土木学会誌
第4回 現場の声に触れる『土木とコミュニケーションの実情』

佐藤 圭輔 水谷 香織

経歴 photo
1961年生まれ
1984年日本女子大学家政学部住居(建築)学科卒業/td>
1984年〜(株)KCS(国際航業関連会社)研究員
1989年〜(株)エックス都市研究所 主任研究員
1997年〜現在地域政策プランナー,日本工営(株)非常勤


超ソフトなコミュニケーションの現場

福田さんは,コミュニケーションの現場で,どのよ うなお仕事をされているのですか?
私は,河川や道路整備を含む,トータルな地域政策や 地域づくりのプランニングをお手伝いしています.常に 住民や産業者たちとのコミュニケーションから始まると てもソフトな部分です.私の認識では,一般にソフト分 野とされる都市マスタープランもハードに含められます. 現行の都市マスでは,土地利用や施設配置などが硬直的 になり,たとえ制度的に住民参加をやっても柔軟に変更 ができません.総合計画といった自治体の計画体系の中 で,都市マスの意味や手法を見直す必要があると思って います.
計画というのは,地域づくりをより個の人間に近い形 で考えていくことです.地理条件,生活やコミュニティ ー,文化・産業などを踏まえたうえで,住民として地域 をどう考えるのか,どうしたいのか,どう表現するのか など,地域特性を反映した新しいプランづくりと,それ を実現に導く地域マネジメントをサポートしています.

コミュニケーションが必要な現場には,どんなもの があるのですか?
公共事業の計画に関して言えば,大きく分けて三つの パターンの合意形成があると思います.一つは,「公園 や文化施設をどうするか」といったみんなが同じ目的を もちやすい合意形成.近年の河川環境整備なども,対象 となる流路や沿川地域がある程度決まっているので,合 意形成が図りやすい分野です.二つ目は,道路建設のよ うにルートの設定から必要で,多くの利害が真っ向から 対立し,賛成と反対が分かれるケースです.このケース は,「造る」ことを前提に,政治的・恣意的に誘導され ることが少なくありません.双方の関係者が納得できる 進め方を考える必要があります.三つ目は,ごみ処理場 や原子力発電所の建設などのように,みんなが消極的な ケースですね.

それぞれのケースでコミュニケーションの方法も異 なるのですか?
地域住民の関心度(参加の熟度),事業の必要性の度 合い,分野の違いなどがありますから,それぞれのケー スで合意形成の方法も違ってきます.ただ,「正しい情 報提供」と「議論プロセスの透明性の確保」は,どの事 業においても共通して大切ですね.市民は提供される情 報が十分かどうか,その中味の真偽も適切に判断できる ようになってきていますよ.

市民とコミュニケーションを図るために,ワークシ ョップなどの活用が言われていますが,実際のコミュ ニケーションの現場ってどんなものですか?
これは,一言では話せないですね.賛成もあれば,当 然反対もある,他人の話を聞かない人もいれば,罵声を あびせる人もいます.賛成なのに声に出せない人もいま す.これらの状況は,多くの議論の場にありえる光景で すよね.しかし,これは乗り越えなければいけない試練 です.何回も何回も話し,顔を合わせることで次第に “本音”がわかり合える.この信頼関係を築くことが大 切です.人間には言葉にできない「感情」がありますか ら,私のような専門家は,そうした聞こえてこない人々 の気持ちを読まなければいけないのです.

現場で話し合いをしている人たちの言っていること を理解するには,たくさんの知識が必要ですね.
そのとおりです.だって,それぞれバックグラウンド が違い,住民にも専門的な知識をもっている人がいます から.地域をつくる仕事は,100とある異なる価値観を 認めたうえで話し合いのスムーズな進行を助けなければ いけません.だから,ある程度いろんな分野に興味をも っておくことが大切です.ただ,勉強で得た正しい知識 でも,現場では使えないものが多いため,最終的に頼り になるのは,自分自身が経験から得たコミュニケーショ ン・スキルだと思います.

インタビュー
写真-1 インタビューを受ける福田さん


現場が抱えるコミュニケーションの問題

福田さんのお仕事を通じて見えてくる「現場でのコ ミュニケーションの問題」とは何ですか?
そうですね,まず「土木界におけるコミュニケーショ ン」として考えると,『造る』ことを前提になりやすい ことです.今,社会に必要なのは,地域を考え築く市民 とそれをサポートする行政といった「行政と市民の新し い関係」です.最近の動向としては,自治体の最上位政 策とされる総合計画づくりへの市民参加があります.地 域の政策は,その内容の是非について市民の理解が必要 です.ですから,健全な市民自治の政策立案過程のプロ セスでは,必然的にコミュニケーションが生じてきます. これは,従来の「まちづくり」とは異なる分野です.
土木分野も,こうした地域社会システムの一つに位置 づけられるべきなのですが,私が自立した,6年位前には この考え方は理解されませんでした.ライフワークとし て,自治体向けに地方分権と市民自治をテーマにジャー ナリスト活動も行っていますが,地方分権が自治体の間 で現実味をおびてきたここ,2年くらいで,重要視される ようになったのですよ.時代の流れを感じますね.

時代の流れもあるんですね.「市民と行政」のコミ ュニケーション以外に何か問題はありますか?
私は地方分権とプランニングを関連づけて,『総合地 域政策』を提案しています.それは,自治体がそれぞれ の地域に即して「地域がどう生きるか」の理念を適切に 設定できること,そして,それを実行できる仕組みや制 度づくりが必要だと思うからです.これまでの日本は, 国が政策をつくり,その関連事業に対して補助金がつけ られるといった構図があります.どうしても地域が考え るオリジナルの計画を遂行できない状態にあったと思い ます.

ちょっとよくわからないのですが,理念を実行する ための「仕組みや制度」と「コミュニケーション」は どのように関係しているのですか?
例えば,補助金制度というのは,国が施策をつくり, その実現のために事業規模ややり方までマニュアル化し て,これに合致する事業計画を出した自治体に補助金と いう形でお金を渡す仕組みです.極端な例えを作ります が,ある自治体が市民の意向や風土・文化を考慮して緑 色の施設を建設したくても,補助金の採択条件が赤色の 施設を造ることとあれば,補助金獲得のために,多くの 自治体が赤色施設の事業計画書を作ったのです.地域で 本当に必要な緑色の施設をつくるには,大変な手続きを しなければならないので,そのようなリスクを乗り越え てまで緑色の施設にさせてくれという自治体は少なかっ たですね.そうした結果,全国的に画一的な地域が増 え,まちにコンセプトや統一感がなくなってしまったの です.そもそも,国が一律なマニュアルを作るのを止め ようというのが,地方分権なのですが.

つまり,「国と地方自治体」のコミュニケーション ということですね.
日本では,これに限らずさまざまな分野で,国からの 上位下達の考え方が採用されてきましたよね.国と地方 との関係(構造)論,ここを理解する必要があるので す.
それから,官公庁内の担当部署や専門分野は細かく分 かれていますが,行政組織内で垣根があっては,みんな が納得する地域に主眼を置いた計画を立てることは難し いです.縦割り的な考え方を根本的なところから見直し, もっと横のつながりを大事にしなければ,地域での合意 形成の達成などあり得ないと思っています.

今度は,「官公庁内部」のコミュニケーションです ね.例えば,どういうことが問題なのでしょうか?
例えば,道路整備では,従来のように建設や産業・物 流の関係者の“期待”(道路を造れば活性化するという 妄想)から整備の必要性を言うのでなく,地域が「何で 生きるか」の明確なビジョンを描くことが最初にあるべ きだと思います.そして,そのビジョンづくりのために は,環境,福祉,教育,地域経済,観光,防災などの縦 割りでない,分野横断的なトータルな議論が必要なので す.つまり,自治体内部で共有する地域ビジョンがまず あって,これを実現するためには採算も含めて,道路の 必要性を多角的に考える過程が重要です.自治体内部で も,従来の道路局や都市計画課の議論にとどめず,横断 行政や調整を厭いとわない意識改革が必要になるのです.

問題解決へのアプローチ

「補助金制度」と「縦割り行政」の問題がある中, 成功している地方自治体の地域政策というのはありま すか?
良い例はあると思いますよ.横浜,世田谷,三鷹,小 布施,古川…など.そんなまちには,「地域自治の明確 なコンセプト」が感じられます.こうした自治体には, 共通して地域に対する高い意識をもつトップと,高いス キルをもったプランナーや事業をマネジメントできる職 員,彼らとコミュニケーションできる住民がいらっしゃ いますね.

福田さんの「心得」
一番大切なものは理解し合う心. 熱意と誠意!
両手を挙げて話しかける.いろいろな立場の人の意見を聞く.そして自分の想いを 正直に伝える.
もちろん,「プロ意識」と「プロの技術」は必須ですよ.

地域政策プランナーとして,何が一番重要ですか?
結局一番大切なものは,「心」です.コミュニケーシ ョンは,理論で片づけることができません.Face to Face で話し合い,お互いの気持ちを理解し,思いやり,そし て信頼を得なくてはなりません.熱意と誠意は,合意形 成を図るうえで最も大切なことです.そして,いろいろ な立場の人の意見を聞く心をもつことが大切ですね.地 域に渦巻く既得権と向き合う大変さもあるし,批判も向 けられます.時間もかかるし,つらい思いもします.で も,それは多くの人の「気持ちを調整」するのだからあ たり前で,それを乗り切るのも現場プランナーのスキル. 土木もそういう時代になりつつあると思います.
私は『総合地域政策』という新しい分野の確立を目指 して個人でも仕事をしていますが,やはり先の事業化を 想定すると一人では難しい技術も多々ありますので,大 手のコンサルタントにサポートをしてもらっています.

大学では勉強や研究が中心のため,コミュニケーシ ョンの重要性を知らずに社会にでることになることも ありえますよね.
大学教育の中で現場の大切さや難しさ,そして楽しさ を経験させるプログラムを是非設定してもらいたい.私 自身がやりたいくらいですね(笑).実際,行政には予 算がないので,民間コンサルタントでは時間的にもペイ しないような重要なテーマはたくさんあります.そうし たテーマは大学が学生たちとやっていいと思います.も ちろん,大学は理論づくりが目的化するので(笑),そ こには現場のプロが入らなくてはいけませんが.このよ うな土木を取り巻く柔軟で新しい社会システムの構築 (教育からの改革)ができれば,行政も大学もコンサル タントも… 将来的に世の中全体の意識向上が図れるの ではないかと思います.
先日,ある国立大の女子学生さんが就職の相談にいら したんです.その際,彼女の話を聞いて地方自治体をお 薦めしました.これからは若手が「地域」から日本を創 っていく時代だと思います.国家官僚の数で大学を評価 するのではなく,地方に行って地方から変えていった人 で評価するとか,そういう時代が来てほしいですね.

好きでないと勤まらない仕事

とても大変なお仕事のように思いますが,学生の頃 から地域政策プランナーになりたかったのですか?
そもそも地域政策プランナーとは,私が自分のために 名乗っている職業です(笑).学生の頃の専門は建築で した.女子大でしたので,都市・地域の計画プログラム はほとんどなくて….当時から単体の建物の設計より も,景観や照明,西洋の都市・建築美学にとても関心が ありました.4年になった時,照明(インテリア)の企 業からお誘いをいただきました.ですが,学生時代に建 築家について廻った,ヨーロッパで見た街並みや人々の 生活と日本との「差」が頭から離れず,日本でも個性豊 かな地域づくりを実現したいとの想いだけで,女性の見 当たらないこの業界を選びました.卒業後すぐ,学部で は工学や力学も学んだのにもかかわらず,理工学部卒で ないという理由で技術士補試験を受ける資格すら与えら れず,一人で技術士センターに交渉するという体験をし ました.
お陰様で,男性中心だった工学的な計画の世界で,補 助金行政や官僚主義など理不尽に思えることにも,いつ も無鉄砲に“石”を投げる習慣がついたのかも(笑).

あたったら痛そうですね(笑).でも,投げる方に も勇気が必要だと思います.理想とするプランニング をお仕事として実現するために,ご自分で道を切り開 いてこられたなんてすごいと思います.
仕事を続けているのは,やっぱりプランニングが好き だから.クライアント(行政)や会社の上司が「変!」 と思っても,地域やテーマをイヤと感じたことは,一度 もありませんよ(笑).

学生へのメッセージ

学生へのメッセージをお願いします.
学生の間に,将来やりたいことを見つけるのは難しい ですよね.しかし,一度やろうと思ったことは,つらく ても,ストレスがたまっても,5年くらいは続けて欲し いな.そして5年経って,それが良かったかを判断し, テーマが好きかを確認すればよいのです.社会を相手に するプランニング行為が「好き」でなければ,使命をも って続きませんから,早めに職種を変えたほうがいいと 思います.きっと,コツコツやっている5年間の体験や 実績から何かが膨らんできて,社会と自分,テーマと自 分が見えてくると思います.すぐ辞めてしまうことを繰 り返すと,結局,実績として内にたまるものがなく,そ の次も見えてこないような気がします.どうか,不満や 不安を自分の内面にため込んで,浅い経験の中で焦らな いで下さいね.「好き」ならば,20年後にやっていてよ かったと思えるかもしれませんね.

集合写真
写真-2 福田さん(中央),水谷(左),佐藤(右)


取材を終えて

福田さんと私たち学生委員二人の三人で神戸のまちを 歩きながら,いろいろなお話をしました.その中で,私 は福田さんのまちに対する感性の豊かさを強く感じまし た.福田さんって,本当にまちが好きなんだな〜って. 私もまちというものに興味をもって「歩きたい」と思い ます.誰も気づかない意外な発見があるかもしれないで すね.
【学生編集委員 佐藤圭輔】

土木事業はみんなの事業であるだけに,計画過程にお いてもさまざまな人や組織とのコミュニケーションが大 切だということがよくわかりました.その中で,一番大 切なものは「心」,そして「プロの意識と技術」なんで すね.それにしても,「土木とコミュニケーション」っ て大変だなぁ.福田さんの想いと実行力,そして継続力 に感服です.
【学生編集委員 水谷香織】

【お薦めの本,専門誌大型連載】
(1)
「自治体実行主義」―分権時代のこころと戦略,編著著:梅田次 郎・福田志乃,ぎょうせい,2002年3月.
(2)
「分権時代の自治体経営システムを探る・7連載」地方行政(時事通信 社),2000年3月,「変わる行政…民間との新しい関係を築く・6連載」 同,2000年9月,「プロデュース&コミュニケーション型行政への転換・ 7連載」同,2001年9月,「地域経営(地域がどう生きるか)の選択と共 有・6連載」同,2002年9月.

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