に努力して、最良の成果を出す。また、施工開始段階で設計コンサルタントを含めて施工業者と打ち合わせするような機会(三者打ち合わせ)を設定することも行われ始めたが、今後このような方法を活用し工事の品質向上とそれぞれの技術力の向上を図るべきである。
I -3.契約変更基準などの整備による発注者・受注者の責任分担の明確化
公共調達においては、発注者と受注者の間において契約の片務性が生じやすい。たとえば管理者責任か瑕疵担保責任かの問題も典型的な例である。同様に自治体などでは、契約変更そのものが関係者に理解されない例も見られるので、双務性を実現するため、設計変更(精算変更)を徹底する。さらに、品質管理、元請け下請けのキャッシュフロー改善等の効果も期待される出来高部分払い方式を普及させる必要がある。
 あわせて責任の明確化に伴い発生する瑕疵のための保険制度など様々な施策について検討する。
I -4.品質確保のための体制整備
過度の低価格入札が安全管理の軽視や無理な施工計画を招き、その結果としての品質低下が危惧されている。このため、発注者による監督・検査等の強化や、受注者側技術者の増員など、発注者、受注者双方による工事の品質確保に向けた取り組みが必要である。
一方、総合評価方式における技術評価、出来高部分払い方式の導入、監督検査態勢の強化などにより、発注者及び受注者の事務量が増大することとなる。従って、双方の業務改善や体制整備はもとより、必要に応じ発注者の事務の補助や代行を行なう発注者支援システムの活用を考えることが重要である。総合評価方式の運用に際しては、評価の作業を第三者機関に委ねることなどによって自治体を含め早急に普及させることが可能となる。その際、技術評価を担う人材の認定と育成が重要であるが、例えば産学官の有能な人材の交流・育成を図る仕組みの導入も有効である。
 また三者方式(発注者、監理者(代行)、施工者)についても特定のプロジェクトについて試行し評価する必要がある。さらに、新たな制度の導入にあたっては、これらの実施による効果の確認やフィードバックが重要である。
I -5.公共調達に関する調査研究と活用
公共調達に関する今次の改革は、抜本的なものでなければならない。また諸外国でも公共調達に関する様々な試みと経験が積み重ねられている。このため、新しい施策の導入に際しては、諸外国の動向も十分に分析しつつ、我が国における公共調達について様々な角度からの調査研究を踏まえて的確な施策を大胆に取り込むことが必要である。また、これらの施行による効果や研究成果を蓄積し、かつ必要に応じて修正を行いながら幅広いコンセンサスのもとで実現に移していくことが重要である。
 なお、土木学会は産学官の教育・研究者ならびに技術者で構成される第三者機関の立場から、公共調達制度などに関する調査研究に貢献することが期待される。
【提言 II 】
能力に優れ倫理観の高い技術者が評価され活躍できる環境の整備

  II -1.土木技術者の責務
  II -2.現場を重視した組織運営と人材育成
  II -3.技術者の技術能力と資格制度
 II -4.実践的な教育と仕組み
土木技術は「世のため人のため」にあること、すなわち土木技術は公共の福祉に貢献するということが土木技術者共通の誇りであり、技術者倫理の原点である。そして土木技術者の任務と責任は、社会資本整備について、プロジェクトの形成から管理に至るまで、その専門的能力に基づき一貫した最適案を検討・提案し、主権者であり顧客でもある国民の承諾と信頼を得て実現に努め、社会貢献を果たしていくことである。
 また、一連の談合事件、耐震強度偽装事件などの問題に対しても、構造的問題としての解決を目指すともに、システムに関わる土木技術者の意識改革が一段と重要となる。このため土木技術者は、問題を解決しまた事業を遂行するなど様々な機会に、立場を超えて技術者倫理の原点に立ち返り、如何にして国民に貢献できるかの視点から行動しなければならない。
新たな公共調達システムは、価格のみならず技術力による競争を通じて良質な社会資本整備を目指すものである。発注者、コンサルタントおよび建設会社は、技術力を最大限に活用した公共調達システムを構築し、運用するための組織・職員の技術的能力の維持・向上に努めるべきである。
 社会資本整備はものづくりであり、土木技術者の原点は現場にある。地域のニーズの把握、危機管理、新しい技術開発の芽、いずれも現場の経験から生まれるものである。そして現場で良質な社会資本を整備することにより技術者の社会貢献も達成される。その際、蓄積されてきた技術を伝承し、新しい事態にも活用していくことも極めて重要である。
 国民・住民との合意形成、その他様々な調整事務が増大してきている。しかし技術者がこれらの業務で多忙を極めるため、現場における計画策定や施工管理に従事し、必要な判断と処置を行なうという基本的な業務に必要な時間が割けないケース、あるいは技術の伝承十分でない場合が多くなってきている。このため土木技術者にあっては現場を重視した姿勢の回復と業務遂行に心がけ、良質な社会資本整備を進めることが肝要である。その際的確な土木技術の伝承をしっかり確保した上で、創造性に富み技術力を備えた技術者を育成してゆく必要がある。
官民を問わず、その職責で技術者を評価するのではなく、経験と実績に基づく創造的な問題解決能力によって評価し人材の流動化を促進することは、技術者の社会的貢献を高めることにつながる。
 このため土木技術者は、自らの意識を高く持ち最新の技術を習得するとともに、官民を問わず資格取得に努め、継続教育、技術者登録などの制度を活用し、能力、技術者倫理が外から見える努力をする。さらに、技術者を評価する仕組みとしての現在の技術者資格諸制度を改めて評価し、新たな公共調達に関する技術評価を担う土木技術者、組織を認定する制度創設を検討する。また技術者の経験と実績に関するデータベースを構築し、これを用いて資格制度の確立を図る。
企業の法令遵守や社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)のあり方、教育機関や継続教育を提供する機関における実践的な倫理教育のあり方を調査検討し実践する。また、技術者が現実の問題に直面した場合に倫理的行動をとることを支援する『技術者ヘルプライン』(仮称)あるいはインターネットを使ったフォーラムなどの仕組みを検討する。
【提言 III 】
実現に向けた土木学会の役割と行動

 III -1.公共調達制度に関する調査研究
 III -2.マニュアルの整備と研修会の開催
 III -3.倫理規定の実践
 III -4.技術者資格諸制度の整備
 III -5.社会とのコミュニケーション
土木学会は、建設マネジメント委員会、コンサルタント委員会などの活動を通じて、公共調達制度などに関する調査研究を実施し、その成果を公表する。
土木学会は、新たな公共調達に関するマニュアル、ガイドラインの整備を行なう。さらに、事例集を作成し、研修会、シンポジウムを開催する。
土木学会は、教育企画部門などの活動を通じて、土木技術者とその教育のあり方の検討を行い、土木技術者育成に努める。また倫理教育を効果的に進めるためのカリキュラムを提言するなど、土木学会の「倫理規定」の実践に取り組む。
土木学会は、技術者資格諸制度を評価・整理するとともに、経験や実績と新たな創造力に重点を置いた技術者評価を行なうため、技術者に関するデータベースを構築する。また、新たな公共調達に関する技術評価を担う土木技術者、組織を認定する制度創設を検討する。
土木学会は、本提言に関し、学会内において議論することはもとより、社会とのコミュニケーションを図る。