21世紀における社会基盤整備ビジョン並びに

情報発信に関する検討特別委員会

第2回委員会議事録 (速記録)

 

日時:1999.12.21 15:00〜17:00

場所:土木学会本館2階AB会議室

 

午後3時 開会

○梅原幹事長 定刻になりましたので、ただいまより「21世紀における社会基盤整備ビジョン並びに情報発信に関する検討特別委員会」第2回委員会を開催させていただきます。

 進行は岡村委員長の方にお願いいたします。

○岡村委員長 本日はお忙しいところ、また遠方よりご参加いただきまして、本当にありがとうございます。時間もございませんので、審議にすぐ入らせていただきます。

○堀井幹事 お手元にパワーポイントの6ページずつがまとまった資料がございますが、これは画面で示しながらご説明させていただきます。

   (パワーポイント)

 まず、「委員会活動の流れと今回の位置付け」ということでございますけれども、前回第1回の委員会では、大都市と地方の問題という切り口で、どういう論点があるのか、どういう考え方があるのか、ご意見をいただきました。論点を整理してみましたが、非常に多様な問題、複雑な問題であり、大都市か地方かと簡単に割り切れる問題ではない。橋本知事からは、バランスが必要であるというようなコメントもいただきました。やはり21世紀の社会像がどうなるのかということが前提としてないと議論できないということになりました。そこで、インフラ整備の前提となる21世紀の社会像、あるいは向かうべき方向というのを、幹事会の方で資料としてまとめました。それをこれからご説明させていただきたいと思います。

 本日はそういうのを踏まえて、インフラ整備のあり方について議論をいただき、土木学会会員に対してメッセージをいただきたい。これを受けて、土木学会ではインフラ整備のあり方を議論させていただき、4月にシンポジウムを開催して、インフラ整備のあり方に関するパネルディスカッションを開催したいと思います。それと、後でご説明いたしますけれども、同時に、シンポジウムではバーチャルリアリティーを使った「都市の個性を発掘する」というような企画も準備してございます。

 土木学会の活動でございますので、最終的な目標は、土木学会会員の啓蒙あるいは意識改革。具体的には委員会活動の方向づけを行っていくということかと思います。一例としては、土木学会の委員会活動で現在計画中のものがございまして、高齢社会における社会基盤整備のあり方に関する研究小委員会というのが今立ち上がろうとしているそうであります。これには、学会外からの委員も選任させていただくということで、縦割りではなく横の連携を図っていくという活動が予定されております。このような新しい動きをこれから起こしていくというのがこの特別委員会の大きな役割ではないかと考えております。

 それでは、第2回の委員会資料ということで、幹事会のまとめた「21世紀の社会像と望ましい社会の実現に向けた具体策案」をご説明させていただきます。これはあくまでも、本日ご議論いただく際のたたき台ということでございまして、社会基盤整備のあり方の議論の前提となる社会像全般を扱おうとしたものでございます。

 それでは、それぞれ担当の幹事の方からご説明をお願いしたいと思います。

○大熊幹事 それでは、まず一番初めに、21世紀の社会像の切り出しとしまして、「国土の人口分布、人材分布」ということでまとめてございます。

 まず、21世紀の初頭をにらみますと、高齢化、少子化の進展で、人口減少局面が到来することは確実視されております。その結果、地方圏におきましては過疎地あるいは経済衰退地域というものがますます拡大してくるだろうと予測されます。一方、大都市におきましても、高齢化ですとか産業の成熟化あるいは都市生活基盤の老朽化というものが同時に進行してくる。そういうことで、社会全体のシステムの変革ということと相まって、国土全体で住まい方とか暮らし方の再編が進んでくるだろうということが想定されます。

 一方、最近情報化社会が非常に高度化されてまいっておりまして、そういう社会におきましては、今まで地方のネックであった地理的な情報格差、こういうものが確実に縮小してくるだろう。これも確実視されたことだろうと思います。それからまた、住まい方に関する価値観とか考え方、暮らし方、そういうものに対しても、相当多様な生き方、暮らし方、そういう価値観を持った人々が出てくることも予想されるだろう。そうしたときに、空間とか自然のゆとりという面で優位に立つ地方圏が、暮らしあるいは生活に関して、比較優位性を獲得していくことが期待できるだろうと考えます。

 そして、地方分権あるいは地域間競争が今後展開される中で、多様性を有した地方が育っていき、その中でも、地方中核都市を中心とした地域連携あるいはネットワーク型社会、そういうものが形成されていく方向が志向されるのではないかと思います。

 その結果として、国土全体として生活や暮らしの環境が改善されつつ、バランスのとれた人口構成と人口分布を描いていくことが考えられるのではないかということがまず最初です。

○太田幹事 ライフスタイルに変化をもたらしますキーワードは、国際化、情報化、自己責任、そして女性であろうかと思います。国際化については、自分の生活の周りに外国人がたくさんいる。それから、国民のほとんどが海外旅行を楽しむ、そういう時代になろうかと思います。情報化の進展が、在宅勤務とかそういった形で就業形態に変化をもたらしたり、個人の可能性を飛躍的に高めるという一方で、情報に取り残された情報弱者という問題が生じるのではないか。同じように、自己責任が徹底される社会となりますと、勝者と敗者の格差が拡大されることも懸念されるのではないか。それから、女性については、21世紀は女性が独自のネットワークを広げながら、生き生きと活力を持って生きる時代になるのではないか、そのように思います。

○堀井幹事 「長寿社会における生活環境」ということで、楽観的な部分を取り上げたんですが、健康で活動的な高齢者、才能を生かして積極的に社会貢献する高齢者がふえるのではないか。そして、人生の目標が変化して、充実したシルバーエイジを送ること、それから若者に尊敬されるような高齢者になることというのが人生の目標になっていく。そして、セカンドライフを社会貢献に費やすということが一般的になって、ボランティア活動の資金的基盤形成ができるようになる。企業としては、そういうものを支援することがイメージプラスにつながるような社会になっていくのではないか。一方、高齢者に適した環境を積極的に提供する自治体が出現してくるだろう、こういう予想でございます。

○小原幹事 「国際化に対応した企業活動」という点では、インターネットあるいは情報技術、ITの進展によります流通機構、例えば個人輸入でありますとかそういった新しいマーケット、新しい形態が生じてくるだろうと思われます。

 それから、それに関連をいたしまして、当然のことでありますが、企業、そういったもののグローバル化あるいは産業構造が変化する。例えば、大企業が多国籍から無国籍にという観点、あるいは中小企業もそういうきらっと光るようなものを持っていないと、こういうグローバル化の中では生き残れないのではないかという指摘がございます。

 それから、特に外資系、その他の企業が日本に定着をしてきますと、いわゆる能力優先主義、従来の日本の雇用構造が崩れてくる。一方で、外国人労働市場としての日本の価値は従来以上に高まるのではないか。さらに、スケールメリット、ボリュームを非常に重視した流通形態と、どちらかといいますと、地域発着、小ロット、小口な流通あるいは取引形態というものに二極化されていくんではないかというふうに考えられます。

○堀井幹事 続きまして、「行政・財政」でございますけれども、行政サービスの効率性の追求ということで、市町村合併というのが流れではないか。結果として、介護、福祉あるいはリサイクルに適した規模の地域コミュニティーが形成されていくという方向ではなかろうか。財政難は引き続き厳しい状況にあって、一方では、生活密着型のサービスのニーズは高まるということで、PFI等の制度が積極的に導入されることが考えられる。広域行政を行う組織としては、幾つかの県が組み合わさってつくられるブロックが単位になるということが考えられる。中央の業務、予算、ポストは各ブロックに分割され、その首長の指揮のもとに入ることによって、縦割り行政の弊害が少なくなるということが志向されるのではないか。結果として、ブロックの中心となる都市には有力な大学ができ、Uターンとかそういう大学で育った人ということがあって、優秀な人材が各ブロックでも育っていくということで、人材難の問題はそれほど問題にならないのではないかということでございます。

○重山幹事 過疎地域ですけれども、これからどんどん過疎が進んでしまう地域と踏みとどまる地域が出てくると思います。町おこし、村おこしが成功するような場所については、集中的に社会基盤の整備をするということはできると思いますが、そうでない、過疎化がどんどん進んでしまう地域も、どうしても出てくる可能性があります。そういうところは、過疎というものは非常にネガティブな言葉ですけれども、逆に過疎化にすることによって、例えば環境がよくなるとか、ポジティブなとらえ方をして、そういう方向でリソースをつぎ込むというぐあいに、考え方を変えることが望ましいのではないかと思われる。

○和久井幹事 「地方中小都市の活性化」についてですが、地方都市におきまして、都心部の混雑解消を目的にしたバイパスの整備が、結局大型店の立地を促進するようなことになりまして、結果としまして、中心市街地の空洞化の原因となる。こういう中心市街地の顧客を奪うことで成功した郊外商業地も、これからの人口減少時代に厳しい局面になるだろう。そういうことから、地方中小都市を活性化させる対策を実施することが重要なことではないかというふうに考えます。

 それから、地方分権化が進むことによりまして、外交システムとかリサイクルシステムを初め、自治体の行政サービスの質が問われるようになりまして、自治体間での競争が起こってくる。人々は高いサービスを提供する地域を選択して移住するようになりまして、ある種の「足による投票」が行われるようなことになり、魅力のない地域は淘汰されることになるのではないか。その結果として、核となる中小都市が台頭するようになりまして、それを中心にコミュニティーが構成される。あるいはそうなるように誘導していく必要がある。

 また、そういうところでは、郊外部と中心市街地の共生を図るとともに、自動車社会から歩行者優先のまちづくりを志向する必要がある。また、各地域はオールインワン型のサービスから脱却しまして地方連携を進める。つまり、異なる行政機関にアウトソーシングすることが必要なのではないか。それから、地域の歴史や文化を重視した住民参加のまちづくりとか魅力ある景観や生活環境の再創造も重要である。中心市街地の自動車を抑制して、郊外商業地とマストラで中心を結ぶ、そういう都市交通や地域交通の再編が考えられる。最後に、自治体の首長の地域経営能力が、そういったまちづくりには非常に重要なのではないかというふうに取りまとめてみました。

○渡辺幹事 続きまして、大都市という切り口で見た社会像ですけれども、団塊の世代が建てた近郊ニュータウンから子供たちが巣立って都心に行く。残された団塊の世代は、一部は都心へ行くだろうし、一部は故郷に帰るかもしれないし、一部は近郊に残るかもしれない。都心はますます密度が高まってくるだろうということで、都心部の再開発、密度を高めて防災能力を高めて、職、住、医、遊近接した24時間都市をつくり出す必要があるだろう。具体策としましては、鉄道の立体交差化、新交通システムの導入、地下物流ネットワークの構築、介護制度の充実、医療施設の拡充、医療施設と家庭との間に情報ネットワークをつくることが考えられるということです。

○細村幹事 「生活環境の充実」という点では、国民の価値観は物の豊かさから心の豊かさ、例えば自然との触れ合い等々に代表されるような多様化の方向に向かっていく。また、交通手段では、安価で効率のよい交通インフラが整備され、一方、情報通信に関しましても、だれでも簡単に利用できる形態になるだろう。こうした中で、国民は個人の価値観に従って生活環境を選択できるようになる。しかしながら、このまま進みますと、中山間地域におきましては、自然はあるけれども職場がない。一方、都市部におきましては、物はありますけれども自然がないという状況が考えられます。

 こういった中で、1つの解決策として考えられますのは、都市部地域と中山間地域とが連携し、互いに不足する機能を補い合って、新しい生活環境を創造していく。これを言葉であらわしますと、地域連携ネットワーク型の生活圏を形成することによって、生活環境を充実していく国土を創設していくというふうに考えております。

○深澤幹事 続きまして、今度はどういうやり方で社会資本整備をやっていこうかということで、若干違った切り口でございますけれども、まず最初は、計画の初期の段階から積極的に情報を開示していこう。従来ですと、整備する側はプロの意識から、自分たちがすべて知っているということだったのかもしれませんけれども、地域住民の方に情報をすべて開示して、そのかわり、例えば住民とか地域側の人の判断は、情報を得た上でそれなりの責任を持っていただく。その結果、批判のための批判ではなくて、情報を共有した上でのいろいろな意見交換により、整備する側、住民側、両方が同時に責任を共有していくためには、情報開示は不可欠ではないかというふうに考えています。

 2番目は、多様な主体による社会資本整備への参加ということですが、例えばインターネットであるとか、さまざまな手段を講じて、従来はなかなか参加できなかった世代あるいは主体に対しても、広範に参加機会の提供を図っていくべきではないかということです。 それから、不特定多数の施設利用者というのは、例えば道路の整備についていえば、道路が通るところの人ではなくて、その道路を利用するもっと広範な人々、いろいろな方々の意見を的確に反映して整備していくべきじゃないだろうかということです。当然ながら、事業の前、事業の途中、事業の後において、その社会資本整備が妥当であったかどうか、適時検証していく必要があるんじゃないか。

 先ほどからの話とも関係ありますけれども、広域的な地域が連携をすることによって、それぞれが整備するのではなくて、広域的に使える機能の高い施設が整備できるのではないかということです。

 それと、もう1つは、従来は別々の分野のものが、それぞれ施設をつくっていたものがあると思いますけれども、それらが施設と連携することによって、新たな付加価値が生まれてくるのではないか。このような形で社会資本整備を進めていったらどうかという提案でございます。

 以上です。

○木村幹事 戦後50年の日本の社会資本整備はどうであったかということを超概略で述べさせていただきます。

 戦後10年は戦災復興に重点投資されました。その後、1955年ごろから始まった高度成長期におきましては、民間資本の急激な伸びに引きずられるような形で、産業基盤整備として社会資本整備が行われてきました。大都市圏と地方圏との所得格差や公害問題、通勤地獄、住宅環境の悪化など高度成長のひずみというものが認識され出したのは1960年の後半でございまして、70年ごろからひずみの是正として、政策的に地方圏への投資、生活基盤への投資が重点的に行われました。したがいまして、大都市圏と地方圏の比較で申し上げますと、グラフに示したように、高度成長期の前半は大都市圏に、1970年から80年ごろの高度成長期後半は地方圏への整備に振り向けられたということでございます。80年以降は、また大都市圏へ投資が振り向けられるようになっています。90年のバブル崩壊以降は、ご存知のように、財政改革の一環として公共投資の抑制が一時期ありましたが、現在は景気対策、雇用対策として公共投資が議論されているところであります。

 先進諸国と比較いたしますと、我が国では公共投資の比率が、諸外国に比べて大変高いことが指摘できます。それが高度経済成長を可能にしたと言うこともできます。また、生活関連に比べて経済関連の投資ウエートが、諸外国に比べて大変高いということも指摘できます。以上でございます。

○芝原幹事 続きまして、「人材育成コストを考慮した税金の流れ」です。これは、最近都市部から地方部への財政移転への問題視に対して、逆に地方からは都市に人材を出しているではないかといった議論がございまして、そういうことに対するデータがないかということで整理したものでございます。

 まず、居住地ベースでどうなっているかということを見ますと、3大都市圏からその他地域に財政移転というか補てんがされております。そういうことに対しまして、地方から出ている人の貢献がどうなのかということを調べるためのベースとして、例えば東京圏であれば、32%の東京圏以外で生まれた人が来ているわけですが、こういう人たちの貢献を出身地ベースに引き戻した場合にどうかという財政移転を調べました。これが出身地ベースということでございますけれども、居住地ベースに比べまして大幅に平準化してきまして、例えば居住地ベースでみた場合の財政移転の額は、そういう移転者の出先での収入貢献の大体半分ぐらいになっているという事実が整理されております。

 この図で青くなっている方が居住地ベース、通常イメージされる財政移転の額でございます。その右に白くなっているグラフの方が出身地ベースに引き戻したものでございまして、これで見ますと、かなり平準化されてきて、いわれているほどではありません。つまり、都市から地方への財政移転ということに関して、人材移転のコストを考えれば、まあまあ妥当な状況かなという感じで数字が整理されているということでございます。

 以上でございます。

 

 

○岡村委員長 幹事会で整理をした、予想される近未来像と一部社会資本整備のあり方について説明頂きました。「予想される近未来像」として、20年ぐらい後を考えますと、間違いなく少子高齢化社会、そこには医療・介護の必要性が増大し、中山間地域での過疎化が進展し、都市生活の環境が悪化し、公共投資額が減少することが予測されます。

 そのほかに、それにしたがって、農業とか産業、水産業の活動の低下が起こり、防衛施設の縮小、これは拡大になるかもしれませんが、というようなことが起こる。それから、高度情報通信社会あるいはグローバル社会が必ず実現し、アジア地域は経済が成長し、在日外国人がふえ、社会経済システムが多分変わらざるを得ないだろう。と同時に、地球環境、エネルギー、食糧の問題がでてき、価値観(ライフスタイル)が変化をするということが、きょうご説明いただいた中身ではないかと思います。

 そういう状況でいかに社会基盤整備を行うかについて、委員の方々からご意見をいただくのが本日の趣旨であります。どれに対してでも結構でございますから、ご意見がいただければ幸いです。できれば、前回ご欠席の方から発言していただけますでしょうか。

○橋本委員 何をいっていいんだかわからないぐらい幅が広いので、何ともいいようがないのですが、やはり21世紀は、単に2000年から2001年になるんじゃなくて、かなり時代の節目だろうということを思います。よくあちこちでいっておりますが、18世紀から19世紀に産業革命が起きて、大量生産の社会ができました。ところが、物をつくるばかりで、売れなければ当然在庫がたまって不況になるわけで、1929年に大恐慌が起きた。こういう流れの中で、縮小じゃないですが、小さな均衡で計画的にやっていこうというのが社会主義だったわけで、もう1つは、大量生産を大量消費で支えていこうというのが20世紀型資本主義だったわけです。供給を最初に決めて均衡させていこうというやり方は、やはり多くの人の満足を得られないという結果が明らかになってきたわけです。

 一方、大量生産を大量消費で回していこうという方は、かなりの人の満足は得られてきましたけれども、都市生活環境の悪化に象徴されているような問題点がぎゅっと出てきて、ここには「自然に解消?」としてありますが、なかなかそうはいかない状況に来ているだろう。そろそろ仕組みそのものが何か変わらなきゃいけなくなっているんだと思います。だから、土木、また、まちづくりということだけじゃなくて、経済思想そのものが根本に何かないといけない時代にはなってきているだろうと思うのです。だが、もちろん答えはわかりません。

 そういう中で、今出てきたお話でいえば、一方に多国籍企業が無国籍になってグローバル化をしていく。物が世界じゅうに動く。これはもう否定できないことですし、これはこれで一方であると思います。その一方で忘れられてきたことが、もう少し地域の中で物が回っていくという仕組みだろうと思うのです。よく農業面でいわれる言葉でいえば、「地産地消」的な、その土地でとれたものはその土地で消費をされるという仕組みが、大量生産、大量消費の中でやや捨てられてきましたから、どの地区からも大きなマーケットに向かってドーンと出ていった。例えば、高知でいえば、高知でとれたものが一たん大阪の市場に行って、戻ってきたものがスーパーで売られるというような流通の仕組みができてきました。それを支えるようなネットワークの基盤整備もできてきたわけですが、いろいろなむだが結局GNPを上げてきましたけれども、そのむだがGNPを上げるというプラス面だけでなかなかとらえられなくなっている時代ですから、やはり小さなネットワーク、物が回る仕組みが一方で必要になっていくだろうということを思います。

 それから、それとともに高齢社会というものが進んできていますので、今の医療費も何でもそうですけれども、高齢社会を治療で済ませていこうということから、いかに予防に変えていくかということが、高齢社会だけじゃないんですけれども、すべての面で必要な発想の転換だろうと思うのです。そうすると、お年寄りなり何なりが日ごろから健康づくり等で、きちっとそういう面倒が見れるような基盤の整備というもの、これは先ほどいいました地産地消的な、その地域がどれだけの広域の地域かというのはいろいろな議論があると思います。建設省がやられている広域の地域もありますし、自治省がやられている広域の地域もありますし、こういうものがややばらばらにやられていることも、1つの問題点だろうとは思います。

 その地域の中で一定の物が回り、そしてお年寄りの健康づくりなり健康管理ができるというような、一番端的なのは道ですけれども、その交通のネットワークという視点が必要で、それが、この中にもどこかに出てきました効率的な投資の事業評価の1つの基準になっていけば、時代に合った地域投資の一定の説明ができるんではないかということを思います。

 それから、別の視点でいいますと、高齢社会ということで、障害者はこれまではマイナーな存在というか、社会の中では少数者でございましたけれども、これから高齢化が進みますと、高齢者の60%は大体障害を持つということになってまいりますので、障害者のための町というか整備というものが、もうマイナーな課題ではなくなってくる。そういう点から、バリアフリーがユニバーサルデザインに変わってきているだろうと思うんですが、ユニバーサルデザインという考え方をいかに、もう少し具体化をしていくかというのは、これからの大きな課題ではないかと思います。

 私はやや抽象的な表現で、先ほどの健康づくりなど、またユニバーサルデザイン的なことと絡めて、全然進んでおりませんけれども、「五感にやさしいまちづくり」ということをテーマとして挙げております。その意味は何かというと、人間の体に刺激を与えるものは全部五感から入ってくるわけですから、耳、騒音であれ、目から入ってくる色であり、またそれはまちづくりの景観デザインでもあると思いますけれども、それから手で触れるものの木のぬくもりとか、そういう五感にやさしいということを1つのテーマにして、町というか基盤を整備していけば、そのことは健康づくりにもつながり、高齢者対応にもなり、なお広い意味でのユニバーサルデザインになっていくのではないかということを思います。

 そういうものをやっていくためには、それこそいわれることですけれども、建設省でなさる道とか住宅とか公園と、厚生省がなさるような健康福祉と労働省がなさるような労働福祉ということが混然一体になっていかないと、なかなか五感にやさしいということにはならないだろう。そこを今、別にバリアがあって縦割りがあるというわけじゃないんですが、もっと主体的にそれをつなげていくようなコンセプトを、こういう学会などで考えられて引っ張っていかれたらいいのではないかというようなことを思います。

○岡村委員長 どうもありがとうございました。最初は自由に発言して頂けますでしょうか。

○三木委員 企画委員会で、どちらかというと土木技術者向けの議論をしているんですけれども、そこでの分析に比べて、ここでの議論は全体的に物すごく楽観的な見通しでされているような気がするんですが……。

○岡村委員長 うまくいったときの話が入っています。

○三木委員 例えば、今まで、なぜ日本がこんなによくなったかというのは、今の団塊の世代が一生懸命働いたから。その団塊の世代が年をとっちゃうんです。そのときに、働く層と働かない層と働けない層、それから、これから働く層の意欲のようなものを議論しなきゃいけないのではないでしょうか。今 120万人ぐらいしか生まれていない、18歳人口が 150万人を割るのはすぐです。そのような環境では、確かに若い人たちの意欲はかなり落ちてきている。そういう状況を考えると、予想しているよりもはるかに悪い状況になるというのが感想なんです。

○岡村委員長 ほうっておくと悪くなるので、どうすればいいかというのをきょういただきたい。ほうっておくと悪くなるというのは、ほぼ確実なんですよ。

○三木委員 1つは、この中で都市と地方という議論をしたときに、地方に対する魅力をどうやってつけるかという議論をする必要があります。そこで生活をしなきゃいけないのです。学生たちとこういう議論をよくするわけですけれども、彼らは東京に出てきて、東京で就職してそのまま定着する。なぜ地方に帰らないか。家はある、親もいるのです。しかし、東京に出てきたらもう地方に帰る気がしなくなっちゃう。それから、職場もないのです。

○岡村委員長 だから、それはもうわかっているんです。それで、どうすればいいかをちょっといってもらえたら。

○三木委員 その仕組みをつくらないとうまくいかないだろうと思うんです。

○岡村委員長 どんな仕組み?

○三木委員 そこに産業が立地し働けるような仕組みをつくらないと。

○岡村委員長 どんな仕組みですか。それができれば苦労しません。少子高齢化社会というのは、今いった医療・介護の必要性が増します。その場合、医療・介護というのは、広い地域に、過疎地にそれがあるともいえます。要するに情報だけで介護ができるわけではなくて、人間が実際にしなきゃいけない。それから、初中等教育が、過疎になると通学範囲が広がりますから、それももう通信で全部やってしまえというのでは多分ないとすると、それをどうやってやっていくかという問題は確実に起こってくる問題。それから、都市の方でいえば、先ほど何回か出ました、いろいろな形で老朽化が進み、市街地が衰退し、通勤の交通は渋滞し、近郊ニュータウンが荒廃していく。間もなく起こる状況です。それに対して、今から通勤交通解消を一生懸命やるのがいいのかという話なんです。人口も減っていきます。

○丹保委員 前回欠席しました。今お話しございましたいろいろなことは、いわゆる近代という縦割り構造の中で、手順論がうまくいっている時代に成功した例だと思うんです。ところが、近代的手順論が成功するためには、環境条件がシンプルでなければなりません。大学で4年や6年教育を受けたぐらいで使える科学技術という手順論。環境条件が複雑になってきている今はもう使えない状態に入ってきている。どういうことかといいますと、中央官庁が国全体に対して同じスペックを出して、これでやりましょうということができるのは、非常に世の中が単純と言うよりは、環境が単純だったときに限り有効であったのだと思います。大学出が即戦力になった時代だと思うんです。そうでなくなってきたということは、要するにあらゆることが重畳し始めておりまして、それを個別に扱う局面にある人々が自分のアイデアで処理していかなきゃならなくなりますと、大きなスケールで単純にものができなくなってきているんだろうと思います。

 そうすると、みんなで総合的に何かをしようという場合に、近代の教育で育った人々は、特に私どもの次の団塊の世代の活躍は、非常に単純なパターンの上で活躍してきたんでして、2つ目の知識をほとんど持っていないんです。ですから、複合的にものを処理することに非常に不得意な教育を受けた世代だと思うんです。それに対して、現在要求されているのは、複合的な局面に対応できることで、それを非常に少数のエリートだけで構成される、ピラミッド型のトップだけでコントロールすることはできなくなったということで、今の官僚組織では動かせなくなったと言うことでないかと思います。腐敗という人もおりますけれども、事実上能力がなくなったと私は思います。地方自治体がそれにかわって能力があるかといえば、今までは中央官庁に伺いを立ててやったわけですから、地方にはそういう人材のプールがありません。だから、ちょっと時間がかかるだろうと思います。それが第1です。

 もう1つは、環境の問題は、このごろ非常に関心がふえてきたんですけれども、日本のように 300年にわたって人口2700万人から3000万人近くで国を閉ざした徳川の大実験をやった国は世界じゅうでないのです。このときに、北海道を除いて、この島国では3000万人しかナチュラルエナジーではサポートできないということはわかっているんです。これはどんなシミュレーションよりも確かだと思うんです。そうすると、少し技術の進歩を考えたって、北海道を入れても、4000万人がこの国が悠々とキープできる人口だろうということになりますと、それ以上の人口はやはり死ぬか何かしないと収支がもたないわけです。

 ですから、少子化というのは、それに対するある種の解であるかもしれない。隣に巨大な国がありますから、そう簡単にはいかないと思いますけれども、その辺を全然頭の中に置かないで、少子化問題で即エネルギーが小さくなったと考えるのは、日本がまだ近代の中央の高い位置にいて、周辺との物質のやりとり、情報のやりとりができる優位な位置にあるということを前提にしての話だと思うんです。クローズド・ソサイエティーというのはそういうものじゃないと思うんです。ですから、どういうふうに選ぶかということは、そこの段階でもう一回議論をする必要があるだろう。だから、我々は国を閉ざせば4000万だということをまず頭の中に置いた上で、次の議論をしなければならないだろう、これが2つ目です。

 それから、高齢化というのは、ここでは65歳といっているようですけれども、私どもの先生の時代、60歳の教授は明らかにもうお年寄りでした。私は70近くになりますけれども、自分では年寄りだと思っていないわけです。思っていないだけかもしれませんが、昔と10年違います。そうすると、10年間働く時間を延ばせば、教育投資と働ける労働時間の延長で、決して少子化で社会がどうにもならなくなることはないだろう。ですから、働き方をこれからきちっとデザインすればいいんだろうと私は思います。私の同級生で働けないなんていう人はほとんどいないですから、まだまだ働けます。全部退官したり、会社の重役を終わっちゃった連中ですけれども。

 それから、女性が、前世期といいますか、近代の初めから中期ころまでは家の中におりました。それがだんだん外に出てまいりました。そこで非常に大事なことですが、近代の中で、あらゆるものが縦割りでなかったのは家庭だけなんです。ホームエコノミクスというものがあったんです。ところが、近代の中で、女性が高等教育を受けて外へ出ていくという全体の流れの中で、ホームエコノミクスは物すごく衰退しました。女性だけに押しつけたからなんです。これは、もう一回いろいろなことを考えなければならない状況にあって、環境問題というのは複合問題ですから、食って子孫を育てるという動物である人間が基本的にやらなきゃいけない問題ですから、それの核になるのは女性なんです。男は子供を産めないんです。それをどういうふうにしたらいいかということをちゃんと議論しなけりゃいけないんです。

 それは、私は勝手に思っているんですが、人生を2サイクルにしたらどうか。つまり、40を境にして20代から40までがファーストサイクルで、40から70までがセカンドサイクル。そうすると、まずファーストサイクルである程度のことをやるトレーニングです。子供を産むことも含めます。セカンドサイクルはもう少し違ったことをやる。2つのオプションを持てるし、段階の違った教育を受けられる。それに対する国なり社会なりの投資、サポーティングシステムを30代の後半からすればいい。そうすれば、何しに学校に来たかわからないような学生は3分の1ぐらい減るわけです。明らかにちゃんと目的を持った学生が残りの3分の1いれば、これは全く違った大学教育ができるだろうと思います。ですから、こういうサイクルをかけるということをどういうふうに考えたらいいかというのは、ある種の提案だろうと思っております。

 それからもう1つ、大きく分けて、オダム・アンド・オダムが1960年、生態学の中でいった話ですが、都市というのは、人間が子供を産むということ以外に有機物を全く生産しない。その周辺に1粒の麦をまいたら、なるべく多くの麦を収穫したいと思っている農業といったような、いわゆる生物生産の空間がある。これは非常に単純です。アメリカの麦畑を見てもわかります。その外側には、エネルギーを最も有効に利用しようと思っている、いわゆる多様な生態系がある。日本の国土の中で、その3つの系をどうやってキープしていくのか、日本は3つ目をあきらめるのかということの議論をやはりしなければいけないのです。

 東京都は美濃部さんの時代に、日照権条例を山手線の内側にかけてスプロールしました。あのとき、逆の政策をとっていれば、今の東京みたいなみじめなことは起こらないと思うのです。私、札幌から来ていますけれども、本当にこれはみじめだと思います。2時間もかかって通勤してきて、私は週に1回札幌から来ますけれども、札幌から来る時間よりも、東京の人ははるかに交通に時間をくっています。そういうことを考えますと、全く違うことが起こっているんだと思います。それをどうやって処理したらいいか。やはり多様性をどうしてキープするか。都市というものは何であるか、都市にいて、疑似自然に対していろいろなことを求め過ぎているのではないか。だったらタイムシェアリングで、自然と都市というものを行ったり来たりすることがあり得るではないか。それは通勤に時間をかけるよりはるかにいいだろうと私は思います。

 いろいろなことがありますけれども、時間がございません。そのぐらいにしておきますけれども、東京都の食糧自給率は1%です。北海道は 140%です。それをどういうふうにお考えになるか。東京の常識は北海道の非常識です。北海道の常識は東京の非常識です。ですから、これは全く違うことが、特に新聞、マスコミの中では、東京で起こらなかったことは日本で起こっておりません。ですが、そういうことでは、これだけの国土は困るだろう。首都圏移転なんかの問題がありますけれども、いろいろなことを含めまして、もう少しきちっとインフラストラクチャーの整備にベーシックなエリアを生かして考えないといけないのかなというふうに思っております。ちょっとたくさんになりました。

○岡村委員長 少子化の場合、労働力の問題ではなくて、子供たちが少なくなると、中山間地域では特に子供がぱらぱらといる。そういう場合の教育問題をどうするか。

○丹保委員 それは申し上げなかったんですが、西日本は集村型なんです。東日本は田舎が散村型なんです。特に北のような雪の深いところでは、冬の散村は全く途絶しているのです。ですから、集村型に切りかえていく。40〜50軒。高度な教育を受けた女性がその中の核になれるような村落、町村形態をとれれば……。

○岡村委員長 50軒ぐらいだと50人も子供がいないですけれども。

○丹保委員 それで幾つかブロックになれば、それは交通がブロックとしてできますから、今みたいに1軒1軒集めて歩かなくていいですから、50〜 100というのがやはり最小限の集団だろうなと私は思っていますけれども。

○竹内委員 先に、最初に橋本知事がおっしゃった、地域循環的な仕組みのあり方というお話から、もう少し私の考えを申し上げたいと思います。今、丹保先生が複合的な組織づくりに老朽なさいまして、それに時間がかかるだろうとおっしゃったんですが、私は余りかからない可能性もあるという意識を持っております。その理由は、これからの社会基盤整備のプレーヤーがかなり急激に変化していくだろうと考えているわけです。

 つまり、既にビジネスの世界では複合化という発想がは常識的になり、少なくとも、今まで単体の商品開発から面的なビジネスへと展開する多角的な企業の活動が急激に出てきている。トヨタが通信分野に参入し、ソニーは既に情報通信、金融サービス、放送へと異業種マネジメントを始めています。イトーヨーカ堂もしかりです。日本のマネジメントの世界が、今まで不得意だった複合的組織のつくり方のに対してあまり臆病でなくなっている。

 そうしますと、ここに挙げられている医療・介護、通信、情報、大都市インフラ、このようなものに対して、行政がのろのろしているうちに、新しいプレーヤーが出てくる可能性がある。料金体系さえしっかりしていれば、その中でコンテンツもつくることができる。あるいはいろいろな形で技術的な進歩を組み合わせるという分野が広がってくる。そのときに、何も土木学科卒業のエンジニアがゼネコンに行く必要はなくなるかもしれない。そういうことを考えますと、まず企業の世界の多角化、モノからサービスへという複合化の方向、事業の再編成の波が行政分野にも及ぶ可能性がある。そのときに、行政の役割、公共性の担保の方法を開発する必要がある。

 もう1つできていないのが、いわゆる地域をベースにした産業多角化のための組織。アメリカ、ヨーロッパでは、地域政策や地域競争力の根幹として注目し始めている。イタリアなどではクラスター方式で、補完性の高い異業種産業を集めて、国際競争力を拡大し、それに見合ったインフラをつくっていく、そういう技術の水平的つながりがクラスター方式です。これには、エンジニアの発想が必要で、異業種のコラボレーションが大切になる。それから、フランスでは最近地域サービスをデザインする大規模な会社が、ビバンディーなど、これは水の会社が出発点なんですけれども、そういうところが地域サービスを設計して、環境サービス、放送分野に進出し、行政とは違う手法で地域サービスをデザインするという業界に育ちつつある。

行政とは違う新しいプレーヤーや、組織が地域の付加価値を生みだし、GDPを押し上げる働きをするというシナリオを考えますと、インフラを運営、設計する組織のオプションが必要です。地域型オフィスがいいのか、市町村経営統合体がいいのか、持ち株会社がいいのか。検討する必要があるでしょう……。

○岡村委員長 逆にいうと、行政はそういうことから手を引いていいということですね。

○竹内委員 要するに行政が……手を引くというか、新しい主体とリスク分担のための契約制を導入する。あるいは、公共性を担保できるような判断を行政が行い、事業主体がサービスの規模と水準をオプションで示す。

○竹内委員 持ち株会社みたいなものに、1つ1つの分野をいろいろな形の、例えば水であるとか介護であるとか、市町村を超えた組織ができ上がってくるわけです。そこに、それぞれの市町村が1つの行政サービスの権限を委譲する……。しかし、利用者や消費者との仲介機能を果たす

○竹内委員 自治体はお金は払いますが、同時にサービスの提供権限も委譲する。その理由は、行政システムはマネジメントするための組織ではないからです。最低水準をサ―ビスの提供義務しかない。一定の最適な規模の行政サービスをデザインする、パーソナルニーズを捉えるような機能がない。しかし、地域競争力とグローバル化の流れをどういうふうにくっつけるかという経営軸が必要になってくると思う。

○橋本委員 ちょっと僕時間がないので。今、丹保先生がいわれた、例えば50人、 100人の子供というのが、学年なのか学校なのかということです。学年であればもうそれも無理な状況になっておりますので。

○丹保委員 無理ですね。

○橋本委員 学校であれば複式を意味することになりますので、複式でいいかどうか、ちょっと土木学会の議論に合うかどうかは別ですけれども、ということも考えなくてはいけないくらいの……。

○岡村委員長 インフラをどうすればいいか。そういうものにしかしようがない。

○橋本委員 しかし、その50、 100というものが物理的に人が集まるということであれば、そのためのインフラ投資をするだけの余力は既にない時代になっている。

○岡村委員長 そうすると、ほうっておくしかない。

○丹保委員 情報化でいいと思う。

○橋本委員 僕も情報化でいい。

○岡村委員長 子供たちは集まらなくていいのですね。

○橋本委員 集まらなくていい。それは常時集まらなくていいという意味じゃないです。集まる仕組みは何か必要だろうと思います。

○丹保委員 拠点が要ると思いますね。ただ、セカンドサイクルに入った地域にいる人たちが相当なことをしてくれるだろうと思いますね。今お話がございました、私は水屋、ごみ屋なんです。環境工学が専門でして、リバンディーというのは私の仲間の連中がやっているんです。これは会社が世界戦略でいろいろなことをやっておりまして、いろいろなことをやりながら民営化をしております。パリの郊外は全部、カーサも完全に民営になっちゃいました。それはよろしいんですけれども、近代システムというものを運用する上で、あのクラスの大会社ができるんです。ところが、それができないようなシステムが日本にはいっぱいあるわけです。それにはちょっと時間がかかるし、それをキープしていくための人間をつくるという一番基本の部分、近代人でない、近代の次の人をつくるために時間がかかるだろうというふうに申し上げたので、それはもう現実に動いております。

○橋本委員 だから、竹内さんのいわれたことは、方向性としては当然そうなるべきだと思います。ただ、今おっしゃったように、民間で受けていただいて、ビジネスベースに乗っけていく。乗っけるために、例えば行政がどこまで支援をするかということも含めてなんですけれども、それでもなお成り立たない地域が日本全体にいっぱい出てきている。そこをどうしていくかということ。切り捨てるというのも1つの判断だと思います。切り捨てるというのは、そこにいる人をほうり捨てるという意味ではなくて、そこは安楽死をしていただく。そのかわり、次の時代には違う地域づくりに変えていくという意味で、言葉は悪いですけれども、国土構造を変える意味で切り捨てていくというのも1つの考えだと思います。

 ただ、もう既に、竹内さんがいわれたような仕組みだけでは動かない地域が、高知県もそうですけれども、日本全国多数出てきていると思います。そういう中で、例えば我が県のようなところで、鈴木さんがいられる横でいうのもあれなんですが、高速道路をつくることに対して、さまざまなご議論があるわけです。それが前回の都市と地方との問題だろうと思うんですけれども、まさにビジネスベースで成り立ってくれて、行政にかわるプレーヤーに出てきらもらうことは非常に望むべきところです。PFIのシステムなんかも、高知のマーケットでできるのであれば、ぜひそれはやりたいと思いますし、僕は、高知のマーケットでできるようなPFIを土木学会などで、ぜひ提案をしてもらいたいと思います。それは、いわゆる土木に係るハード整備だけではなくて、図書館とかそういうものでも、何でもいいのですけれども。

○鈴木委員 今、竹内先生がおっしゃったのは、まさにPFIということで、これから土木学会が取り組むかどうかは別としても、我が国は取り組んでいかなきゃいけない。1つの大きな課題だと思います。

 私が申し上げたのは、知事さんがおっしゃったんですけれども、それだけで全部がカバーできるかどうかは、やはり問題じゃないか。ある程度集積のないところでPFIが実際に成功するかどうかは、まだ実験段階と思います。ただこの報告書中でも、若干そういう表現もあるようですから、PFIに触れること自体は非常に重要じゃないかと思います。

 私も四国におりましたけど、高知の中でPFIが成り立たない。やはりある程度そういった公のお手伝いが要る。ただ、従来みたいに公が勝手にやって、先ほど会長がおっしゃったように、供給サイドの理論でやるということだけではだめだと思います。

 それに関連して、今回の構成、先ほどもご説明ありましたけれども、聞いていると大変楽観的な、あらまほしきものと現実にほうっておけばいい、ほうっておくとそうなってしまうというのが一緒になっていると思うんです。ただ、議論を整理して、最終的にまとめていくとなると、やはり現在の趨勢からいえば予想されるようなもの、例えば都市生活基盤の老朽化とか過疎地域が拡大するとか、高齢化、少子化というもの、国土環境の現状認識的なものはまとめて1つにくくって記述する必要があると思います。

 それに対して、我々がイメージする理想の社会といいますか、理想像、この程度までなればいいという項を分けて書いて、それを実現するためには社会資本の整備の果たす役割が重要だとか、こういうものは最低限やらなければいけない、こういう事業は、PFIで民間に任せるとか、そういう議論に持っていかないと、なかなか収斂しないんじゃないかと思います。

 それから、もう1点いわせていただきますと、全体的に国土の安全といいますか、自然災害に対する防災とか国土の保全、そういうものに対する記述がない。できれば地方は地方で非常に自然が荒廃していますし、大都市でも直下型地震があったらどうなるか。そういう災害に対する対策はきちっとしておかなければいけない。そのための社会資本整備の必要性をきちっと書く必要があるんじゃないかと思いますので、次のときまでにはそういった国土の安全に対して、もう少し触れていただきたいと思います。

 それから、3番目といいますか、最後の具体策ですけれども、まとめの話で恐縮ですが、どこまで委員長はお考えになっているのか。高速道路を何キロやれというのは全総計画でいいと思うんですけれども、その辺、具体的にどこまで触れるか。ここではまだ方向性にとどまっているんですけれども、余り方向性だけだと抽象的すぎるし、具体的に全部書くいうと、全総計画とか5カ年計画の引き写しみたいになってしまいますので、その点、最終的にどうまとめていくかということも議論していただいたらどうかと思います。

○合田委員 正直いって、問題が大き過ぎて何をどういっていいかわからなくて困っているというところが本音です。特に、社会資本整備に行く前に、さっき丹保先生やいろいろな方からお話のあったような、社会のシステムが今変わろうとしている、そこでどういう手を打つべきなのか。打ってほしいことは見えているんだけど、それを実行できる見通しがない。そこはどうしていいかよくわからないというところがあります。竹内さんの方からいろいろなご意見がありましたけど、日本の場合には、何といっても官庁組織の自己防衛が強過ぎて、とても変わらないんです。

 例えば、大正から明治のころの日本の土木建設というのは内務省がやりましたけれども、あれは特定の場所を除いては5年とか10年、今大きなゼネコンが現場を持ってやって、終わったら移るというような、港の建設でも何年も居座っていなかったんです。それが戦後は1つできたら、そこで半永久的に未来永劫いないと、自分たちの職場がなくなっちゃうというところがはっきり、それがどんどん見えてきていまして、そうして特に、今の仕事というよりも、グループ全体の職場の意識が非常に強いものですから、そこをどうやって崩せるのか。

 戦前は、天皇の官吏の時代には恩給がたっぷりありましたので、私は先輩がその先輩たちから聞いた話として、官を退いて民間企業に就職するのは非常にみっともないことであって、せいぜいついても顧問ぐらいでとどまるべきだ、あくせくしちゃいかぬ。逆にそれぐらい天皇の恩給は高かったんです。それが戦後の混乱この方、生活防衛のため、1人1人の防衛のために一生懸命いろいろな手を打ってきた。それを今度は組織として防衛する体制が組み込まれている。だから、そこは一体崩せるのかというところで、私はどっちかという悲観的になりまして、何をいっていいかよくわからないというところがございます。

 ただ、この幹事の方に調べていただいた資料の中で、戦後、日本が公共投資の率が非常に高いわけです。諸外国の2倍から3倍も50年ぐらいつぎ込んできて、いまだに充実感がない。これは一体何なのか。その用地費に取られてしまったのか、あるいはきちっとした計画を立てずに、賽の河原みたく、つくっては壊しつくっては壊しやってきたのか。どうもそのあたりから、なぜ日本のインフラがヨーロッパなんかと比べて、いまだに見劣りしているというような印象を与えるのか。あるいは、それは単に都市交通の渋滞という一部の局面だけをとらえてそういっているにすぎないのであって、本当はかなり匹敵するところに来ているのか。そこの分析がもう1つ欲しいなと思います。そのあたりを見た上で、次の具体的な提案ということになるんでしょう。

 それで、そういったどちらかというと八方ふさがりに近い状態で、土木サイドで幾らかそれを解決する手を見つけるために、どういうところに力を注いで整備をすべきかということについては、いかがでしょうか。かなりフリートーキングみたいな、高速道路何キロというのではなくて、もっときめの細かいアイデアをたくさん出すのを、少しもんでいただいてはいかがなんでしょうか。といって、私もすぐ出るわけじゃありませんけれども、なかなか難しいので、いい意見が出せずに申しわけなく思っています。

○岡村委員長 何か反論はありませんか。

○竹内委員 私の方でPFIというものを独立で進めることが救済策になるといったのは、3つの軸の1つにしかすぎない。2つ目の軸は、地域軸、産業多角化による地域のダイナミズムはPFIでは解決できない。そこで、リージョナル・オフィス、いわゆる市町村合同オフィスみたいな新しい地域リーダーをつくる必要があるのではないか。これは、どちらかというと、PFIではなくて面的行政サービスのコーディネーターです。グローバルというのは、まさに対外的競争力、他の地域から人を呼んでくるとか、魅力をどうつくるかという戦略を立てる人、知事とか、そういう立場にある方がそういうことをやる時代に入ってくる。PFIだけを独立していったわけではない。

○鈴木委員 NPOみたいな。

○竹内委員 そうです、そうです。地域NPOの大規模なものでしょう。

○合田委員 ちょっとPFIについて伺いたいんですが、PFIをやられている国はイギリスとかアメリカとか、そもそも発注官庁に技術者のいない国がやっていて、フランスのように技術者集団がしっかりしているところではあまりやってないということはありませんか。

○竹内委員 フランスが最も進んでいると思います。地域PFI。特に、高速道路みたいなものより、地域PFIみたいなものは非常によく進んでいる。発注官庁には技術者入れてもいいんですけれども。

○合田委員 イギリスなんかは基本的に官庁に設計技術者を置かないですね。イギリスの道路建設でも何でも、予算だけ持って、あとはコンサル呼んできてやらせる。

○竹内委員 一言でいえば、フランスの場合は行政官庁にいるエンジニアと民間企業にいるエンジニアはほとんど水平的に動きますので、行政とか民間企業の間が非常に狭いということがあります。

○清原委員 少しソフトのことを触れさせてもらうと、僕は、人材の問題と評価の問題がこれからかなり出てくるんじゃないかと思うんです。このたたき台もそうなんですけど、官僚がどうも悪者視されているんですね。実はよく考えると、もちろん今の官僚機構はすごく問題が多いけれども、PFIをやるにしても、行政の存在を抜きに語れないわけで、その行政というのを突き詰めていけば、1人1人の役人なんです。そうすると、1人1人の役人の人がまじめに考え、高い能力を持ってやってくれないと、空回りしちゃう部分があると思うんです。だから、官僚悪者論だけでものを考えるよりも、むしろ官僚の質を高めるということを念頭に置いてやった方がいいんじゃないかと僕は思いました。

 もう1つ、評価の問題ですが、深澤幹事さんが書いていらっしゃる、事業前、事業途中、あるいは事後において評価していく、これはこれからすごく大事になってくると思います。それがソフトに関して僕が感じたところです。

 ハードのことを考えるときに、これは20年後ぐらいの近未来を一応想定しているわけです。そうすると、首都機能移転の問題が、仮に実現の方向へ行くとしたら、社会基盤整備あるいは国土全体の構造から見て、大きな問題になってくると思うので、ちょっとそれに触れた方がいいんじゃないかなと思いました。

 僕自身は、今考えられている立法、行政、司法の中枢機能を一括して一ヶ所に移すという首都機能移転というものについては反対なんです。ただし、今考えているのと別個の意見、例えば分都論とかいう形でいっぱいあるわけです。それは僕は検討に値するし、ハードのことを考えるときに、今の東京で果たしていいのかというのは絶対必要になってくると思いますから、そこはちょっと入れた方がいいんじゃないかなと思いました。

○窪田委員 あまり深く語れるポイントはないんですけれども、1点。未来像の楽観的というご意見がありました。逆に現実を見ますと、公共投資を前倒しでやっていますが、基本的には、国にしろ地方自治体にしろ、相当な赤字を抱えているわけで、実際の年間の歳入の数倍以上に及ぶという状態があって、多少の失業対策とか、経済活性化を考えて、赤字国債を発行してでも公共投資を行うというのは確かにやってはいるんですが、逆に経済活性化による赤字解消へのシナリオというのは本当に見えてないという気がするんです。

 先ほど合田先生の、今まで日本は膨大な投資をしているけれども、社会基盤施設の充実感がないというのは、地価が高かったということがかなりあると思うんです。現実のプロジェクトには、首都圏とか大都市圏では、ひどい場合には90%が土地代で、残りの10%で事業をしなきゃいけない。つまり、目に見えて形になって機能を果たすものが1割のお金でやらなきゃいけないという状態がしばらくあったわけです。地方はもうちょっとよかったと思いますが。

○岡村委員長 時間がかかっていくんですね。

○窪田委員 そうです。時間もかかった。ですから、状態が変わらない土地だけが価格変動をして、でき上がったものの価値は減価償却していくという評価しかされてないわけです。そうすると、今地方自治体でも基本ストックを再評価して、資産をどれくらい持っているかというのを、公共施設まで全部入れて考えようという、企業の財務処理の考え方が入ってきていますが、現在保有しているストックの評価の仕方の中から土地評価を抜いてみたらどうかという気がするんです。

 それで、実際に持っているものがどれぐらい社会に対して機能し得るか。機能させて今後活性化を図っていくときに何が足りないかというのを、量と、それに必要な上物のコストではかる。土地代の問題は別途考えるとしないと、多分やっていけない部分が多いと思います。

 もう1つ、質の問題でいいますと、もう死語ですけれども、美濃部さん時代にシビル・ミニマムという言葉がかなり流行語になって、全国がそれに右へならえしたときに、最低限のものをつくればいいという感覚が植えつけられちゃったような気がするんです。

○岡村委員長 シビル・ミニマムというのはどういう意味ですか。

○窪田委員 つまり、これだけ、最低限分つくっておけば文明生活を送れると解釈された部分があると思います。私も多分、誤解かもしれませんが、そういうふうに学生時代には解釈しました。

 ところが、そういうところがしみついていて、いきなりアメニティーだ、景観だ、デザインだといわれた途端に、肥大しちゃったわけです。つまり、プラスアルファ分だけ、今急激にふくらんで、結局また元へ戻ろうとして、それは官需だけじゃなくて、民需の方でも、例えばマンションなんかが今物すごい値下がりしている。同時に中古も暴落しているわけです。実際には土地の値段はそんなに変化してないところでそれが起きているわけです。ということは、上物に金をかけてない。状態は相変わらず変わってないわけです。

 その辺の投資の配分の基準みたいなもの、意識もかかわるんですけれども、それを変えていって、これは定着しない言葉だと思いますが、もしあえていうんだったら、シビル・ミニマムからもうちょっと上をねらうという意味で『シビルミディアム』のようなキーワードをつくって、そこにターゲットを絞っていって、それで投資額に見合った環境なり生活のライフスタイルが実現される空間が形成されるというガイドラインを示す必要が非常にあるなという感じがしております。具体的にいうのは、個々の細かい事例に入ってしまいますので、ちょっと避けますけれども、そんなところかと思います。

○岡村委員長 あと15年、20年後には公共の投資は減少するだろう。それに対応する社会基盤整備として、社会基盤そのものの有効活用とか、効率的な投資、社会基盤整備システムそのものの改革、あるいは研究基盤整備をして、それに対応するとか、そういったことが社会基盤整備の方向としてある。これは私が皆さんの意見を見て勝手に書いて、これに対する方向だとしたんですが、そういうところをほかの部分でも、皆さん、書いて、あるいは発言していただけば大変ありがたいんですが。解がなかったのは、先ほどいった、小学校、中学校、今人が集まらなくて、情報でいいとなればできるんですが、どんなもんでしょうか。新聞記者の立場とかで、将来の子どもたちのあれはそんなんでよろしいでしょうか。

○窪田委員 弟が教育学をやってまして、イギリスの教育制度を研究しています。イギリスというのは、かなり子供のころから寄宿舎で充実した教育をやります。

○岡村委員長 小学生から?

○窪田委員 小学生から。もちろん全部じゃなくて通っていくのもあるわけですが、イギリスはいわゆる階級制がありますから、能力をつけようという子供は徹底的に集中して、管理教育になりますけれども、かなり遠いところから預けちゃうんです。週末とか、月に何回とか、親が会いに行く。そういう方法はイギリスの産業革命の時代に確立した方法論らしいんですが、ある意味ではいいシステムだと思っています。

○岡村委員長 じゃ、介護も預けちゃう、こういうことですね。

○窪田委員 雪の深いところでは、冬の場合は公的機関が完全に預かっています。

○岡村委員長 そういう対応だということですね。わかりました。

○伊藤委員 私のような技術者が議論に入るのになかなか入りにくい問題で、プレゼンテーションを伺っていたんですけれども、最初の話で、土木学会の会員に対するメッセージでもあるというお話もあったので、我々にもわかるような議論があったらいいかなという感じがしました。

 最初の未来像といいますか、非常に明るくて、こうなるのかなというところがあるんですけれども、そこまで信じてなさそうなところ、3の具体論になると、よくわからないなというところがあるような気がします。

 1つの地方の大きな問題として、先ほどから過疎という問題があったんですけれども、本当に過疎が悪いのかなと……。

○橋本委員 地方の悪い問題でも何でもない。

○岡村委員長 介護と子供をどうやっていくか。寄宿舎とどこかに預けるという解釈をすると、過疎のその面での問題はなくなるといえばなくなるのですね。

 

○伊藤委員 私、そう思いますけれども、古い話で申しわけないけれども。

○伊藤委員 いずれにしても、先ほどの北海道では農業生産量が140 %という地方に行けば、これは完全に過疎ですね。

○丹保委員 そうでもない。(笑)

○伊藤委員 そうでもないですか。それでも、私の子供は小樽の学校に行ってまして、下宿に行くと、やはり山の中から来た高校生とか中学生が通えないから下宿しているんです。東京の我々のイメージのところに比べると、随分大変だなという感じはするんですけれども、それはそれなりに生活していけるんじゃないか。あるいはそのために、さっきシビル・ミニマムという話がありましたけれども、人が1人でもいれば防災もやらなくちゃいけない、あるいは学校もという考えは必ずしも必要じゃないんじゃないかという感じが私はします。

○岡村委員長 1人でもというか、子供が100 人とか200 人の単位だと、10kmの距離を通わねばなりませんから、今のお話のように対応する、こういうことですね。

○橋本委員 また、違う話ですが、社会基盤整備のビジョンということで考えるのであれば、オーソドックスな考え方としてこれまでの社会基盤整備はどうだったのかということと、今後どうやってつくっていくか。そのためには、何のために何をつくるのかという3つのテーマというか、順序があると思うんです。

 これまではどうかということで、先ほど合田さんから、これまでのものは果たして不十分だったのかというか、日本のやり方がおかしかったのかというお話がありましたが、私は決してそんなことはないと思います。特に鈴木さんのいわれた防災の面も含めて、それが道路であれ、何であれ、私はすぐれて、社会資本投資としてはすばらしい実績を上げてきている国だと思います。

 ただ、ソフトとの絡みでいえば、それが十分使われているかどうかという問題、つまり、産業効果として十分あらわれているかとかいう問題はいろいろあります。ですから、既にあるものが十分使われてないというので、一番よく議論されるのは、港の釣り堀論ですけれども、使われてないのであれば、それを使うためにはどうするかという、今あるものの棚卸しとか、有効利用を考えなきゃいけない。そのときの方向性としては、日本の経済の一番のネックは、僕は国内の物流コストだと思うんです。その物流コストを下げて国際競争力を上げる。また、国内の消費者の満足感を上げる。そのためにはどうしていくかということを僕は考えるべきだと思います。

 首都機能移転の話も先ほど出ましたけれども、私の個人的な意見でいえば、首都機能移転のために何兆というお金をかけるのであれば、まず国内の物流コスト、高速道路の問題にしろ、空港使用料の問題にしろ、港の使用料の問題にしろ、そういうものを下げること、借金返しなどに使って、そんなことはできないと鈴木さんにおっしゃられるかもしれませんが、何兆というお金があるのであれば、そういういろんな選択肢は……。

○岡村委員長 物流コストはソフト面で下げるというのですか。それとも、簡単に料金をただにしてしまおうというのでしょうか。

○橋本委員 僕は、例えば、首都機能移転ということとバランスで考えるのであれば、ただで、財投の借金を返してしまうとか、そういうことで、日本の物流コストを下げれば、これだけ知恵と能力のある国で、競争力はもっと高まって、それこそ二十何年というスパンで考えるのであれば、それまでに次に首都機能移転できる金は間違いなくストックできるだろうというのが、僕の思いです。

 それから、どうやってつくっていくかという手法でいえば、先ほどのプレゼンテーションにもありましたけれども、事業評価とワークショップというか、住民参加の手法は絶対必要だと思います。ただ、うちなんかでも、住民参加でやっていくときに、どういう範囲のだれの意見を聞くかということを、現場の事務所の人間も極めて迷うわけです。このノウハウは全然確立をされていません。

 時間と金だけはかかるのではないか、こういう考え方になります。時間は確かにかかると思いますけれども、時間がかかっても、何も知らないうちに計画がドーンと出てきて、後でもめて、結局完成までに5年も10年もかかるということを考えれば、時間は問題にならないだろう。金についていえば、それはただ単に意見を聞いて、聞いたことを何でも入れていくから金がかかるのであって、住民の側にも意識を持ってもらって、このものは2億円ですよ、上限2億円でやっていくときにどうするかというぐらいのレベルに住民も上がっていかなきゃいけない。そのためのノウハウをどうしていくかということだと思うんです。

 環境アセスメントが始まったころにも、あんなものをやったら時間はかかるし、金もかかってということが多分技術者サイドなり役人のサイドの考え方だったと思いますが、こういうものが時代の常識になって、要綱、条例なり法律になってきたわけですから、多分ワークショップの方式もそういうふうになっていくだろうと思います。

 そういうノウハウをどうつくるかというのが、どうやってつくるかのところの大きなものです。

 それから、その際に事業評価などの基準も、次の、何のために何をつくるかということにもかかわってくるだろうと思うんです。

○岡村委員長 何のために何をつくるかというときに、未来の社会に対して貢献することが必要ですので、未来がどうかというのが必要だと思いますが。

○橋本委員 結局、何のために何をつくるかの基準も、事業評価の基準も多分同じような方向性が必要なんじゃないかと思うんです。

 例えば、高齢社会ということを考えたときに、丹保先生いわれたように、高齢社会といっても65が高齢化じゃないよというのはそのとおりでございます。

 ただ、線引きを後期高齢化の75以上ということで考えた場合にも、その層も間違いなくふえてくるわけですから、先ほどいったようなそこの治療代をどう減らしていくか。そのための日常のネットワークをどうしていくか。道路が一番簡単なんで、いつも道路の話しか出ませんけれども、そういう基準でものをつくる。そのものをつくるための事業評価はどうあるべきか。

○岡村委員長 そういうものはみんな預けてしまえといってしまえば解決してしまうんですね。私はそれじゃだめじゃないかと思っているんですが。

○橋本委員 預けてしまえばいいかどうかは、預けてしまうというのは治療代に入るものなので、その方が社会コストは間違いなく高くなってくるだろうと思います。預けてしまえば助かる人も個人的にはミクロではいますけれども、マクロで計算したときには、そうではなくて、その人たちが元気で活動、まず預ける状況にならないようにさせていくということがあります。

○岡村委員長 それはもちろんですが、その方たちが町の中に住んでいれば、今のことで解決できるんですが、隣が1000メートル向こうにある、そういうときにバリアフリーなんてものじゃなくて、それはもう集めるということですね。年をとったら……。

○橋本委員 それはビジョンという中には盛り込めない問題だと僕は思います。

○岡村委員長 年をとると、都会に集まってくるべきであるということでしょうか。

○橋本委員 集まってくるべきだというか……。

○岡村委員長 そうすれば、今のような生活がエンジョイできるけれども、外にいればできませんということでしょうか。

○橋本委員 国はそうはいってませんが、介護保険というのは多分にそういうことをねらっているんではないかと私は思います。というのは、介護保険は、各市町村が保険者としてやられますけれども、サービスは各市町村が全部持てません。我が県でいえば、高知市は全部そろうわけです。その周辺の過疎地域の人が高知市でそのサービスを受けてもいいわけです。ということからいえば、私は人口移動は多分起きるだろうと思います。思いますし、そういうことを一定想定をしておられるのではないか。人口移動が起きたときには、サービスは受けて金だけはその人の住んでいるところからとられることになるので、そういうところは財政が持たなくなって、市町村合併がやがて起きるだろう。そこまで深謀遠慮があるかどうかわかりませんが、目指しているんじゃないでしょうけれども、そういう方向を許容した制度だろうということは思います。

 だから、そうあるべきで、そうするかどうかというのはまた別の議論ですけれども、ということはあります。

 それから、それぞれの地域に住んでいる人が、果たして今の過疎云々に不満を持っているかというと、決してそうではないです。おじいちゃん、おばあちゃんで1人で暮らしている人も、時に寂しいと思われるかもしれませんけれども、大半の人は満足をしておられると思います。そうでなければ、移動が自由な日本において、しかもほぼどこでも行ける国において動かないということはないだろう。それが一番の悩みでもございます。みんなが不満を持っているのであれば、不満を解消する手だてがあるだろうと思いますが。市町村長や議員はそれぞれ不満を持っています。だけど、それぞれの住んでいる人はそれほどの大きな不満は持ってない、そこが一番難しいことではないかと私は思います。

 中途半端な話で恐縮でございました。またお呼びください。どうもありがとうございました。

○合田委員 先ほど、この戦後50年この方、資本整備、インフラの整備が充足感がないのではないかと申し上げたのは、これから世の中で公共投資を削減すべきではないかという声が上がっている中で、それに対する反論をしていくためにも、なぜそうであるのか。窪田さんがおっしゃられたように、不動産というか、土地の方に行ったのであって、正味のやつはこれだけであるという理論武装する上で欲しいということです。

 それから、最近ちょっと聞いた話ですが、道路整備の中でも、1つには高規格の農道整備がありますね。あれなんか、地方に営業に行く人の話を聞くと、最初はいいんだけれども、何年かたつと、そこへダンプトラックが走って、もともとそういう高規格の道路じゃないんで、かえって、ガタガタになってしまう。それから、今建築学会の方で100 年寿命の家を建てることで努力しましょう、当面は建てる家数が減って苦しいかもしれないけれども、将来のためにはそれがいいんだ、そういう、窪田先生がいわれたシビル・ミニマムを誤解していたというように、逆に、建築でいえば100 年寿命の家とか、将来を見据えた高規格のものをつくるべきであるということをきちっということが、この委員会の大きい役割じゃないでしょうか。

 それから、これからの資本整備のときに、先ほど私フリートーキングといったんですけれども、ふっと考えまして、そういうことをやるよりも、社会資本整備のどれを選ぶか、そのルールづくりに対してきちんとした提言をすることの方が大事ではないでしょうか。事業評価について、幹事の方からもいろいろありましたし、こういうふうにやるべきであるという声が上がっているわけです。ただ、実施部隊の方は、そういうことをあんまりはっきりやられたんじゃ、自分のテリトリーが減るかもしれないからといって抵抗するわけです。

 そのあたりを、官庁関係で、特に若い人たち、正義感に燃える人たちの声を出して、本来、こういうところは当面ここ5年ぐらいは自分のところ損するかもしれないが、将来のためには、効能とか投資額のバランスとか考えるなら、こういうルールでいくべきであるという本音のルールづくりを提言する、そういうことをやっておくと、世の中から見て、そういうルールで、しかも全部開かれた情報公開で持っていくんであれば、ちゃんと数値的に、定量的に競争してうちの方が負けても、じゃ、しようがないかなと納得させる場をつくらないと、いつまでたっても、予算配分の枠の中でつくっちゃいますので、そっちの方が重要かなという気がしてきたんです。

○鈴木委員 今のお話で、何にもしないと、また元と同じになるというご指摘がありましたけれども、深澤さんが、3の5でいろいろ書かれていまして、今の事業をやる場合には、建前の部分もありますけれども投資効果の評価をきちんとしてやる、そういう方向に行っていることは、私は、今の流れから間違いないと思うんです。

 ですから、そういうことを今回の委員会でもっと強調していただければいい。今の農道みたいなものは、確かに縦割りの弊害としてあるわけですから、そういうものについては一本化していかなくてはいけないんで、そういうことも指摘していただくことは、むしろ大変プラスです。今後の効率的な社会資本整備という面での事業効率、事前評価、事後評価も行うようにしていますから、そんなにご心配しなくても、今の若い人たち、後ろにおられるような人は、進めていただいているんじゃないかと思います。(笑)私ももう老兵ですから、現場の1人1人はわかりませんけど、現地でもかなりそういう気持ちになっていますので、今までとかなり変わってきていると理解していただいていいんじゃないかと思うんです。

○合田委員 そういうのをもっと加速する意味ですね。

○岡村委員長 先ほどの釣り堀の話は、今のとは関係ないんですね。

○合田委員 あれもやっぱり、ある局面をとらえて誇張していっておられるところもあるので、全く使われてないということはないと思いますね。

○岡村委員長 使われてないといっているわけではないと思うんですけれども、そういう表現、農道と釣り堀というのはよく一緒に出てくるものですから。

○合田委員 ですから、そういったときに、TVで絵になるものとしてたまたま例示されるようなものについては、所管官庁とか役所は、積極的に事後評価をして、数字で反論する、そういうことですね。

 それから、先ほど、どなたでしたか、物流コストの問題を挙げておられましたけれども、先日、テクノスーパーライナーの推進責任の方と雑談する機会がちょっとありまして、そのときに、テクノスーパーライナーを期待する方として、陸運業のコストを、例えば認可運賃で見ていたけれども、どうも実体はそうじゃない。競争が激しい反面、結構業界のいろんなしがらみがあって、かなりソフト的な面でもバリヤーがあるとのことでした。

○岡村委員長 先ほどそれを質問したんです。

○合田委員 ソフトというのは業者間の業種でいろいろあるということですね。

○岡村委員長 そうです。交通コストそのものを下げるようなものではなくて、別の仕組み的に高いという面。

○竹内委員 今数字で反論なさるというお話があったので、釣り堀の話で、私見たことはないんですけれども、本当におくれているのかなという部分については、みすぼらしいとか、豊かさを感じないとか、いろいろいわれますけれども、私はそれは一言でいうと、あまりそうでもないような感じがしてまして、福島なんかに行っても、高速道路の周りに、農林省が立てたと思われる何とかサイロとか、ガバガバありますし、本当におくれている国がそんなことをやるのかというのが大変疑問で、もしかしたらおくれてないんじゃないか。かなり余剰な投資が行われているということは……。

○岡村委員長 インフラ整備がおくれてないという意味ですか。

○竹内委員 おくれてない。過剰な部分の方が多いんではないかという印象なので、ちょっとそれだけ。これは印象論になっちゃいますが。

○清原委員 それから、事前にいただいたレポートで、太田幹事さんが書いていらっしゃる2.2の「ライフスタイルと就業形態」の一番最後に、「このため、都市に生活する必要がなくなり、自然の豊かな地方に居住する人が多くなると予想される」というのがあって、後で3.3で渡辺幹事さんが、「大都市の再生」と書いていらっしゃる。これは読んでいまして、矛盾するような感じを受けたんです。都市の再生といった場合に、田園都市的な考え方で、都市に住んでいる人も、緑とか自然を近くに享受できるという発想で大都市の再生をやるべきじゃないか。一方都市に生活する必要がなくなったり、自然の豊かな地方に居住することが多くなるという予想は、自然を享受したかったら、地方にセカンドハウスを持つとか、地方に移り住むとかすればいいんだという考え方なのか。2つの考え方は矛盾しているという感じがしたんです。

○岡村委員長 今都市に全くお金をかけないでほうっておくと、都市から逃げ出す人が出てくるんじゃないでしょうか。これから20年間一切都市に、例えば公共事業費をゼロにしてしまうと、東京から逃げ出す人が出てくると思います。一切、全くゼロだったら。今度、どんどん入れていくと、例えば通勤交通の渋滞を一生懸命やれば少し解消していきます。また人が集まってきて、また解消する、ずっとやってきたわけです。それをしばらく続けていくと、またいくんですが、そのうち日本の人口が減り始めますから、あと50年ぐらいすると、今つくった、通勤を一生懸命やった鉄道が要らなくなる、3分の2で済むとかということが起こるかもしれない。

 我々は都市にも少しお金を入れてやっていく。今の公共投資額あるいはこれから減っていく投資額で地方にもお金を入れて、何とかとやっていくと、トータルとしてどういう世界が出現するか。そういったことを知って、当面必要なことで、通勤解消としてやって、ソフト的なものでなくて、ハード的なものでやると、10年か20年後にでき上がる。それで都市の生活環境、あるいはみんなの住み心地、生きがい、満足できるような都市ができていくのかというのが、都市生活環境の悪化というところの問題だと思っています。

 「自然に解消?」と書いて、さっき怒られたんですが、通勤交通渋滞を50年間待っていると、自然に解消する、こういう意味です。例えば、50年間何もしなかったら自然に解消する。50年間住んでいる人は困るわけです。それは逆にいうと、地方で高速道路が50年間全然なかったところと、似たようなところがあるというところもある。そちらは50年間今までなくてずっとやってきた。

 ですから、いろんな言い分がいろんなところにあって、どうしたらいいかという非常に難しいところに来ているということで。

○丹保委員 まだ私の頭の中で整理ができないんですが、東京という町を日本が必要としているのは何をするためなのかということを、もう少し明確に理解しないと、これがつぶれちゃったら、多分日本もつぶれると思うんですよ。東京をキープするものは何なんだ。だったら、何をしたらいいんだろう。私が東京と東京でない日本と申し上げたのは、食糧を1%しか自給してないんです。人間も30%ぐらい地方から供給しているんです。そうすると、そういう都市をキープする目的は何なんだ。その目的に対してどれだけの投資が要るのかという議論が要るんだろうと思います。

 それから、供給している地方というのは、昔は東京と大阪に供給していれば、ピラミッド構造で日本は成り立ったと思う。ところが、今はなかなかそうならないとすれば、地方はある種自立しなければならないという状況になりつつありますので、人口60万とか50万、知事は帰ってしまいましたけれども、その県でいいのかどうかという話もあります。もう少し中核都市が力を持ってこないと、一々建設省なり厚生省に意見を聞かないと実際の作業ができないということであれば、中核都市が100 万オーダーの都市にならなきゃならないとすれば、それはどうなんだろうか。道州制という話が出ていますけれども、北海道は550 万、600 万。

○岡村委員長 人口的なものでしょうか。スイスとかオランダとか、あの辺ではトータル300 万で充分一つの国としてやっていますが。

○丹保委員 北海道はスイス、スウェーデン、ノルウェーとほぼ同じサイズ。東京にオーバーシャドーされなかったら同じことができるんです。

○岡村委員長 おっしゃられた100 万都市じゃなきゃいかぬという話は?

○丹保委員 ならぬとは思いません。そういう中核が要るというのは、それぐらいの集積度を持った、例えば、チューリヒ工科大学という集積度を持った大学があり、スイスではあのレベルの大学はあの大学しかありません。

○丹保委員 ローザンヌはもう1つありますけどね。そういうような形を地方がもし持つとしたら、そういう形の集積度を持たせて、自分で判断できるイニシアチブを持たせてやれないのか。そうすれば、日本はバイウェー・オブ・トウキョウじゃなくて、それぞれ自立する足。10ぐらいの足を持って東京とリンクしながら、世界の中でかなり健康に生きていくだろうと私思うんです。その辺、難しいでしょうかね。

○合田委員 今の丹保先生の、なぜ東京という首都に人が集まるのかという非常に大きな問題提起だと思います。私の答えは、やはり中央集権制度が非常に強固であるから。ただ、開発途上国も、これまた物すごく都市集中している。バンコク、マニラ、カイロとか、ニューデリーがそうですね。そういうところは、それこそマス・トランスポートがないまま、バスで揺られて1時間以上も通っている。そういうときにインフラ整備という話じゃなくて、それを超えている話になります。

 ちょっと話は飛びますけれども、後で議事録のときに削除させていただくかもしれません。これからの社会資本整備を考えているときに、本当の意味の社会資本整備と、失業対策事業との仕分けを考えていかないと、どうもやっぱりぐあい悪いですね。伊藤さんなんか一番よくご存じだと思います。

○合田委員 そこをどういう形で学会として発言をしていけるか。もっといえば、中小の、そういう小さいところは雇用対策の受け皿として仕事をしてもらう。そうした方がすっきりする。そういうこともあるんじゃないかという気がします。

○堀井幹事 黒田あゆみさんから、きょうはどうしても出席できないということでしたが、FAXでコメントいただいたものをA42枚でとじたものがお手元にあると思います。

 黒田あゆみさんから寄せられたご意見は3つぐらいあるんですが、既にここで議論になったことが幾つかあります。少子高齢化に伴ってバリアフリーへの都市のリフォームが進

む。あるいは前期高齢者向けの再雇用制度を促進させる。これは既に出た話だと思います。それから、「『焼き畑農業的都市開発』の見直し」ということで、広域連帯を進めて地域間アクセスをよくしよう。これも既に出た話題かと思います。

 今のご議論にちょっと関連することは、一番上に書いてある「『選職社会』の到来」ということで、終身雇用制度がなくなりつつあって、ライフスタイルの変化に合わせて、みずから職業を選び変える「選職社会」になっていく。そうすると、社会人の教育とか、専門学校、生涯学習等の需要が高まるとか、人が移動するようになる。地方において教育環境をよくする必要があるとか、そういうことがここに書かれております。

 確かに、終身雇用制度が崩れていくのは、これはかなり確実に起こることだと思います。東京に人が集まるのが、雇用という側面がかなりの原因になっているとすると、雇用制度がこういうふうにフレキシブルになってくることが、人の集まり方とか、インフラ整備のあり方にどう影響するか、これは大きなポイントじゃないかと思うので、少しご意見をいただければありがたいと思います。

○丹保委員 さっき私がサイクル2つの社会を申し上げたのは、それが頭の中にありました。ですから、1サイクル目と2サイクル目は居住する場所が違うかもしれません。職業も違うかもしれません。ですから、2つオプションを持てば、その人は連帯をする。人と手をつなぐことができる。1本しか手のない人は手をつなげない。理系はどこまでいってもブルーカラーです。自分の専門に毛が生えた、自分が加えたものです。社会科学系の人は、のれんの横棒で、実際は何も知りません。社会をつっているつもりになっています。日本の社会はそうだと思います。ですから、理系と文系が2分化して、一生その分格が変わらないというのは、やっぱり次の時代は困るだろう。ですから、理系の連中は、必要があれば社会科学の勉強もするだろうし、純文学の勉強もするだろう。社会科学の人は、逆はなかなか難しいのかもしれませんが、必要があれば工学の勉強したり、医学の勉強したりすればいいんだろう。そのことによって社会の流動性も、しかるべきところにおさまるのもいろいろ変わってくるだろう。ですから、もう少しやわらかく考えたらどうかなと。

○堀井幹事 私も先生の2サイクルに大賛成で、多分、今の東京、大企業、そういう志向で1サイクル目は志向されると思うんですけれども、2サイクル目は、それとは全く異なったベクトルを目指す方がかなりふえてくるんじゃないかなと思います。

○岡村委員長 40歳定年制ですか。(笑)

○伊藤委員 未来予測ではインターネットあるいは今話に出てきました「選職社会」ということで、人の住む場所も変わるんじゃないかということがいろいろいわれていますが、本当にそうかなという感じがするんです。それは確かに人の行動の様式や知的生産のプロセスは変わるかもしれないけれども、それとは別に、やっぱり都会に住みたい、東京に住みたい、地方の中核都市、札幌でそういう生産活動に参加したいとか、仙台がいいとか、山の中でやるという人も見聞きはしますけれども、都市に住むという魅力からなかなか逃げられないんじゃないか。必ずしも地方に人口が分散する手だてにはならないんじゃないかという感じがします。

 むしろ、ここで先ほど話が出たような、全国を幾つかのブロックに割って、そこに中核的な都市をつくるといったときに、都市に住んでいるということと、都市の周辺の自然のある過疎地でも中山間地でもいいんですけれども、そことの間の物理的なコミュニケーションというか、道路網とか、自分が行き来できる環境をつくる。どの程度につくるかというのは、時間距離で、何時間がいいんだとか、そういうイメージを土木学会としてはつくって、山側に住む人、あるいは都市側に住む人のお互いの物理的な行き来というものをイメージすべきじゃないか。コミュニケーションに、情報のインターネット、もう1つ自分が行き来できる可能性の両方があるんじゃないか。

○堀井幹事 例えば、東北が1つブロックになって、仙台がそこの中心となるとしたときに、今あるインフラがそれに果たして適しているかどうか。あるいはどういうインフラをすると、どういう中核都市として魅力を持つか、そういう議論を土木学会の中で少ししてもいいんじゃないかという気がしますが。

○岡村委員長 今省庁の改編が進行していて、例えば四国を例にとりますと、建設省はもともと四国に建設局がありますが、運輸省については、第3港湾建設局から100 人ほど来られると聞いていますが、そうしますと、四国に、官僚機構としてはかなり整った形の、社会基盤整備としては主なものが1つのシステムとしてそろってしまうという現象が起こります。もしそこに権限を今よりずっと大きくしていきますと、そこと、四国の、例えば県との関係が抜本的に変わらないといけない時代になってくるような気がします。

 それは先ほど橋本さんがいわれた介護の場合と同じで、それを通じて日本の方向がなし崩し的にそちらに進んでいくように仕掛けられているのか、結果としてそうなのかわかりませんが、その方向に動いているような印象を受けました。問題はそこに権限を中央省庁からどれだけ移すかということで大きく変わりますが。

もう1つ、公共事業の中に、景気を刺激したり、あるいは失業対策の側面がありますが、そちらの費用は今後、医療、介護、福祉の方に人も金も回るという仕掛けが既に起こり始めているような印象を受けます。そういったことも頭に置いて、土木学会としては今後どういう方向に社会基盤整備をしていく、あるいは土木学会でどういう研究、どういう委員会でどういうディスカッションをしていくということをこの委員会で提言できれば、いいと思います。

○丹保委員 今岡村先生がいわれたことは北海道では30年前に起こったんですね。北海道開発局をつくって、浄浮農水全部集めてしまったんですね。今大建設(国土)省に入ってしまうわけです。そうしますと、国から入ってきたお金を、直轄の仕事で開発局が全部現場で動かす。北海道にはまた一方、農政みんなあるわけです。そこが二重構造になっていまして、国から来る方は、国会は経ますけれども、議会を経ません。したがいまして、国の方はかなり思い切ったことをやります。ところが、道は道議会があってなかなかできない。道議会はなかなか了解しないし、二重構造になってかなり厳しかったと思います。

 ですから、これは将来ある種の整理をしてすみ分けをしないと、官僚機構というよりは、いろんな意味での重複が桎梏になるかもしれませんね。いいケースがそこにありますので、道州制をやったときの、直轄事業と地方議会を経ての仕事とをどういうふうに切り分けるかということがあるかなと思います。

○岡村委員長 そろそろ時間ですが。

○堀井幹事 お手元に「21世紀の社会基盤整備のあり方に関するシンポジウム」という厚手のカラーでプリントしたものが後ろにあるかと思います。そちらをちょっとごらんいただきたいと思います。

 委員会自身は本日が最後ということで、これから土木学会の中で議論しながらシンポジウムを迎えることになると思います。日にちは4月の18日、場所は日本都市センター会館という非常に新しくていいところでございます。

 ここで、1つは「21世紀の社会基盤整備のあり方に関するパネルディスカッション」ということで、いろいろいただいたご意見を踏まえて、土木学会としてこういうことをやっていくべきであるとか、そういうような提言をここで出したいと考えております。

 あわせて、フロアが違いますが、同じ会場でバーチャルリアリティーによる情報発信ということをやります。テーマは「失われた地方都市の個性を求めて」ということで、地域コミュニィーがこれから大切になるという話が出ております。それに中核となる都市が存在しなければならないということもかなり確かだと思います。そのときに精神的なバックボーン、アイデンティティーになるものをいかにつくっていくのかが大切なことだと考えているわけで、それをバーチャルリアリティーを使って考えてみようということであります。

 会場では、2つの場所で、1つには、まず地方都市の抱える問題点と、現在いろいろ行われている地方都市活性化の試みを映像を用いて紹介させていただく。そのすぐ隣ではバーチャルリアリティを使って、昔の町並みを体験してもらおうというものであります。

 本日ここに準備したのは、制作している仮想空間の途中段階であります。4月までに質を上げるものですが、大体どんなものであるかということが理解していただけると思います。戦後復興に沸く昭和30年代の炭鉱の町宇部を題材に選びまして、そのころの町並みを歩いていただく、あるいはその上を飛んでいただくということで、内容を今からちょっとごらんいただきます。安原さん、ちょっとご説明をお願いします。

   (パワーポイント)

○安原 社会システムの安原と申します。

 昭和30年代の宇部市を、その当時に撮られました写真とか資料をもとにしまして、こういった形で町を再現してみました。今回は、CG化したものをビデオにしたものをお持ちしました。例えば、この建物は宇部興産の本社のビルですが、実際に建物の中に入っていただけるような映像になる予定でございます。

 当時の資料が非常に少なく、ほとんど白黒の情報しかないものですから、今暫定的に色をつけております。4月までにできる限り資料を集めて、なるべく正確なものをつくりたいと思っております。

 現在、建物としては3つほど入っているんですけれども、さらに学校であるとか、一般の建物、市役所、郵便局等がこれに追加されます。さらにできるだけ人のにぎわい、そういったものを表現できるようにデータをこれから構築していきたいと思っております。

○堀井幹事 実際には眼鏡をかけていただいて、10人から20人ぐらいの人に一緒に入っていただいて、説明を受けながら、コントローラーをコントロールすると、自分の行きたいところに行ける、そういうものでございます。遊び半分でやらせていただきましたが、ぜひ体験していただきたいと思います。どうもありがとうございました。

○窪田委員 別に意見じゃなくて、これを見ていて、すごく道が広く見えるんですね。実際の道路寸法で入っているんですか。

○安原 メインになります道路は、宇部市に聞いたんですけれども、50メートル道路が当時つくられました。それを再現しています。それと、周りの道につきましても、その当時つくられた図面をもとにしてつくっておりますので、寸法に間違いはございません。

○窪田委員 もう1点は、最近、昭和30年代のファッションとか、町並みとか、いろいろな風俗に対する関心が高まっているんですけれども、私写真をやっていて、きのう手に入れた本に、『東京・消えた街角』という写真集が出たんです。先月出たんですけれども、昭和30年代から40年代の東京の町はこうだったというのが非常によくわかる写真なんです。あの時代は非常に電柱が多い時代なんです。なぜ多いかというと、木造電柱がコンクリート製に変わる時代なので、電柱の間隔が短いんです。今は高い電柱で長く飛ばしますから、逆に長さ当たりの本数が少ない時代なので、これを見ていると、30年代という感じが全然しないんですね。データ量が多いですから、ご無理かもしませんが。

○堀井幹事 きょうに間に合うようにということで、急づくりでつくった部分があります。ただ、1月に宇部に行きまして、そのときは立体視をしていただいて、宇部の実際に建物を覚えておられる方々に見ていただいて、今いったようなご意見をいただいて、それで4月に何とかもうちょっといいものにしたい、こういうことです。

○三木委員 どうして宇部を選んだんですか。

○堀井幹事 なぜ宇部かということなんですが、特に宇部を選ぶ必要はなかったんですけれども、1つは、今中心市街地の空洞化ということで困っておられるところがたくさんあって、宇部はそれが非常に急激に起こって、深刻に悩んでいるということで、そういう本をあけると、その代表例として書かれているところだ、そういうことでございます。

○三木委員 私は宇部の近くにいましたから。全くいい印象を持ってないんで、ちょっとそういうことをイメージされたら困るかなと。要は当時の産業都市ですね。確かににぎやかなことはにぎやかです。

○岡村委員長 今は環境がすごくよくなっていますね。

○堀井幹事 そういう意味では、宇部の方々は、私もよく知りませんけれども、どちらかというと、昔の宇部から決別する方向を今目指しておられるような気がするんです。必ずしも、本当に悪いものばっかりだったかといって、写真集を見てみると、すごくいいんです。

○三木委員 工業都市。近代化の代表としての宇部というのは、当時小学校で習った。ところが、現実的には物すごく汚い公害の町なんです。その辺は紹介の仕方は工夫された方がいいかもしれない。

○岡村委員長 紙が流れてますし、セメントだと、町じゅう真っ白ですし、そういう時代だったですね。

○堀井幹事 ただ、よくしたいという意味では、非常に熱心に市長さんも努力しておられるところであるというのは事実です。

○窪田委員 1点。多分映像化されていると思いますが、宇部は戦後に整備したときに、川沿いに緑地をきちんととった珍しい都市なんです。戦後の都市では少ないです。見どころはどこがいいかというのはちょっと……。

○岡村委員長 このお2人の委員にいろいろインプットしていただいて、リアリティーのいいものにして下さい。

 きょうは熱心にご意見をいただきありがとうございました。それも幹事の方がやや挑戦的な材料を出したので、このようにご意見をいただけたと思います。私自身がまだ全く前が見えていない状態で、これからどういうふうにこれをまとめていくかということについては、時間をかけて議論していかなきゃいけないと思います。きょういただいたご意見を肝に銘じて、幹事会でご期待に沿える形のものをぜひまとめたいと思っております。それにつきましても、もう一度ご意見をいただいて、もう一回直すという作業をぜひしたいと思います。本当はもう一回委員会を開いた方がいいのですが、お忙しい方に一堂に集まっていただくというのは難しいものですから、集まらないで、どれだけのものができるかということを試してみたいと思います。集まって意見をいうことがいかに大事かということがわかるようではまずいと思いますので、ぜひよろしくお願いしたいと思います。

 2回の委員会にすぎないのですが、まじめに対応していただきまして、本当にありがとうございました。心からお礼を申し上げます。今後ともよろしくということもあわせてお願いしたいと思います。何分よろしくお願い申し上げます。

 それでは、この委員会の集まる会としてはきょうで終わりにさせていただいて、委員会はまだ続くということで、シンポジウムをよろしくお願いします。どうもありがとうございました。

               午後5時6分 閉会