土木学会誌
最終回
「感謝の気持ちを胸に」

水谷香織

学生のページでは,2002年7月号より,8回にわたる専門家の方々への取材を通じ,「土木事業に必要なコミュニケーション」を探ってきました。各回記事は,著者2名が作成後,前回までのモニターの声を考慮しながら学生編集委員のみんなで添削しあい,取材対象者の方に修正意見(時には原稿が真っ赤になるほどの朱入れ!)をいただき作成しました。この長い協働のプロセスを経ることで,大変多くのことを学んだように思います。
最終回は,皆様への感謝の気持ちを胸に,企画者としてこれまでを振り返りながら,今思うところを整理します。


素朴な「なぜ?」

高校生の頃,ぼんやり見ていたテレビのニュース番組で長 良川河口堰建設の是非を巡る問題が取り上げられていた。河 口堰の必要性をしどろもどろに説明するお役所の方からは, 人が心底必要性を語るときに発するはずのピュアな一生懸命 さが伝わってこない。何も知らない私でさえ,背後に渦巻く 公にはできないことの存在を感じ,「お仕事って大変だなぁ。」 と思った。
ごくごく日常の,個人の人間関係を振り返ってみれば,み んなに関係することを決定する前には,関係する人の意見や 意向を知ろうとする。決定に際し,その意見や意向を反映で きなければ,少なくとも決定前に「○○だから,ごめんね。」 と一言いいたい気持ちになる。
「なぜ,建設が決定してからあんなに大きな反対がでる の? 私の方がよっぽど上手な方法を知っているわよ。」 今から考えると笑ってしまうくらい大それたことではあるが, 当時高校生のとても素朴な疑問と確信だった。
もうかれこれ10年が経ち,物事はそれほど簡単ではない ことがわかった。しかし,行政,企業,大学,NPOなどの 組織にいる人個人をみたら,みんな一生懸命働いていて,そ うそう「悪い人」には出会わない。誰か特定の悪人や敵がい るわけでもない。では,なぜあのようなことが起こるのか。 どうしても当時の気持ちを忘れられずにいる。

コミュニケーションの専門家への期待

学部生の頃,講義でパブリック・インボルブメント(PI) に出会った。住民の意向を聞きながら公共事業を進めるその 考え方は,とても魅力的だった。しかし,詳しいことを先生 に尋ねにいくと,「残念ながら,確立した専門職は日本にな い。」ということだった。
「仕事が無いのなら,まずは専門知識を得よう!」と進学 した大学院生の頃,交通計画者,土木計画者として,何年先 を考えて計画するべきかということを考えた。交通需要の予 測,大規模構造物の寿命,7世代先の子孫への影響,そうい えば大好きな宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』は現代の環 境破壊が進んだ1000年後の話…。
結局,答えはわからなかった。もしかしたら,今人々の幸 せを願った安全や福祉,医療の政策でさえ,遠い将来人口増 加で苦しむ結果を招くかもしれない。そう考えたら,その 時々に発生する問題は,その時々の人々が解決していくしか ないのかな…。自分一人でできることのちっぽけさを感じた とき,他の人々と協力することの大切さにたどり着いた。
本シリーズを終える今,海外でも国内でも実践の中からコ ミュニケーションの理論,技術が体系的に整理がされてきて いることがわかった。また,日本の文化や風土の中で経験を 積まれているコミュニケーションの専門家が活躍されている こともわかった。このような方々と協力することで,個人や 組織が各々の力をもっと自然に発揮できるようになったらい いなと思う。解決できる問題があるかもしれないし,新しいも のが生まれるかもしれない。そんな可能性を感じてやまない。

土木とコミュニケーションのこれから

実際には,土木事業に関連する現場で培われてきた日本的 なコミュニケーションの知恵や技術は多々あるようだ。そう いった宝物を大切にしつつ,海外の情報も参考にしつつ,コ ミュニケーションの仕組みづくりや技術者の養成がはじまっ ている。また,職業,専門分野,地域や国を超えたPIや社会的 合意形成に関する専門家や学生の交流もはじまっている(例 えば,NPO法人 PI-Forum. URL:http://www.pi-forum.jp/)。
このような社会の動きから,コミュニケーションの仕組み や技術をうまく利用できなかったり,自分に都合よく利用し たりするためにいわれる「アリバイ工作」や「勝つPI」など は駆逐されていくように思う(願う!)。ただ,やはり迷惑 施設の立地・建設にあたってのNIMBY(Not In My Back-Yard)問題や,結局は教養があり所得も高い人々の政治力や発言力が大きくなるという問題は難しいと聞く。
弱い人の立場で物事を考えられる豊かな想像力と,社会的 な公正さを気持ち良く感じる感性をもつ,そんな魅力的な人 間になりたいと思う。

元気良くいきましょう!

「土木工学」は英語で「Civil Engineering」というのか。 「みんなのための工学」なんだ,すごい!!高校生の頃に感じた 土木の魅力は今も変わっていない。「土木工学」が「みんな のための工学」ならば,新たな可能性への挑戦はいつも必要 なはず。「理想と現実は違う」なんて諦めず,高い理想を掲 げ,少しでもその理想に近づこうと元気よくチャレンジして いきたい。
第8回に登場していただいた世古さんに,評価とは,点数 付けでもランク付けでもなく,良いところを伸ばし,問題点 を次への課題に変えるためのもの,だから,「評価で元気に なる!」と教えていただいた。
最近なんだか元気のない土木界,目の前の忙しさに翻弄さ れず,形式にとらわれず,一度どんと腰を落ちつけて,第三 者よりも厳しい自らの基準で自己評価し,自己と他者との認 識の違いを見つめる必要性を感じている。組織や社会の中で 弱い立場にある人や素の状態を熟知し自分のことを大切に思 ってくれている身内から,いかに耳の痛い言葉を引き出せる か,いかにその言葉を真摯に受け止め改善できるか,そんな ごくごく当然のコミュニケーションを少しだけ意識しながら …。
互いに補完しあい,各々の知識,経験,知恵,技術などを 自然に活かすことで,土木界も,もっともっと元気になって 欲しいなぁと心底思う。

ごあいさつ

4月より,実践に重きをおきながら,公共事業におけるコ ミュニケーションの在り方探しに没頭する予定です。
取材に快くご協力くださった皆様,いつもアドバイスをく ださった学会誌編集委員会,学会誌モニターの皆様,学生編 集委員の良き相談役の編集委員の嶋田様,ともに刺激し協力 し合い自発的に一つの作品を創ることの素晴らしさを分かち 合った学生編集委員のみんな,暖かく励まし応援してくださ った中村雅昭課長をはじめとする土木学会編集課の皆様,土 木学会を支える会員の皆様,そして,このような活動を暖か く見守ってくださった指導教官の岐阜大学工学部秋山孝正教 授と研究室の皆様に,心から感謝いたします。

土木とコミュニケーション心得集
■第1回 まずは,聞いてみよう!
「公共事業に必要なコミュニケーションとは」
(財)世田谷区都市整備公社まちづくりセンター 浅海義治さん
その一 相手の意見をよく聞き,言葉の裏にある本当の気持ちを汲み取 る。特に,自分の望みをうまく言葉に表現できない人には,一緒に見つ ける気持ちで接する。
その二 どの人も話し合いや意思決定のプロセスからはずされないような 気配りをする。
■第2回 教わってみよう!
「合意形成の理論とテクニック」
マサチューセッツ工科大学都市計画学科 Ph.D.課程
(元(株)三菱総合研究所研究員) 松浦正浩さん
仕事一般において,表現している「立場」とその背景となる「(心の中で 思っている/感じている)利害」を分けて考え,「利害」の部分に着目で す。交渉学は生き様ですね。
■第3回 体験してみよう!
「ファシリテーターって何者?」
(株)計画技術研究所 ファシリテーター竹迫和代さん
「待つ」
対話をしながら,その人の意見や,思っていることが出てくるように手助 けをしようとは思いますが,基本的に自然と出てくるのを待ちます。
■第4回 現場の声に触れる
「土木とコミュニケーションの実情」
地域政策プランナー,日本工営(株)非常勤 福田志乃さん
「一番大切なものは理解し合う心。熱意と誠意!」
両手を挙げて話しかける。いろいろな立場の人の意見を聞く。そして自分の想いを正直に伝える。
もちろん,「プロ意識」と「プロの技術」は必須ですよ。
■第5回 調べてみよう!
「Win-win への道 〜イヌワシをめぐる奮闘記〜」
電源開発(財)取締役 堀正幸さん
「Simple is the best.」
一エンジニアとして,胸の内にはきわめて高い専門性を。そして,一般の人々に説明する際には,きわめてシンプルに,わかりやすく。
■第6回 今後を見据える
「パブリックインボルブメントの広がりと技術者育て」
(財)計量計画研究所 矢嶋宏光さん
パブリックインボルブメント技術者の心得として,
「フェアネス(公正,公平)」
例えばサッカーの審判は,どちらのチームが点を入れるかではなく,公正 なプレーで点が入ったかを問題にしますよね。PIでもフェアであることが 大切だと思います。
■第7回 身近なところからはじめよう!
「コミュニケーションの発想・仕組みづくり」
(株)博報堂 梅本嗣さん
「人と人とが心底わかり合えるなんて幻想」
だからこそ,理解できることを見つけたり,「そうですね」と共感できる ものを探したりする努力が必要。そのチャンスや場を創っていくことが大 切です。
■第8回 真剣勝負!
「真の協働型社会を拓くために」
特定非営利活動法人NPO研修・情報センター世古一穂さん
「心得」としてではありませんが,「つぶやきを形に,思いを仕組みに」, 「自立」と「自律」など,胸にぐっとくる言葉をいただきました。


←戻る