土木学会誌
第7回 身近なところからはじめよう!
『コミュニケーションの発想・仕組みづくり』

鈴木崇之 水谷香織

梅本 嗣さんのご経歴 photo
1960年11月生まれ
1984年 3月青山学院大学経営学部 卒業
1984年 4月(株)博報堂入社 現在に至る
一貫してマーケティング戦略プラニング等を担当。
98年よりソーシャルマーケティングを展開。


コミュニケーションとの出会い

●コミュニケーションという仕事をされるに至った経緯についてお聞かせください。
大学在学中に,インターカレッジのAIESEC=国際経済商学学生協会(現在は国際NGO。日本委員会もNPO化)に所属し, 3年生のときに,日本委員会として史上最大予算規模(3,000万円)の国際シンポジウム(4日間)をマネジメントすることになったんです。 「摩擦と強調」というテーマで,国内外の有識者20人ぐらいを5つのセッションに組み,学生が基調報告と提言を行うというもので,相当鍛えられました。

●3年生のときに,そんなに大きなシンポジウムをマネジメントされたなんて驚きです。
議論の中身づくりも大変でしたが,マーケティング,予算集め,場所確保,行政との交渉,対外的な広報戦略, コミュニケーションなど,学生の視点からプロデュースし,マネジメントし,社会提言していくということを体験しました。 同時に“Show must go on”を痛感し,学生の甘えとか言い訳と訣別できちゃいました。(笑)
そのあたりが自分の原体験になっているんですよ。

●就職のときはどのような選択をされたのですか。
マーケティングエンジニアリングという呪文に乗せられ博報堂に就職。以後10年強,広告企画立案をはじめ, 企業マーケティングやコミュニケーション戦略立案,事業コンサルティングをやってきました。
97年末から,行政や市民という領域を対象とした「ソーシャルマーケティング&コミュニケーション」の仕事を するようになりました。現在は,中央省庁や自治体の政策課題解決,企業・行政・NPO連携の可能性,大学・教育産業の コンサルティングなどを行っています。

●ソーシャルマーケティングとは何ですか。
通常のマーケティングは,主に企業の「利益」に着目するわけですが,ソーシャルマーケティングでは 「公益」に着目していくことになります。
土木事業ですと,例えば,大規模道路,ダム建設の合意形成などで,問題のとらえ方,問題の打開方法などを 考えながら住民とのコミュニケーションプログラムを作成したりしています。 結局は,市民との信頼関係をどう創り出すかという信頼創造がゴールだと言えますね。

「話し合えばベストな解が得られる」という幻想

●コミュニケーションのプロフェッショナルとして,土木事業に関する住民参加についてはどうお考えですか。
よく「みんなで話し合えば,必要と不必要はおのずとわかって正解が出てくる。」という意見もありますよね。 本当にみんなで話し合えばベストな解がでるのか,実は,そんなことはないと思っています。
両者が満足のいく「Win-Winの関係」を目指すといっても,現実には,そのWin-Winの範囲がどこまでなのか 考えないと,どこかに満足のいかないLoserがでてくるものです。
人が集まれば,対立があって当たり前ですよね。話し合いをすることで,何らかの妥協の産物が生まれてくる, 視点を交換し解決策を見つけることが重要だと思います。

●なるほど,ものすごく現実的なご意見ですね。
物事を決定させていくうえで,個人が持っているニーズは異なっているため,「不満」は減らせてもなくなることはないのです。 しかし,物事の進め方,意思決定のプロセスをきちんとすれば「不平」をなくすことはできます。 ですから,「不平をなくし,不満を減らす」ということを考えています 。必ずしも経済的にベストな「最適解」が良いということではなく,多くの人が納得する「納得解」をベースに考え, この「納得解」のレベルを上げ合理的で質の良いものにするために,知恵を集める住民参加が必要だと思っています。

コミュニケーション能力を磨く

●知恵を集めるための住民参加を行うために,土木を学ぶ学生は,どうすればよいと思われますか。
日本の社会は「個」の時代,個がしっかりと能力を発揮する時代だといわれますが,そのためには, 「コミュニケーション能力」,「課題解決能力」,「自己表現能力」が重要になると思っています。特に,課題解決を担う人が 必要とされていますが,それにはやはり,人と人とのコミュニケーションが大きく関係してきます。

●コミュニケーション能力を身に付ける良い方法はありますか。
身近なテーマや人と人とのコミュニケーションで,どうやったらもっと合理的になるか,便利になるか, みんなの不満や不快が減らせるか,というのを常に意識することだと思います。「それって,たいしたことないよね」と 思うかもしれませんが,その「たいしたことない」ことから学ぶということが実はとても重要なんです。

●何か気をつけることはありますか。
批判をおそれない,でも人格は尊重し,常に相手に敬意を払うということがありますね。 口で言うのは簡単ですが,本当に敬意を払うということを行動で示さなければいけないと思っています。 特に上に立つ人ほどそうだと思います。

レッスン1 日常会話でのトレーニング

●身近なところでできるコミュニケーションのトレーニング方法を教えてください。
基本は,日々の対話だと思います。できる限り多くの情報を得て,状況を俯瞰し, 互いに分かり合えるものを見つけ,コミュニケーションしやすい状況を作るということをやってみてはどうでしょうか。
これらからはIQ(Intelligence Quotient)の時代からEQ(Emotional Intelligence Quotient)の時代へと 言われているように,多様な人(相手)の気持ちを理解するために,他者への“たくましい想像力”を養うことが大切です。

●何かポイントはありますか。
公的なことを考える場合に共通するのですが,私は,「過去と未来をつなぐ」ということを意識しています。 つまり,過去に敬意を払って,未来への責任をもつことです。 その時間軸に自分が生かされている,かかわっているという発想をもつことが大切だと思います。
特に,パブリックインボルブメント(PI)や社会的合意形成のコミュニケーションを行ううえでは, 世代間を越えて話を進めて行くことが要求されますからね。

レッスン2 納得のいくプロセスの実践

●公益を目的としたコミュニケーションの仕組みづくりは,どのように練習することができますか。
自分の身近なコミュニティ,また関心のある団体の合意形成で,納得のいくコミュニケーションプロセスづくりを実践してみてください。 常に組織や社会において,自分は何ができるかということを考えることが重要です。
こういった身近なところで得た経験とか知恵というのは, 大きな事業を実施するときにも生きてくるんですよ。

●梅本さんご自身は,身近なところでどのようなご経験されているのでしょうか。
サッカー関連,マンション管理…枚挙に暇がありませんけど(笑) 妻からは“ボランティア・ウィドー(未亡人)”って揶揄されて…。
一番難しかったのは,サッカーサポーターの(支援)団体でプロチーム(運営会社)の 持株会をどう作るかの学習&合意形成のプログラムとファシリテーション (第3回土木とコミュニケーションを参照)でしたね。

●マンション管理の合意形成については,コラムでご紹介をさせていただきます。

レッスン3 小さな事業での学びあい,信頼づくり

●大規模かつ長期的な土木事業の場合については,どのようにお考えですか。
役所などでも大規模な事業ですと,多種多様かつ多大な影響がありますから, 「これは大規模で,地域にとって大事な事業だから,コミュニケーションが必要である」と認識されることが多いようです。 予算もありますし。
ところが,小さな事業でのコミュニケーションの積み上げの中で生まれる住民との 信頼関係がなく,また専門家を交えたコミュニケーションの学びあいもできていないと すれば,大きな事業で急に「コミュニケーション型行政」を実施しようとしても 経験知に乏しくて,能力的にも難しいわけです。

●ではどうすれば良いか,何か具体的な方法はありますか。
利害の対立しない,及ぼす影響が少ない案件の中で,トレーニングすることが重要だと思います 。「予算が少ないからやらない」ではなく,些細なことから互いに学びあい,信頼づくりをしていくことが必要だと思います。
例えば,「この公共事業は必要か」というのは意見が分かれやすいのですが, 「道路の補修をします」という場合は,道路利用者は反対することは少ないですよね。
そこでは「どういう手順で,どこから工事をするか」のようなことが課題になりますが, 地元住民やドライバーの方が知識があったりするわけで,それを学んで整理していけば, 道路補修も頭を下げるのではなくて,拍手をされるのではないでしょうか。(笑)


コラム:ケーススタディ・インタビュー
「マンション管理・大規模修繕にPI発想を活かす」
身近なケーススタディとして,マンション管理に絞って,さらに具体的にお話を聞かせてください。
■“土木を知っているパパ”が尊敬される時って?
最初から不謹慎に聞こえるかもしれません(笑)が,私が輪番でマンションの理事になり,翌年理事長になった時, 土木や建築がわかるパパが自分のマンションにいないかなぁ,と痛感しました。158戸(;区分所有者)あるのですが, 私も含め10名の理事は皆,建築や土木の門外漢。つまり大多数の住民がそうなんです。だけどマンション管理の責任は住民にある。 財務やマーケティング,広報などの経験がある方の知識・知恵が重宝されるのと同じように,実は地域コミュニティの中で土木などのそれは尊敬されるはずなんです。
■「わからない言葉を使う方が悪い」という前提に立つ
土木の知識や知恵が重宝されるというのは,「管理会社や工事業者(専門家)との交渉の上で役に立つ」という意味でしょうか?
それはもちろんですが,むしろそれ以上に専門用語を理事や住民に伝えるポテンシャルがあるということです。 工事書類に出てくるような言葉って普通の人には全然わからない。 工法はもちろん建物のどの部分を指しているのかも,です。 そこで私はまず,最初の全戸に配布した「大規模修繕ニュース」という小冊子に, 建物のスケッチを描き,部分名称などを矢印で入れてもらいました。 大規模修繕工事というのは,全戸の理解・協力がないと円滑に進まないので, 「最低限これだけの言葉は知っておいてほしい」というものに絞って。 理事の中で2人以上が知らない言葉や場所が明確にわからないものを選択基準にしました。
■コンセプトと「一人ひとりとの関係性」の共有化が大切
資料を拝見するとPI的な手法が随所でみられますね。
そうですね。「最大多数の関心構築」というのがテーマでした。 たとえばマンションの場合,終の棲家という方もいれば,数年したら売却を,という方もいます。 また10年経過したマンションは,ふつうは新築物件に比べ機能面で劣ります。 ですから,戦略的に大規模修繕に「快適性と資産価値を高める○○マンション・リフレッシュ計画2001−2002」とネーミングし ,3つのコンセプトとして,(1)竣工時のクオリティ(質感)回復,(2)メンテナンス・フリーへの改修, (3)時代にキャッチアップへの機能強化を掲げ,それを具体的工事の内容,水準とリンクさせました。
例えばバリアフリーなどを実現されていますが,このあたりの合意形成はどんな進め方だったのでしょうか?
「時代にキャッチアップ」もいくつかの有力な候補があったのですが,意識調査の結果, バリアフリーは年代を問わず広く・深いニーズが確認できました。 問題は限られた費用や工法的限界の中で,どの水準が適切か,ということでした。 私たちは,「マンション外溝から敷地内に入ってから,占有部分の玄関まで,介添え者がいればOK」という水準の達成におきました。 バリアフリーというと理事の男性たちは,車椅子だけを思い浮かべます。 ただ実際はベビーカーはもちろん,ショッピングカートなど主婦の生活シチュエーションや 頻度について,丹念に意見を求めました。 幸い私たちのマンションは,実質的に8時頃から20時頃まで管理人が正面玄関側の管理室にいますし, 10台以上の敷地カメラも見ています。そういう管理体制や住民意識の中で, 納得性の高い工事を一つずつ丹念に決定していきました。
正面の自動ドア化と噴水の合意形成は見事ですね。
そうですね。マンションの顔である正面を自動ドアにすることは快適性・資産価値を 高めるバリアフリーの一環として必須だったのですが,防犯を強く意識される理事から強い反対がありました。 ふつうは中止にします。ただ私たちは「実質的な犯罪誘発の可能性」について実証的な 調査を行い,さらに玄関を格調ある格子戸にし,閉鎖性を高め,自動ドア化を実現しました。 噴水は感性的な評価が絡みますし,「噴水改修など無駄」との合理主義的な意見も あったので,さらに大変でした。普通だと専門業者から数案デザインや工法を出させ, あと配色とかアンケートをとって…などでコンセプトが曖昧なものになってしまいます。 幸い私たちのマンションでは数年前から「花と緑の長期計画」というものがつくられ, 小さいお子さまのいる家庭やガーデニングが好きな方々のネットワークがあったこともあり, 噴水に求められる機能の価値整理をうまく図り,大多数の納得の得る改修ができました。
まるでお仕事のようですね。(笑)
制度的に,大変にしない工夫もまた合意形成の賜でした。 理事が代わると知識が失われますよね。それを防ぐためにも,私の頃からとにかく情報公開(共有)を図りました。 それも管理会社が作成すべきテーマ別ファイルシステムや議論内容記述型の理事会議事録などの水準を決め, 外部の管理会社や(さらに委託している)監理コンサルタントへアウトソーシングしたのです。 知識を引き出しやすくすることで,理事会は常に知恵を練る場になりますし, 多くの住民に議論が共有化されることになりました。 大変勉強になりました。どうもありがとうございました。
Photo1 Photo2
写真-1 格調ある格子戸にし,閉鎖性を高めた玄関自動ドア(手前はガーデニングを行う住民の方々) 写真-2 みんなで考え,話合って改修された噴水(玄関を入ってすぐに位置)

「心得」
人と人が心底わかり合えるなんて幻想。

だからこそ,理解できることを見つけたり,「そうですね」と共感できるものを探したりする努力が必要。 そのチャンスや場を創っていくことが大切です。

学生へのメッセージ

●学生へのメッセージをお願いします。
僭越ですが基本的な倫理観をもち,その場その場でアレンジしていくことが必要になると思います。 まさに“Showmust go on”なんですよ。舞台は動き始めたら途中で幕を下ろすことはできない。 現実が常に動いている“On going”の状態で,その時々に何をしたら良いのかを判断していく必要があると思います。 一球ごとに監督の指示を仰ぐ野球発想というより,そう,サッカー発想ですね。
それから,日々,新聞の全ページに目を通すようにすると良いと思います。 自分の専門分野以外に,世の中で大切だと思われていること,議論されたり, 不安に思われていたりすることなど「社会を俯瞰する」練習になると思いますよ。
また,時間軸に対しても同様で,生きている世代の履歴,移り変わりを知ることが大切だと思います。 時間があれば,ぜひ日本や地域の100年史を眺めてください。 多くの生活者への“好奇心”が皆さんの研究を「社会化する」触媒になるんだと思います。
土木の専門用語や知恵をどうしたら妻や恋人にわかってもらえるか,そんな工夫をぜひ始めてほしいですね。
僕のような土木音痴の人も助かりますので。(笑)

取材を終えて

コミュニケーションが重要視される中,「最適解ではなく納得解を」という考え方が印象的でした。 自分への関与が小さいものについては,つい無関心になりがちですが, コミュニケーションには幅広い関心が必要であるなと考えさせられました。
【学生編集委員 鈴木崇之】
美しい風景や作品を見て目が肥え,美味しい物を食べて舌が肥えるように, 対象は何であれ,良いコミュニケーションの中に身を置き試行錯誤することが, コミュニケーション能力,またその良し悪しを判断する能力を発達させる一番の方法かもしれないなぁと思いました。
【学生編集委員 水谷香織】


 
学生編集委員を募集します。 −私たちと一緒に学会誌を作りませんか−
仕  事 基本的に学生のページを担当。
編集委員会への出席(原則月1回:東京)単発取材記事もあり
任  期 決まり次第〜1年以上 2年以内
資  格 国内在住の大学生・大学院生であること。土木学会会員であること。
報  酬 なし。(旅費,取材必要経費は学会で負担します)
応募方法 簡単な履歴・顔写真および自己PRをA4用紙1枚程度にまとめ,下記まで郵送してください。指導教官の承認の一文を添えてください。
募集人員 2〜3名
応募締切 2003年3月31日
応募先 〒160-0004 東京都新宿区四谷1丁目無番地 (社)土木学会 編集課 中村宛

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