土木学会土木史研究委員会
 
平成15年5月7日
余部鉄橋対策協議会
会長 井戸敏三兵庫県知事 殿
(社)土木学会 土木史研究委員会
委員長 中村 良夫(東京工業大学名誉教授)

餘部橋梁の保全的活用に関する要請

新緑の候、貴協議会におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、(社)土木学会土木史研究委員会では『日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2000選』をまとめ、平成13年3月に刊行致しました。その中で餘部橋梁はAランクに評価されています。ちなみにAランクに相当する構造物は全国で432件現存しており、いずれも文部科学省指定の重要文化財に該当するものと本委員会では位置づけております。 餘部橋梁は現存する鉄道橋鋼トレッスル・プレートガーダー橋として規模が大きいだけでなく、わが国の鉄道橋のある風景としても最も有名なものであります。しかし貴協議会におかれましては、鉄道の定時制確保のため、餘部鉄橋の架け替えまで視野に入れた計画案の検討を進めておられると伺いました。

21世紀の地域づくりでは、その地域のアイデンティティをどこに求めるかということが最も重要となります。20世紀までは、便利で暮らしやすい町を目指してきましたが、それは必要条件であっても、十分条件ではありません。暮らしやすくとも、個性のない町には魅力はありません。暮らしやすく、かつ他に代えがたい魅力のある町、住民が「誇り」にできる文化が存在する町こそ、これからの地域づくりの目指すべき方向と考えます。餘部橋梁は近代化遺産としての重要性、希少性、知名度、そのランドマーク的なデザインとスケールから見て、十分「誇り」にできる文化資産であり、建設当時の関係者の意気込みや努力、チャレンジ精神を今に伝える他に例のない「正の遺産」といえましょう。まずはそのことを是非ご理解いただきたいと思います。

強風による列車の停止や遅延による鉄道の定時性低下が、貴地域の住民の生活や観光に無視できないマイナス影響を与えていることは理解できます。またこれまでに、餘部鉄橋への防風壁設置など慎重な対策の検討結果を踏まえて、新橋の建設という選択をご検討されていることも承知しております。いずれも、その最終的な目的が、貴地域の魅力を高めて地域を活性化することであると拝察します。そのために鉄道という公共交通機関の定時性確保は重要な方策ではありますが、歴史的文化遺産を尊重したまちづくり、歴史的構造物の維持管理のための先端的取り組みもまた、地域の有力な魅力づくりの方策と考えます。歴史的な構造物を補修し、保存活用することは、決して平凡な仕事ではありません。保存と創造を融合するような革新的構造システムへの挑戦こそが、未来にむかって地域の「誇り」となる文化を築くはずです。

最終的な地域活性化のための方策として、どれが最も望ましいか、費用対効果、将来性、効果の持続性、文化的意義など、広い視野での検討が必要と思われます。新橋建設による定時性向上の効果と、代替不可能な文化財である餘部橋梁の廃橋・撤去との得失を今一度総合的にご検討いただけますよう、要請いたします。

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