関東の土木遺産 関東の土木遺産
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神奈川県
そやすいどう
曽屋水道
R2年度認定(2020)
1.名 称:
そやすいどう
曽屋水道
2.完成年:
明治23年
3.形式等:
水道施設
配水池(大正14 年)、配水地(昭和 35 年)、ポンプ室(大正 14 年)、ロ号水源開口部(明治 21 年)、ハ号水源開口部(大正 3 年)
4.推薦理由:
明治38年(1905)内務省衛生局発行の調書に明治23年(1890)3月竣工と記述のある曽屋水道は、給水人口4,010人(802戸)と小規模ながら、県下では横浜(明治20年(1887)10月給水開始)に次ぐ、全国的にも極めて早い時期に建設された水道施設です。
江戸時代の曽屋村では、現在の曽屋神社周辺から湧出した地下水を利用した用水路整備を行い飲み水等にしていましたが、19世紀中頃に村の人口増による水不足から曽屋村に住む佐藤安五郎が後の曽屋水道イ号水源となる横井戸を掘り、湧水を増水させました。しかし、明治12年(1879)に全国的に流行したコレラにより、曽屋村においても25名が死亡しました。そのため、コレラの被害を教訓とした「予防」に重点を置く近代的衛生意識と上水道の整備が地域の発展に不可欠であるという住民の認識が曽屋水道創設につながります。
横浜、函館等といった国策に基づき竣工された施設ではなく、神奈川県に技術者の派遣を頼んだ他は、水道の必要性の認識、計画の策定、施工、資金調達等、住民の力によって完成した施設であり、自治的精神の結晶と言える敷設事業でした。これに加えて、竣工の直前に公布された水道条例に定める消火栓設置の義務についても、本水道では同条例公布前の設計段階から設置を計画していたことなど防災意識への配慮もあったことがうかがえ、水道条例に合致する最初の簡易水道といえます。また、先進の水道が使用した鉄管ではなく常滑製の陶管を水道管に採用するなど、資材費を抑える工夫もあったため、内務省の調書において、その名が紹介され、全国から視察等の申入れが相次ぎました。
施設はその後、関東大震災により陶管が破損したため、大正14年(1925)水道管は鉄管に変更、創設当初の濾過池は撤去、沈殿池は予備配水池に改造、貯水池の場所には配水池を設置し、明治期の浄水工場付近の施設名称は「配水池」と変更されました。昭和37年(1962)の拡張改良工事を経て、昭和58年(1983)まで、市域に飲料水を供給しつづけ平成22年(1990)に曽屋公園として整備され、現在は「曽屋水道記念公園」として一般に開放しています。
曽屋公園内には、大正期の「配水池」「ポンプ室」、昭和期「配水池」が切り合う形で現存し、試掘調査において明治期の沈殿池の一部が検出された曽屋水道記念公園と、付近の「ロ号源泉」や「ハ号源泉」といった横井戸の開口部がそのままの位置に遺っているこれらの遺構は、近代水道の草創期まで時代を追って遡ることができる貴重な文化財です。
平成29年10月に曽屋水道は「全国でも極めて早い時代に建設された水道施設」として、国の記念物の中でも遺跡関係の文化財として貴重な価値が認められ、国の「登録記念物(遺跡関係)」に登録されました。
また、本年3月、曽屋水道が竣工・給水を開始して130周年を迎えました。
5.所在地:
神奈川県秦野市水神町1587番1ほか
6.管理者:
秦野市上下水道局
7.管理者連絡先:
〒257-0005
神奈川県秦野市上大槻190番地
秦野市上下水道局経営総務課総務担当
電話番号:0463-81-4113
8.選定された場合に実施を予定しているアピール方法:
・市広報誌及び市ホームページによるPR
・市長記者会見でのPR
・地域住民によるボランティア団体「曽屋水道公園会」への銘板のお披露目式
9.選奨土木遺産公募に関する連絡ご担当者:
〒257-0005
神奈川県秦野市上大槻190番地
秦野市上下水道局経営総務課総務担当
ご担当者名:井上直樹
電話番号:0463-81-4113
FAX番号:0463-82-6552
Eメール:

曽屋水道記念公園(旧曽屋配水場)

配水池(大正期)

ポンプ室(大正期)

排水池(昭和期)

ポンプ等

ロ号水源開口部(明治期)

ハ号水源開口部(大正期)
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