土木学会誌
第6回 今後を見据える『パブリックインボルブメントの広がりと技術者育て』

鈴木崇之 水谷香織

経歴 photo
1962年東京生まれ
1987年3月東京工業大学工学部 卒業
1989年3月東京工業大学大学院 修士課程修了
1989年4月IBS/(財)計量計画研究所入所
現在IBS/(財)計量計画研究所都市政策研究室室


パブリックインボルブメント(PI)って何だろう

PIとは何ですか.最近頻繁に開催されているワーク ショップのようなものですか.
よく誤解されるところだと思います.PIを狭く定義し て,「公共政策の立案プロセスにおいて,その政策を立 案する主体以外の人や団体などを関わらせる参加型プロ セスの一形態」と言うとすれば,ワークショップは,そ のためのひとつのツールです.

PIは,計画のある一時点を指しているのではなく, 計画全体を通じたものということですか.
そうですね.政策や計画は,最終的に法的な決定権者 や議会などで決定されますが,決定に至る過程について 適用可能です.「住民参加」というと,「説明会」とか, 「ワークショップ」とか,コミュニケーションの場や技法 だけがクローズアップされがちですが,PIの言葉の意味 はもっと広いんですよ.
最近は,地区の総合計画などで,ワークショップが利 用されていますが,このような双方向のコミュニケーシ ョンの場を通じて立案プロセスにパブリックを参加させ ることがPIです.参加のための道具としてワークショ ップが用いられるわけです.

PIが生まれた背景 〜道路の歴史を繙くと〜

PIはアメリカで行われていると聞きましたが,どの ように開発されたのでしょうか.
PIという言葉はアメリカで,特に交通政策部門で,よ く使われています.まず,高速道路のPIについて歴史 的なところから説明しますね.
1950年代まで遡ると,道路の計画は,市民と関わりなく 決定されていました.決定後に問題を指摘されたと しても,「正しい理由」を並べて,いわば自己防衛に終 始する姿勢でした.
1960年代に入ると,環境問題やエネルギー問題の視 点から,社会的な反発が強くなってきました.例えば, 高速道路を通すとき,技術者の判断基準では,安価にか つ効率的なルートを選択することになりますよね.一方 的にその判断基準を押し通した結果,都市内では,貧民 層が生活する地域に道路を通すことにつながり,人権問 題にも発展したわけです.

公共事業の進め方について,60年代に早くも問題に なっていたのですね.その後にPIが始まったのですか.
いえ,その途中段階として,1970年代には原子力発 電の分野などで,原子力発電の安全性,有用性,重要性 をいかに説得するかという研究が進んだそうです.しか し,結局,「説得では無理だ」ということがわかりまし た.
また,計画の主体側で計画を全て作成後,「この計画 で良いですか」と住民に問う協議型が主流だった時期が ありました.今のヨーロッパや日本がこの形ですね.ア メリカでもそうだったのです.

協議型では上手くいかなかったのですか.
そうですね,特にアメリカの場合はすぐに裁判になり ますから.訴訟を防ぐための交渉を重ねた結果,例え ば,周辺コミュニティーの破壊防止策としての住宅開発 や,雇用保証のための「ジョブプログラム」作成など, 取引材料のために多大な費用が必要になったわけです. 計画自体も,本来は,10車線の道路が,7車線に変更にな ったり,地下に建設したり,「造る」という目的を達成 するために,行政や事業主体も譲歩しなくてはいけなく なるのです.
計画道路の当初の目的が全て果たせないうえに,地域 の人にとっても,補償はされるが多大な変化を要求され るという,お互い満足のいかない,Lose-Lose Situationに なってしまいますよね.

両者とも不満足に終わるという意味でLose-Lose Situationですか.
妥協しなければならないのに高コスト.1990年代に完 成した高速道路には,そうやって建設されてきたものも 少なくないのですよ.例えば,ロサンジェルスのセンチ ュリーハイウェーとかね.そういう数々のトライアルの 後,発議の段階から市民が参加する計画の進め方だと, 「これはいける!」となったのです.

矢嶋さん
写真-1 PIプロセスを説明してくださる矢嶋さん

目や耳をもったロボット

PIは,長い間の試行錯誤により生まれたのですね.
たとえ話ですが,ロボットの制御工学の話をします. ロボットに「ここから向こうまで行け」と命令をすると しましょう.初期の制御技術では,10cm直進して,右 に曲がって,5cm進むというようなプログラムを事前に 入れておいてそのとおり動くように制御していました. しかし,それでは障害物が少しずれただけでぶつかって 停まってしまいます.
制御技術が発展してくると,ロボットにも目や耳がつ いて,動きながら状況判断できるようになりました.そ うすると,途中でいろいろな情報が入ってきますので, その場その場で判断して障害を回避でき,スムーズに目 的地まで行くことができます.

なるほど,状況状況に応じて対応策をとりつつも, 最終目標の方に向かって進むことが大切なのですね.
道路計画も同じように,そのつど出てくる地域のニー ズに対応していくスタイルの方が,スムーズに目的地へ 到着できるのではないでしょうか.目や耳を使って,情 報を得ながら進めるほうが,障害を強引に押しのける方 法よりもスマートですよね.
余談ですが,「住民の意見ばかりを聞いていると,目 的が見えなくなる」という意見をよく聞きます.たしか に,到達目標を定めなければ,ロボットは障害を避ける ばかりで迷走してしまいます.「長期計画は作らない」 という意見もあるようですが,長期計画は,仮定し た,20年後を「固定したままで」計画を進めることが問 題なのであって,その時々の条件やニーズに合わせて機 動的に途中の経路は変えられる計画プロセスにしておけ ば良いのではないでしょうか.

「PI技術者育成トレーニングコース」を受講して
開催日:2002年1月26−28日
会場:JOBA 新宿コンファレンスセンターL-I研修室
主催:(財)計量計画研究所
共催:CH2M HILL,CDR
■トレーニングの概要 ■内容の一部紹介
PI技術者の育成を目的とした,PIトレーニングコースが開催された.これは,アメリカで行われているコースを日本版 にアレンジしたものである.参加者24名,アメリカ人トレ ーナー3名,通訳5名,その他スタッフ多数で行われた.
トレーニングは,参加者が主体的に考えたり,トレーナー のファシリテーションを体感したりした後に,解説を聞き理 論を理解するという体験を通じた学びが中心であった.グル ープワークをはじめ,さまざまなコミュニケーションの場や 技術を体験できるようにプログラムが組まれていた.また, 質疑応答は適宜行われ,トレーナーは質問者が納得したこと を確認するまで丁寧に応じ,非常に細かい配慮がなされてい た.
・モジュール2の「コミュニケーションの透明性」では,表 面に出ている賛成/反対などの「立場」ではなく,心の中の 根元的なニーズと真の問題点である「利害・関心」に基づい て問題解決を行う理論と技術が紹介された.特に,満足のト ライアングルが満たされることに重点がおかれていた.ここ で,満足のトライアングルとは,次の3点からなる.(1)スケ ジュールや意思決定の透明性などのプロセスに関するニーズ, (2)信頼,尊重などの心理的なニーズ,(3)費用,環境の維持 などの数量化が可能な実質的なニーズである.グループワー クでは,ケーススタディに取り組んだ.
また,強い主張を肯定的に,未来志向で,中立的な言葉 や口調で言い直す「再構築」が紹介された.例えば,「あな たが言った…というのは重要なことです」,「では,あなたが 関心を持っているのは,…ということですね」,「つまり,あ なたが求めているのは…」というフレーズが用いられる.こ こでは,参加者が「感情的な発言」を行う役を演じ,それに 対しトレーナーが実際に,ポジティブに建設的な方法で問題 をとらえ,心の中の「利害・関心」を特定し,対立的な発言 をより「ドクのない言葉」に置き換える「再構築」を実践し てみせた.
■プログラム■感想
主なプログラム内容は以下のとおりである.
モジュール1:PIの機能,関係者の招集と特定
モジュール2:コミュニケーションの透明性,利害・関心に 基づく問題解決,質問に基づく対話
モジュール3:PI計画,PIのツール,ファシリテーターの役 割,擬似PI計画のデザイン
モジュール4:組織間パートナーリング,将来への進路
トレーニングは終始和やかな雰囲気で行われ,日本の日常 生活でも生かせそうなPIの理論や,トレーナーの技術,そし てトレーナーとスタッフの見事なコンビネーションに,目を 見張るばかりでした.受講前は,「PIはアメリカのものだか ら,日本の文化には合わないだろうなぁ」と一方的に思って いましたが,良いところは素直に,お互いに,学び合えば良 いということに気がつきました.このような機会を与えてく ださった方々に心より感謝いたします. (水谷香織)
Photo1
「立場」と「利害・関心」を特定するグループワーク
Photo2
PI実施に際しての問題点の明示化・共有化
Photo3
気分を変えてのラウンジミーティング


PIの進め方

PIを進めるうえでの重要なポイントにはどのような ことがあるのですか.
まずPIの前提となる計画の検討プロセスが重要です. 最初のステップは,明確な目的を設定することです.こ の目的に共通認識をもてれば,行政も市民も同じ目的に 向かって進むことができます.そのうえで目的を達成す る手段を考えます.つまり,代替案を比較検討するとい うことです.ここでは,高速道路ではなく一般道とする 案も比較対象とすべきでしょう.そして,他の案と比較 し一番良いものを選ぶわけです.
今まで,この手続きは非公開で行われてきました. 「きちんと検査していますから大丈夫.」と言われても, 「本当にそうなの?」と思いますよね.ですから,透明 性が必要になり,PIが要るわけです.

PIの進め方は決まっているのですか.
アメリカの高速道路の法令では,交通政策にPIを実 施するよう定められています.その順番は決まっていま せんし,何をどの程度実施しなさいというのもありませ ん.ただ,初期段階から実施することや,情報提供がタ イムリーであること,重要な判断の前に決定に関与でき ることといったPIのアウトカムが示されています.

日本の現状はいかに?

アメリカ以外の国でもPIが行われているのですか.
これまでのヨーロッパでの公式のプロセスは,主に計 画の最後に市民と協議をするという協議型でした.しか し,公式の協議に入る前段に任意プロセスとして,住民 とのコミュニケーションを図るさまざまな活動が行われ るようになってきています.
道路建設が盛んに行われている中国でも,いくつかの 市からアメリカに調査団を送ってPIを勉強し始めてい ると聞きました.

矢嶋さん
写真-2 PI技術者育成の重要性を語る矢嶋さん

日本でもPIが行われているのですか.
今までのやり方では,上手くいかなくなっているとい う傾向がありますから,新しい計画のアプローチの一つ として,注目されています.「夜明け前で空がやっと明 るくなってきた」という状況でしょうか.
2002年8月には,国土交通省道路局から市民参画型 道路計画プロセスのガイドラインが発行され,基本的な 仕組みはできつつあります.個別に勉強をしている人は 多数いらっしゃるようですし,今後はインフラストラク チャーの計画などの公共事業を進める国や県の方々が, 一体となって取り組んでいかれるのではないでしょうか. 今一番抜けているのは,行政と市民とのコミュニケー ションを円滑化するインターフェースの部分だと思いま す.また,行政と市民とがコミュニケーションをしても, まだまだ新しい試みですので,実質的には市民の意向を 計画にどのように反映するべきかという部分で,行政の 方も悩まれることが多いかもしれませんね.

ずばり,PIは日本では広まりそうですか.
おそらくまずは,計画全体ではなく,PIのパーツごと に実施されていくのではないでしょうか.そして,それ が他の段階にも波及していくと思います.車のサスペン ションだけ強化すると,今度はボディーに直接衝撃が伝 わってだめになってしまいますよね.だからそのうち, 「全体として考えなければいけないね」ということにな ると思います.

Go Listen!

PIを進めるうえでは,どんなことに気をつければよ いのでしょうか.
1950年代のアメリカの計画方法は,行政側が情報を 漏らさないようにしていたため,「ディフェンシブ」だと 言われています.それが試行錯誤の後,行政側からオー プンに「これで大丈夫ですか」と心を開け放ち,「本当 に満足して下さっているのですか」と聞くスタンスに変 わりました.つまりカスタマー主義です.そのスタンス の変更が重要だと思います.

具体的には,どのような違いがあるのでしょうか.

例えば,それまでは,問題を指摘されたら,一方的に その正当性を主張してディフェンドするというスタンス でした.それを「計画に反映したいから,あなた(カス タマー)にとって問題なことを具体的に教えてください」 というスタンスに変えるということです.

パブリックインボルブメント技術者の「心得」
フェアネス(公正,公平)
例えばサッカーの審判は,どちらのチー ムが点を入れるかではなく,公正なプレー で点が入ったかを問題にしますよね.PIで もフェアであることが大切だと思います.

PI技術者の育成

PIを進めるには,PIをデザインしたり,上手にコミ ュニケーションを図ったりすることが大切なのです ね.ところで,誰がPIを行うのでしょうか.
行政にPIの技術者が必要だと思います.そして,コ ンサルタントにも必要ですね.行政の計画担当者は,PI の理論や技術をわかっている必要があります. PIの設計では,計画の進行にあわせて,対象者や市民 から得るべき情報,そしてその方法を設計していきます. そのためには,対象地域の住民や企業,そしてその関係 に関する事前情報が必要ですので,その情報収集から始 めます.
また,PIはアメリカで作られた方法ですから,日本で 利用する場合は,基本的な理論や基礎技術を学び,日本 の歴史や文化,風土に合うようアレンジする必要があり ますね.

PI技術者になるためにはどうしたらよいのですか.
コミュニケーションの理論や技術,そして計画の立案 プロセスについて学ぶことですね.それから,参加型の トレーニングは,コミュニケーション理論を身体で覚え ることができる点で有効だと思います.それは,例えば, 「聞きなさい」「聞く」というのは,相手の人に「聞いて もらっていると思ってもらうこと」が必要で,ボディラ ンゲージでも聞かなければなりません.このようなこと は,身体で思えた方が早いのです.

何より大切なPI技術者の倫理

PI技術者が気をつけておくこと,心得ておくことな どありますか.
IAP2という参加型政策プロセスの普及を目指し た,NGOが,「PIを実行する人の倫理」を掲げています. 結局は,PI技術者の倫理が大切だと思っています.

なるほど.気をしっかりもつ必要があるのですね.
それを助けるという意味でも,今後はPIの評価も課題 になってくるのでしょうね.
PI自体の評価,PI技術者の評価,どちらも大切だと 思います.しかし,今は基準はありません.評価基準 は,きっと大学,学会,そして発展しつつある,NPO,が 第三者的に,フェアにつくるのがいいのではないかと思 いますよ.

学生へのメッセージ

最後に学生へのメッセージをお願いします.
行政の立場でも,技術者の立場でも,共通にフェアで あることが大切だということを忘れないでください.フ ェアであるためには,それをチェックする人の視点で, どういう視点でチェックするのか.その人にどう弁明で きるか.説明責任があるか,などを考えながら行動する ということだと思います.

取材を終えて

実際に計画手法が変わるということは,非常に多くの 人の多大な時間と費用,そしてエネルギーが必要なので すね.今後日本でも今までに培われたノウハウと,他国 のノウハウとが混ざり合い,試行錯誤を重ねていくので しょうか.現場は大変そうですが,なんとも魅力的です.
【学生編集委員 水谷香織】

コミュニケーションを図ることで,さまざまな立場の 方が受け入れられる,満足できる状況(Win-Win Situation)に到達することは,決して楽ではないことが わかりました.
この取材までPIとはワークショップと同じようなもの という認識でいましたが,まるで違うと知りました.今 後,ますます住民との対話が重要視される中,こういっ た分野はもっと発展させていかなければいけないのだな と感じました.
【学生編集委員 鈴木崇之】


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