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選奨土木遺産

「近代土木遺産」の中の目次

  1. 選奨土木遺産とは
  2. 東北地方の選奨土木遺産
  3. 選奨土木遺産 価値判断のポイントと選考委員会
  4. 野蒜築港に関する取り組み
  5. ETC割引を活用した東北地方の選奨土木遺産巡り(別ウィンドウ)
  6. 直江兼続のまちづくり(治水編・利水編)

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野蒜築港に関する取り組み

野蒜築港の概要

  1. 野蒜築港は明治時代に政府直轄で実施した我が国最初の洋式港湾事業で、単なる港湾事業にとどまらず、港を中心とした東北交通網構想の実現を目指す計画であった。宮城県の中央を流れる鳴瀬川河口に位置する。
  2. 事業は明治11年から始まり、明治15年に盛大な開港式が行われるが、2年後の9月台風により河口突堤が被災して頓挫し、翌18年、明治政府は野蒜築港事業を断念する
  3. 野蒜築港建設では、「企業公債」を活用しており、工事や費用変更の報告を詳細に行っており、公共事業の説明責任の立場からも注目される。
写真1:野蒜築港跡と市街地計画図
写真2:東突堤
写真3:レンガ橋台

野蒜築港市街地跡における「悪水吐暗渠」の発見と意義

  1. 平成16年3月に『悪水吐暗渠』を発見。横浜、神戸、長崎の外国人居留地以外で、日本人のための近代下水道施設としては極めて初期のものであり、近代下水道史を書き換える程の意義がある。当時の近代下水道施設としては極めて初期のもの。
  2. 枝線には近代資材である土管が使用され、土管の接続部やレンガ橋台にセメントを使用していた。
  3. 今回の発掘調査の特色は、学芸員だけでなく、土木学会や関連業界の土木技術者らが、近代土木遺産の発掘調査に直接関与し、セメント硬化物の分析、土木材料としての土層分析、施工技術などの解析等を行ったことである。
写真4:悪水吐暗渠
写真5:暗渠に取付けられた近代土管

「野蒜築港120年委員会」の活動等

「野蒜築港120年委員会」の活動では、フォーラム開催などによる地元住民との意見交換や聞き取り調査、「企業公債」に関する新しい文献の発見とその中にみる設計・工事費変更など土木事業の説明責任のあり方、河口港突堤の崩壊シミュレーションなど近代土木技術の検証などが行われてきた。

さらに、レンガ技師「植木留吉」のオリジナル劇などを行った宮城県鳴瀬町立浜市小学校による学習成果発表の場の提供、宮城県石巻工業高等学校での「出張講義」、野蒜築港ファンクラブの設立など、総合的な学習・生涯学習への取り組みに側面からのサポートを行ってきている。

また、「明治三大築港」である三国港(福井県三国町)、三角港(熊本県三角町)、野蒜港(宮城県鳴瀬町)との連携では、多元テレビ電話中継による各地域の小学校の総合学習成果発表および非営利団体の意見交換などを行ってきた。

写真6:地元小学生による悪水吐暗渠の見学会

野蒜築港に対する社団法人土木学会東北支部の取り組み

  1. 社団法人土木学会東北支部では、平成10年より「土木の日」のPRの一環として「野蒜築港120年委員会」を設立し、野蒜築港事業の歴史と意義を解き明かし、この貴重な近代土木遺産を後世に伝えるさまざまな活動を行ってきた。
  2. 土木学会は平成12年に野蒜築港関連事業を選奨土木遺産として選考した。

(※選奨土木遺産:土木遺産の顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存や活用を図ることを目的として、土木学会が創設した制度)

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