Declaration
※このページの内容は土木学会誌2002年9月号に掲載されたものです。執筆者の肩書きは執筆時のものです。

景観・デザイン委員会委員長 篠原 修
 

1. デザインという仕事に対する誤解
 今年度も景観・デザイン賞の募集をしたい.昨年度の第1回に続き2回目となる.会員諸氏はこの景観・デザイン賞についてどう感じておられるのだろうか.大方の会員諸氏は自分には無縁のものと思っているのではないか.特に現場の第1線で活躍されている官公庁やコンサルタント, あるいはゼネコンのエンジニア諸氏がそう思っているのではないかと恐れる.自分には無縁のものと考える根底にはデザインという仕事に対する誤解がある.
 我国ではデザインと言うと, マスコミに登場するファッションを思い浮べる人が多いのではないか.その為か, 表面的な飾り, 本質とは無関係の余計なもの, 一種の遊び, 売らんが為の一時のはやり流行, 時には誤魔化し.それがデザインであると考えてはいまいか.つまり, デザインとはまともなエンジニアが手を出すべきことではない, そう考えているのではないか.

2. 土木の仕事
 このようなデザインにまつわる軽佻浮薄なイメージとは対照的な位置に土木の仕事はある.質実剛健, 泥臭い男の仕事, それが土木であり, 民を救済し, 国家や人類のためにあるのが伝統ある土木の仕事であった.この土木の精神は大河津分水の竣工に当って青山士が残した「万象に天意を覚る者は幸いなり, 人類の為国の為」という言葉によく表れている.

3. 土木のデザインの意味
 こう考えるとデザインと土木は無縁であるかのように思われる.しかし本当にそうであろうか.確かに土木の仕事の真髄は人々の暮しを安全に, 快適に, 更には豊かにすることにある.だが土木の仕事がそのような形而下のレベルに留まれるものだとは到底思えない.何故なら土木とは人間が暮らしていく空間と環境を, 更には風景を変え, 創り上げていく仕事だからである.それが人間の心と精神に影響を及ぼさぬ筈はない.アウトバーンの建設理念はこの辺の事情を指してこう言う.
「風景と土地とは, 人の生活と文化の基礎であり, 人を養育し, 人を作りあげる故郷である.技術者は, 社会の基盤を築く者であるという認識を持つならば, 風景と土地が保存されるように仕事をし, かつここから新しい文化価値が生れるように, その構造物を設計し, 創造する義務を有するものである.」
 ここにデザインの意義が明確に語られているように,道路や橋梁は人や車が通れればよいと言うものではない.それは我々の生活空間を形づくり, 国土の風景となり, 時に心の拠り所ともなる存在である.つまり, 人々の暮しを安全に, 快適に, 更には豊かにするのが土木の仕事だとするなら, 人々の暮しに安寧と美しさを与え, 更には精神と心に豊かさをもたらすが土木のデザインの役割に外ならない.高度成長以来のエンジニアは, そして国民もこの当たり前の事実を忘れていたのではないか.

4. 国土と精神の荒廃を救済しよう
 飾りではなく実質, 余計なものではなく不可欠, 遊びではなく誠実, はやり流行ではなく不易, 時にはエンジニアの祈り, それが土木のデザインである.国土と人々の魂の救済を願って, 心を込めて丁寧に作り上げること.この土木のデザインという行為を通じて, 高度成長以来の右から左へ機械的に仕事を流すことに疲れたエンジニア自身の魂も救われるのではないか.
 我国の都市, 田園, 国土の荒廃に危機感を抱き, こういう現在を招いてしまったエンジニアの精神の荒廃を憂える人々こそ, 土木のデザインが必要としているエンジニアである.丁寧に心を込めて, むしろひっそりと在る作品の応募を願う.
 
 
 

デザイン賞選考小委員会委員長 杉山和雄

 明治維新前夜,伊藤博文らと共に「西洋を良く知らねば」と英国へ密航留学した長州藩士5人組みの一人に山尾庸三がいる.彼は帰国後,殖産興業政策を推進するべく「工部大学校」(現在の東京大学工学部)の設立を提言するとともに,「ものを造ったならば,そのものは美しくなければならない」として,「工部美術学校」(現在の東京芸術大学)の設立を提言したとされる.明治建国の際に,すでにデザインの重要性がこのように明確に認識されていたということは驚きである.また,日本初の美術学校は純粋美術ではなく,デザインを目的として設立されたという事実も再認識するに値しよう.中村良夫先生は本デザイン賞の創設にあたって「公共事業の存在理由の問われるいま,文明の目標としての美しい国土の実現を誓うより他に国土運営を委任された土木技術者への信頼を繋ぎとめる手はない.」と述べているように,今こそ山尾の思想をしっかりと受け止め,美しい土木構造物の創出に努めねばならない.本年度も多くの方の応募をお願いしたい.

 さて,昨年の審査を通して本デザイン賞の審査の性格はより明らかになってきた.その一つは,本デザイン賞は,公共事業としての作品の審査であるため,整合性・適合性が問われるという点である.本賞では,設計条件,デザインで配慮した点,具現化に際し工夫した点を A43枚以内に記述することを求めている.すなわち,設計のねらいと作品との整合性,与条件や要求品質といった設計条件と作品との適合性が問われるのである.したがって,作品そのものにはある魅力を感じたとしても,ねらいとはずれていると思われたり,設計条件との適合性が薄い場合には評価は下がらざるを得ない.特異な工夫があったとしても,それがなぜ必要であったか記述されていない場合も同様である.昨年の場合は,審査員の方で調査して対応したが,公共事業としては十分な説明性を有すべきであろう.もう一つは,公共事業としての作品に対する審査員の期待感をベースにした評価である.デザイン配慮点や具現化に際し工夫した点がいくら整合性・適合性を有しているとしても,そうした期待感から見ると不十分である場合には評価は下がることになる.しかしそうした期待感のありようは人によって異なっており,場合によっては審査の信頼性を損なうことにもつながる.そこで本賞では初年度から,全審査員の審査評を公表することにより信頼性を獲得するとともに,「こうした方がもっと上手い解決ができる」といった解釈や期待感そのものが,新たなあるいは有益なデザイン指標になることをも期待している.言わば審査の全プロセスがデザイン技術の進展につながることを期待しているのである.
 
 

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