土木学会誌
第2回 教わってみよう!『合意形成の理論とテクニック』

吉村 美保 水谷 香織

経歴 photo
1974年生まれ
1996年3月東京大学工学部土木工学科卒業
1998年6月マサチューセッツ工科大学都市計画学科修士課程修了
1997〜1998年米国合意形成研究所(Consensus Building Institute, Inc.)アソシエート
1998年10月〜現在(株)三菱総合研究所 研究員


交渉学との出会い

なぜコミュニケーションに興味をもったのですか.
私が学部に所属していた,1992〜96年は,さまざまな 公共事業の計画と国民,地元住民との意向のズレが露呈 しはじめた時期でした.また,1995年には阪神・淡路大 震災が発生し,復興計画をどうするかという問題が大き なイシューでした.そのような環境で私は,世代・所得 層・価値観などの異なる人々が満足できる社会資本を創 ることが非常に難しい課題であると感じていました.
1996年当時でも,住民参加の現場でのコミュニケー ション技術について,いくらかのテクニックがありまし たが,それは話し方のうまさといった個人に属するノウ ハウだったと思います.私は,ごみ処理場,河口堰,ダ ム建設,途上国のまちづくりというさまざまな公共事 業,さらに一般的な政策課題にまで汎用的に使えるコミ ュニケーションの技術を確立し,その共有化を図りたい と思ったのです.そのために,合理的な考え方を基本と した土木工学的な視点に加えて,理論では説明が難しい 行動をとる人々との合意形成手法を社会学,政治学など の観点から学んでみようと思ったのです.

なぜそれがアメリカ留学につながったのですか.
新たな解決策を日本で,自分の力で切り拓いてみたい という気持ちもありましたが,アメリカにはこのような 研究があると聞きましたので,実際に先進国に行って見 て聞いてきた方が早いだろうと思ったんです.私は,1980 年代末にカナダでホームステイしたのですが,その時の 良い思い出から,再び海外生活を楽しみたいという思い も正直ありましたし.

交渉学を学んだMTの前で
写真-1 交渉学を学んだMTの前で


マサチューセッツ工科大(MIT)では何を学んだのですか.
留学先として選んだMITでは,大ざっぱにいうと住 民参加全般について学びました.MITの都市計画学科 は,他大学に比べて,実務家を育てるという視点を強く もっているといえます.先生方は「ヴォケーショナル・ スクール(職能学校)」とよくおっしゃっていました.
最初の1年間は経済学,アメリカの都市計画史から交 渉学の基礎理論についての講義が中心でした.1クラス の授業は週2回で,1学期にはだいたい3,4クラスを受 講します.予習のために毎週5cm位の厚さになる資料 を読まなければならず,大変な思いをしました.おかげ でとても鍛えられましたよ.
2年目からは,授業を受けながらまた,指導教官のサ スカインド教授の指導のもと,交渉学と,交渉学に基づ く公共政策のコミュニケーション技法に関する研究を行 いました.

交渉学入門

交渉学とはどのような学問ですか?
交渉学とは,一言でいえば世の中の交渉事について研 究する学問です.交渉事は,家庭内紛争・労使紛争・公 共政策・和平・ビジネスなど多岐にわたります.関連す る学問も経済学・社会心理学・行政学・法学とさまざま であり,分野横断的な広がりをもっているといえます.

具体的にはどんなことを勉強するのですか?
MITとハーバード大学,タフツ大学には単位互換制度 があるので,私はハーバード大学で交渉学の根本的な理 念を,MITで公共政策の策定に交渉学をどのように活用 するかを中心に学びました.
ハーバード大学の授業では,ゲーム理論などに基づく 基礎的な理論を学ぶとともに,さまざまな事例に基づく ディスカッションや5人程度のグループによる交渉シミ ュレーションを行いました.交渉の理論は,個人対個人 といった単純化された仮想的な交渉について学ぶもので す.しかし,現場での交渉は個人対グループ,グループ 対グループなどさまざまな形態ですよね.個人対個人の 交渉を対象とする理論をどうやって現場で応用するかに ついては,実際の事例についてのディスカッションやシ ミュレーションを通して理解を深めるのです.
シミュレーションの授業は非常に興味深いものでした よ.例えば,グループの各人が市長,都市計画課長,反 対住民などの仮想的な役割を担当し,都市計画の合意を 生み出すために話し合いをすすめます.最終的に各グル ープが到達した提案を発表し,全員で各人の交渉戦略の 良い点・悪い点を議論するのです.日本とは違って,当 地では社会経験を少しでも積んだ人が大学院に進学する ものです.さまざまな業界で活躍してきた50代,60代 の方々や,若くても30歳くらいの経験に富んだ学生と 互角にやりあわなければならず,いきなり学部から進学 した実務経験のない私には,正直かなり難しいと感じた こともありましたね.

根回しは優れた交渉テクニック

交渉する相手によりテクニックは異なるのですか.
ゲーム理論や囚人のジレンマなど基礎理論は共通です が,交渉の現場でどのように対応するかはもちろん異な ります.例えば,ビジネスの現場ではエージェントとい って,代理人を利用するという戦略もあります.また, 公共政策の場合はメディエーターといった第三者を活用 して合意形成,紛争処理を図ることもできます.

日本ならではのコミュニケーションテクニックはあ りますか.
日本には昔から「根回し」という言葉がありますよね.「根回し」というのはかなり進んだコミュニケーシ ョンテクニックといえます.意思決定の透明性では問題 がありますが,情報を早い段階で出し,反応をみて対応 するという点で,それなりに評価をされています.しか し最近は日本でも町会や井戸端会議といたレベルでのコ ミュニティーの形が変化し,コミュニティーの意見のと りまとめをする,できる人たちが減って,根回しが使え なくなってきているのではないでしょうか.だからより ドライな,メディエーションといった手法が必要とされ ているといえますよね.

合意形成の介添人―メディエーター

メディエーターとはどんな役割の人なのですか.
メディエーターとは,交渉をしている当事者たちが合 意に達することができるよう手助けをする第三者のこと です.また,このように特に利害関係のない人が第三者 として交渉に介入することを,メディエーションといい ます.
当事者同士で話し合いがまとまればよいのですが,現 実問題うまくいかないことがありますよね.そのような 合意形成の現場において,メディエーターは,会議の議 事進行に携わるファシリテーターとしての役割を担いま す.加えて,議論の取りまとめや記録も行い,時にはお 互いの提案の良否を判断するための客観的情報の提供も 行います.これはファシリテーターにも共通しますが, 議論における「立場」と「利害」を仕分けしてあげるこ とが重要な仕事なのです.

具体的には,どんなことをするのですか.
例えば,橋梁の建設工事があって「部材を発注する 側」と「部材を納品する側」という民間企業同士の発注 交渉が行われたとしましょう.まず,それぞれの企業は 「立場」を表明します.この場合,価格がそれにあたり ますね.納品する側は見積書を出すことで「立場」を表 明します.しかし,例えば発注者が8,000円までの値下 げを求めてきて,受注者が1万円という当初の見積りに 固執したら,決して交渉はうまくいきませんよね.結局, どちらかが涙を飲んで妥協しないと交渉は成立しないの です.このような場合にメディエーターは,「なぜ1万 円でないとダメなのですか」,「こういう条件で値下げで きませんか」という質問をしていくのです.どちらが良 いという判断はしません.この例でいいますと,1万円 である理由とは,原料が不足している,人が足りない, 設計が難しいなどの「立場」に至った理由を聞き出すこ とになります.この理由こそが「利害」です.それぞれ の「利害」に着目すると,納期を1週間ずらして人を手 配するなどの解決策を見つけることができるかもしれま せん.このように「立場」の背景にある,原料価格や設 計の条件などの「利害」を理解して,お互い得になる Win-Winの合意条件を探しあうのです.
今回はわかりやすくするために民間企業の話をしまし たが,実際私がテーマとしているのは,公共政策に関す る交渉です.

取材風景
写真-2 取材風景


メディエーターとファシリテータ−とはどのように 異なるのですか.
明確な定義はなく区別は難しいですが,ファシリテー ターの役割は,議論の場で議事進行を行うことが中心に なります.メディエーターは,紛争アセスメントのノウ ハウや,合意文書案の取りまとめなどさらに技能が必要 になります.ですから,現場での進行や「立場」と「利 害」を分けるファシリテーターとしてのスキルは最低限 必要ですね.その他,感情的な対立が生じて交渉自体が 始まらない場合,メディエーターが対話を勧めることに より交渉を開始することもあります.また公共事業に関 する合意形成の場合のように,交渉に誰を参加させるか が重要な問題となる場合には,メディエーターが参加者 の選定を行います.わかりやすくいうと,ファシリテー ターは民間企業内部の会議でも利用されますが,社内で メディエーターは利用されません.

メディエーターには第三者としての立場が求められ ているのですね.
そうです.行政機関の人がメディエーターとなっても よいですが,住民が行政を疑わしいと思っている場合は, 現実的ではないと思います.また,メディエーターへの 報酬の支払が行政によって行われていれば,メディエー ターが本当に第三者としての立場で介入しているのかと いう不審感をもたれやすくなりますね.アメリカでは当 初,フォード財団などがメディエーターへの財政的な支 援を行い,そこでメディエーターの先駆者がいい成果を 残したために,プロフェッショナルの第三者として社会 に広く認められるようになったという経緯があります. 今ではメディエーター全般に対する社会的な信頼が確立 されているため,行政から給与が支給されるケースも珍 しくないようです.日本でも,メディエーターが職業と して誰にでも認められるようになるため,信頼をどのよ うに築いていくかが,メディエーターの普及の鍵になっ てくると思います.

仕事としてのメディエーター
メディエーターになるにはどうしたらよいですか. あくまでアメリカでの話ですが,都市計画関係の学科 には紛争処理などのコースがあるので,私のように学生 として学ぶという手段があります.また,民間企業が提 供するトレーニングコースで概要を知ることもできるで しょう.アメリカでは,弁護士や退職した行政官がメデ ィエーターになるケースも見られます.仕事としてメデ ィエーターをやってみて初めて得られる経験もあります から,プロになるにはある程度,OJT(On the Job Training)を行う必要があるだろうと私は思います.

松浦さんの「心得」
仕事一般において,表明している「立場」とその背景にある「(心の中で思っている/感じている)利害」を分けて考え,「利害」の部分に着目する.交渉学は生き様ですね.

メディエーターというお仕事は,日本でビジネスと して成り立つものなのでしょうか.
十分成り立つと思いますよ.しかしながら,現段階で は職業として認知されていませんね.まずメディエータ ーの社会的な位置づけが行われ,その存在が世間に認め られる必要がありますね.アメリカでは,1980年代に入 ってある程度実績のあるメディエーターたちを組織化す る動きがありました.日本でも,都市計画の分野で, 個々に活躍されているファシリテーターのような方々が いらっしゃるようですので,彼らが自発的に協力して組 織をつくりだす必要があると思います.また,いま最も 社会で必要とされているのは,メディエーターやファシ リテーターの養成だけでなく,中立的な財団の支援によ り市場にブレークスルーを起こすことではないでしょう か.メディエーターやファシリテーターがビジネスとし て成立していけば,雇用の創出にもつながるのではない かと期待しています.

学生へのメッセージ

最後に学生へのメッセージをお願いします.
どんな方法でも良いから,学校生活以外のいろいろな 現場に飛び出してみると良いと思います.サークルを含 めて学校の狭い人間関係の中で閉じない方が面白いこと ができるのではないでしょうか.海外に飛び出していく ことも一つの選択肢ですし,NPO等で働いてみるとい うのも一つの選択ですよね.留学に関していえば,英語 は予想するほど障壁にならないと思うので,日本で何か 難しいと感じたときに海外に出て行くのも一つの解決策 だと思います.最初から物怖じせず,アクションを起こ して欲しいですね.大言壮語では社会に自分の存在は残 せません.とにかく何も考えず頭と体をテキパキと動か してください.多くの学生さんは失うことを恐れるもの も少ないでしょうしね.

取材風景
写真-3 取材風景(左側:吉村委員  右側:松浦さん)


取材を終えて

今回は,学生編集委員として初めての取材です.明確 な問題意識を抱いて海外に飛び出し,交渉学に出会った という松浦さんのお話を聞き,アクティブに模索しなが ら自分の方向性を見定めていくことの大切さを改めて感 じました.私も自分のオリジナルな視点をもち続け,そ れを軸にして自分の領域を拓いていきたいと思いまし た.
【学生編集委員 吉村美保】

私は松浦さんとほぼ同時期に「現場での直接的なコミ ュニケーション」に興味をもったことを知り,時代の必 要性を感じました.また,「理論や技術」に着目した松 浦さんのお話は,とても興味深く勉強になりました.と くに,「根回し」が「かなり進んだコミュニケーション テクニック」だとは驚きです.アメリカの人も日本から いろいろなことを学んでいるんですね.
【学生編集委員 水谷香織】

(1)
ハーバード流交渉術(Fisher, R. and Ury, W.ティビーエス・ブリタニ カ,1998)
利害と立場を整理することが,交渉を合意に導くうえでいかに重要か を簡潔にわかりやすくまとめたベストセラーです.まずはこれを一読.
(2)
How to Make Meetings Work(Doyle, M. and Straus, D., Berkley Publishing Group,1993)
会議を効率的にすすめる実践的方法論をわかりやすく簡潔に整理した 本.会社や学校の会議の非効率に苛立ちを感じている人はこの本の方 法論を実践してみるとよいのではないでしょうか.ファシリテーター は必読.
(3)
Dealing with an Angry Public(Susskind, L. and Field, P., Free Press, 1996)
民間企業によるリスクコミュニケーションの新たなアプローチを提案 している本.民間・行政で渉外・広報を担当されている方におすすめ です.
(4)
Breaking the Impasse(Susskind, L. and Cruikshank, J.,Basic Books, 1989)
公共政策に関する合意形成に第三者がいかに関与するかを提案.土 木・都市計画分野での第三者利用を検討するうえで必読.手順をさら に詳しく記述したThe Consensus Building Manualという大著もあり ます.

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