【速報】有珠山噴火土木学会緊急調査団報告−住民避難と災害情報−

 

                  群馬大学工学部 片田敏孝

 

 

■調査概要

 有珠山が噴火した翌日4月1日の朝、千歳空港に降り立った我々土木学会有珠山噴火緊急調査団4名は、空港でレンタカーを借り、まず、室蘭市にある北海道開発庁室蘭開発建設部へと向かった。室蘭開発建設部では、噴火の状況や現地対応の状況を聞くとともに、地図などの資料を入手し、その後、政府の現地対策本部が置かれる伊達市役所へと向かった。

 噴火翌日の伊達市役所は、対応に走り回る各機関の職員と報道陣でごった返していたが、火山活動の状況や住民の避難対応に関する情報は、報道陣に対する記者会見や印刷物の配布・掲示により、迅速に公開されており、我々調査団一行も住民避難に関わる基礎資料の収集ならびに火山活動と地元の状況に関する情報を効率的に収集することができた。その後、伊達警察署へ行き、規制区域への立ち入り許可書をもらうなど、翌日の現地調査に備えた。

 4月2日は早朝より現地に入った。火山の噴煙を常に監視しながら、緊張した中での調査となったが、伊達市、壮瞥町、洞爺村では道路に入った亀裂や崖崩れの現場に立ち寄り被災状況を調査するとともに、洞爺湖畔では火山噴出物の収集などを行った。また、壮瞥町では避難所に立ち寄り、避難生活の状況を把握する一方、住民や担当職員にヒヤリング調査を行った。また、片田は、壮瞥町役場に設置された壮瞥町災害対策本部を訪れ、住民避難の経過や住民対応の経過や問題点などについて役場職員から話を聞いた。

 以下、現地調査の結果に基づき、気付いた点などを速報する。

 

■災害情報:住民避難に活かされた的確な予知

 この度の有珠山噴火において、まず特筆すべきことは、噴火活動の予知が極めて的確に行われ、それが噴火前の住民避難に適切に活かされたことであろう。我が国の火山防災史上におけるこのような画期的な出来事は、以下のようなことを背景としている。

@北海道大学有珠山観測所が、いわば有珠山の主治医として長年にわたり観測・研究を続けていたため、有珠山の火山活動の特徴が事前に把握されていたこと。

A噴火予知のための観測・監視機器が高精度化したこと、そしてそれらの機器を用いて有珠山の観測・監視を行えたことが、予兆現象やその後の展開を把握するのに役立ったこと。

B火山性地震の群発が数日後に噴火に繋がりやすい有珠山の特徴と、そして、そのような群発地震が捉えられたことを踏まえて、気象庁が噴火前に緊急火山情報を発表したこと。

  緊急火山情報は、雲仙普賢岳噴火を契機に新設された災害情報であり、人命への危険を警告する切迫した状況下で発表される。

C火山の専門家が、「噴火は一両日中」と具体的な噴火時期に及んで発言を行ったこと。これは長年にわたる観測、研究の蓄積に裏打ちされたものとして、大きな説得力を持った。

D住民、行政、専門家が一体となって有珠山の火山防災に取り組んでいたこと。特に23年前の噴火を教訓に1995年に作成されていたハザードマップが、三者の防災意識の共有に果たした役割は大きい。

Eハザードマップに想定された噴火活動をもとに、行政は避難計画を綿密に作成するとともに、避難訓練を繰り返すなど、住民の防災意識の高揚に努めていた。また、この過程で住民と行政の間の信頼関係が強固に築かれていた。

 

  気象庁の緊急火山情報に基づいて、噴火前に住民避難がほぼ完璧に完了したことは、我が国の火山防災のなかでも初めてのことであり画期的な出来事といえる。これを可能にしたのは、行政、住民、研究者の防災意識の共有とその背後にある相互の信頼関係である。有珠山の火山活動は今後どのような展開を見せるか予断を許さない状況にあるが、これまでに取られた対応の経過には学ぶべき点も多く、今後の防災行政にも活かされることとなろう。

 

■住民避難:きめ細かな住民対応−活かされた過去の経験−

 17,000人に及ぶ住民の避難は、一部に避難拒否もあったが、総じて円滑に行われた。避難先については、事前の防災計画に従っているものの、一部の避難所では火山活動の進展により、避難所が危険地域となったため移動を余儀なくされた。また、避難所が学校の場合は、新学期の始業式や入学式の都合で移動するケースも見られた。

 現地の対策本部や避難所を訪れて感じたことは、きめ細かな住民対応が行われていることである。避難者にとっては、この先への不安を募らせるなか、不自由な避難所生活であることに変わりはないが、阪神淡路大震災や雲仙普賢岳噴火災害の教訓は、随所に活かされていると感じた。

 避難所においては、畳の搬入や入浴の対応、医療チームによる健康診断や歯科治療サービス、メンタルケアの専門家の派遣、警察による心配事相談所の設置、自宅の状況を空撮したビデオの上映、パソコンを設置しインターネットによる情報提供、買い物バスの運行など、住民の避難所におけるニーズに対して、行政は細心の配慮を行っていると感じた。また、残されたペットの救出やその一時預かり、有珠山の火山活動を監視しながらの一時帰宅の実施など、避難者の心情に応えるべく柔軟な対応が行われている。

 

■避難住民のこれから

 火山災害の避難生活は一般に長期化する。また、被害規模が大きく生活の再建や地域の復興には大きな困難が伴う。避難住民の多くは、避難生活が長期化することは覚悟している一方で、噴火が収まった後の生活の再建には大きな不安を感じている。一時帰宅したい理由も、「せめて貴重品を持ちに戻りたい」、「家畜を安全な場所に移したい」と言った、噴火終息後の生活再建に関わる理由が多く聞かれた。

 火山に限らず災害列島日本に暮らす我々は、時に自然災害の脅威にさらされる。そして、災害に対する対応も、被災を最小限に食い止める努力が図られている。しかし、被災した後の被災者の救援や生活再建については、十分な議論もされておらず、公的対応にも統一された基準が存在していない。命は助かってもその後に突き付けられる被災者の現実は、時に被災すること以上に厳しい状況を被災者にもたらすことになる。被災後の生活再建までを含めて「助ける」ことが、被災者援助ではないだろうか。