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土木構造物の耐震基準等に関する提言
(第一次提言)

平成7年5月23日

土木学会「耐震基準等基本問題検討会議」

要約

  1. 構造物の耐震性能の照査では、供用期間内に1〜2度発生する確率を持つ地震動強さと、発生確率は低いが極めて激しい地震動強さの2段階の地震動強さを想定することが必要である。
  2. 構造物が保有すべき耐震性能、すなわち想定された地震動強さの下での被害状態はその構造物の重要度を考慮して決定すべきである。重要度は、人命への影響、被害の社会経済への影響などを考慮して総合的に決められる。
  3. 兵庫県南部地震による被災経験に照らし、現行の耐震基準を見直すべきであり、その際、水平震度の割り増し、地盤の増幅特性の考慮、液状化による地盤の水平変位の照査などについての追加・修正が必要である。
  4. 兵庫県南部地震による被災経験を踏まえ、既存構造物の耐震診断を行い、緊急度により優先順位をつけ、必要な補強を早急に推進する。
  5. 耐震基準等の見直しに必要な研究開発を早急に促進する。

本文

1.はじめに

 平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震は多くの犠牲者を出すとともに道路・鉄道の橋梁、岸壁・護岸等の港湾施設、地下鉄、地下埋設管、堤防などの広範、多種な土木構造物に未曾有の大被害を発生させ長期に亘り都市機能を麻痺状態に陥れている。

 土木学会は地震直後より数次に亘り調査団を現地に派遣し、被害実態の把握、被害原因の究明に努めるとともに、多くの土木学会会員は応急復旧・復興に対する助言を関係各機関へ行って来ている。さらに、土木構造物の被害の重大性に鑑み、学会内に「耐震基準等基本問題検討会議」を設置し、検討を重ねて来ている。

 本報告はこれらの検討事項を整理して、現行耐震基準等を検討する際の基本となる方針を提言としてまとめたものである。土木構造物の被害の詳細については、現在関係各機関で調査中であり、また被害原因についても土木学会をはじめとする関係機関が設置した各種委員会で究明中である。今後、これらの委員会の検討結果を踏まえて、土木構造物の耐震基準等の見直しに関する具体的な提言がなされる予定である。

2.兵庫県南部地震による地震動に関する基本的見解

 兵庫県南部地震は六甲断層系の活断層による内陸型地震である。過去にもマグニチュード7以上の内陸型地震は、1891年濃尾地震、1927年丹後地震、1930年北伊豆地震、1943年鳥取地震、1948年福井地震等が発生しており、その例は少なくはない。しかしながら、浅い震源をもつ内陸型地震は海洋型地震と比較してその影響範囲が局地的であるため、都市部を直撃する確率は比較的低く、兵庫県南部地震は大都市圏を直撃する直下型地震としては初めての例となった。

 今回の兵庫県南部地震による地表の強震記録の中には0.8Gを越える最大加速度や1m/秒前後の最大速度を示すものがあり、これらは日本で観測された強震記録として最大級のものと言える。浅い震源をもつM7級の地震が発生した場合、震央域では強烈な地震動を生ずるであろうことは前述の地震による被害からも推測されていたが、それらは強震観測が始まる以前の地震であり、定量的には未知の問題であった。しかし近年1993年釧路沖地震で1Gに近い地表面加速度が観測され、さらに1994年ノースリッジ地震において1Gを超える記録が得られて、定量的な議論が始められている中で兵庫県南部地震が発生した。

 兵庫県南部地震を引き起こしたような活断層は日本の内陸部に少なくない。その活動する間隔は数百年から数千年とされ、地震の有史年数に比べてかなり長く、発生の不確実性もまた高いと言わなければならない。一方、日本の地震活動は静穏期から活動期に入り、直下型地震が従来よりも高い頻度で発生するであろうとの指摘がなされている。また、国土の開発に伴って都市への人口の集中、社会資本の拡充が進んでいる。したがって、今後、土木構造物の耐震性能を検討するにあたっては、兵庫県南部地震のように震源が浅く、かつ規模の大きい直下型地震による地震動も考慮の対象に含めることが必要である。

3.土木構造物の被災状況から見た現行耐震基準等に関する見解

(1) 被害の実態と耐震基準の現状

 震央域および近接した地域の道路・鉄道の鉄筋コンクリート橋梁には激しい地震動により甚大な被害が発生した。特に、橋脚は鉄筋コンクリート製、鋼製ともに弾性領域内で挙動したものはほとんどなく、これらの被害の度合は塑性領域の変形性能に依存したものと考えられる。鉄筋コンクリート橋脚の塑性領域における変形性能の照査とせん断補強については、昭和55年頃より逐次耐震基準に採用されて来た所であり、今回大破した橋脚の大部分はそれ以前の基準によるものであった。鋼製橋脚には座屈などの被害が発生したが、現行の基準には変形性能の照査に関する規定が存在しない。

 護岸際の橋脚が変位、傾斜し、桁が落下する被害が発生した。この原因として液状化による地盤の水平移動や地盤の軟化による応答変位振幅の増大が考えられている。しかし、現行耐震基準では地盤の水平移動の影響は考慮されていない。また、道路橋では落橋防止対策が講じられていたにもかかわらず、桁が落下する被害が発生した。

 港湾地区では岸壁や護岸が地震動による慣性力や地盤の液状化により大きく移動し、背後の地盤が顕著に沈下する被害が発生した。岸壁や護岸が移動し、背後の液状化した地盤に水平移動が発生した事例もあった。一方、現行基準にのっとり最大級の配慮を払って建設された、いわゆる耐震強化岸壁は被害をほとんど受けていなかった。

 ライフラインの埋設管路の被害は建設年代が古く、かつ比較的強度が低い管路に集中した。可撓性継手等を有する管路、良質な熔接鋼管の被害は軽微であった。しかしながら、液状化に伴う地盤の側方流動や大規模沈下によって、これらの管路にも比較的少数ではあるが被害が発生した。ガス、上下水道、電力等の埋設管および洞道の現行耐震基準では液状化に起因する地盤の大きな変位は考慮されていない。さらに、比較的地盤条件が良好な地盤においても地震動の変位振幅が大きかったことに起因すると見られる埋設管被害が発生した。

 開削工法による比較的浅い地下鉄に大被害が発生した。地下鉄、共同溝等の現行耐震設計基準では、地盤変位を考慮した応答変位法が耐震計算法として採用されている。被災した地下鉄はこの計算法の採用以前の旧基準により設計されたものであり、設計方法と被害との関連を検討することが必要である。

 危険物施設に関しては旧基準に準拠した貯槽には傾斜、移動が生じたが、現行基準に依った貯槽には被害が発生していない。高圧ガス施設に関しては、液状化による沈下、側方流動の影響を受け、配管系からの漏洩が発生したことから、貯槽と配管系の接合部の耐震性の検討が必要と考えられる。

 河川堤防、溜池、および擁壁等の土留め構造物にも被害が発生した。これらは一般的には耐震性が考慮されていない構造物であるが、特に周辺地域への影響が大きいものについては総合的な耐震的配慮が必要と考えられる。

4.耐震基準等に関する提言

 耐震技術の発達とその成果が耐震基準等に反映される中で、「供用期間と同等の再現期間を有する地震動に対しては無被害であり、発生確率がきわめて小さいがその地点で発生しうる最大級の地震動に対しては人命を損ねるような重大な被害を防ぐこと」が多くの土木構造物の耐震性能の基本目標とされて来た。兵庫県南部地震は、 i)新しい耐震基準による構造物ほどこの目標の達成度が高いこと、しかし、ii)最近の基準においても検討を要する課題が残されていること、を示した。これを踏まえ、以下の提言を行う。

(1) 耐震設計において想定する地震動と地震外力

 土木構造物の耐震性照査では原則として、 i)構造物の供用期間内に1〜2度発生する確率を有する地震動強さ、およびii)海洋型地震や直下型地震による地震動のように、供用期間中に発生する確率が低い地震動強さ、の2段階を考慮する。耐震設計計算で用いられる地震外力は上記の2段階の地震動強さに当該地盤の増幅特性、および構造物の動的特性等を考慮して決定する。

 地震外力を決定するための地域係数については、最近の地震学および地震工学の知見を取り入れるための検討が必要である。海洋型地震のみならず、活断層の活動状況・分布を考慮し、地域に密接したきめ細かいゾーニングによる地域係数の導入を図る。

(2) 重要度と保有すべき耐震性能

 土木構造物が保有すべき耐震性能は構造物の重要度および耐震設計において想定する地震動の発生頻度等を総合的に考慮して決定されなければならない。

 構造物の重要度は、 i)構造物が損傷を受けた場合に人命・生存に与える影響の度合、ii)発災後の避難・救援・救急活動と二次災害防止に影響を与える度合、iii)地域の生活機能と国際的視野をも含めた経済活動に与える影響の度合、およびiv)都市機能の早期復旧に与える影響の度合、および復旧の難易度、等をもとに決定される。

 また、耐震性能を規定するための構造物の具体的な状態としては、 i)無被害、ii)構造物としての機能を維持しているが補修が必要な状態、iii)崩壊又は完全な破壊ではないが構造物の機能が喪失している状態、およびiv)崩壊又は完全な破壊、等の数段階が考えられる。

 世界有数の地震国であるわが国においては土木構造物の建設および維持管理において耐震安全性を確保することは基本的な要件である。しかしながら、構造物の耐震設計は地震による被害を軽減もしくは防止するための手段であって、社会の経済的能力や土地資源などの制約下で耐震設計された構造物には自ずから強度的にも限界があるということが正しく社会一般に理解されるような努力が必要である。

(3) 耐震基準において新たに考慮すべき事項、および修正すべき事項

 土木構造物の種類、構造形態、動力学的特性はいずれも多様であり、これまでの提言に基づく検討は構造物の種別ごとに入念に行われるべきであるが、現段階で指摘出来る事項を以下に挙げる。

耐震基準で今後新たに考慮すべき事項は下記の通りである。

耐震基準で見直すべき事項は下記の通りである。

(4) 既存構造物の耐震補強

 既存構造物の耐震補強の必要性の有無については構造物別の被害原因の調査結果を待たなければならないが、既存構造物の耐震強度を入念に診断して、その結果に基づいて適切な補強方法を採用しなければならない。また、耐震補強においては構造物の重要度によって補強の優先順位を適切に定める必要がある。この場合の構造物の重要度の決定にあたっては、(1)で述べた構造物の重要度評価に関する提言が参考になろう。さらに、耐震補強の優先順位の決定に際しては地域における地震発生の切迫度も考慮する必要がある。

5.研究・開発の促進

 以上述べた耐震基準等の改訂に関する本検討会議の提言をより深度化するために、以下の研究・開発を促進する必要がある。


土木学会「耐震基準等基本問題検討会議」・分科会の設置

 土木学会「耐震基準等基本問題検討会議」の下に以下の4分科会を設置し、今後の提言のための必要な調査・研究を行う。各分科会は、土木学会の常置委員会のメンバーを含む横断的な構成とする。また、必要に応じて他の学協会員の参画を求める。

【分科会−1】 設計用入力地震動

検討項目: 設計用入力地震動、直下型地震の地震動特性、想定地震動と設計震度、地域係数、活断層の分布と活動度、その他

【分科会−2】 耐震設計法

検討項目: 重要度と耐震性能、動的解析法の整備と耐震設計への活用、液状化の判定、その他

【分科会−3】 耐震診断と耐震補強

検討項目: 耐震診断法、耐震強度の考え方と方法、優先順位の決定法、その他

【分科会−4】 地域防災計画

検討項目: 社会経済に及ぼす影響、安全性のレベルと負担の割合その他


土木学会「耐震基準等基本問題検討会議」の構成

<順不同・1995−4−10 現在>
議長 田村重四郎 日本大学教授(土木学会耐震工学委員会委員長) <耐震工学>
副議長 石原 研而 東京理科大学教授 <土質・基礎工学>
委員 亀田 弘行 京都大学教授・防災研究所 <耐震工学>
岡田 恒男 東京大学教授・生産技術研究所 <建築耐震工学>
町田 篤彦 埼玉大学教授 <コンクリート工学>
家村 浩和 京都大学教授 * <耐震工学>
福本ゆう士 大阪大学教授 <応用構造学>
首藤 伸夫 東北大学教授 <津波学>
岡村  甫 東京大学教授 <コンクリート構造>
森地  茂 東京工業大学教授 <交通計画>
今田  徹 東京都立大学教授 <トンネル工学>
龍岡 文夫 東京大学教授・生産技術研究所 <基礎地盤工学>
阿部 勝征 東京大学教授・地震研究所 <地震学>
浜田 政則 早稲田大学教授 *<土質基礎工学>
土岐 憲三 京都大学教授 <耐震工学>
片山 恒雄 東京大学教授・生産技術研究所 <都市震災軽減工学>
高田 至郎 神戸大学教授 <構造工学>
大町 達夫 東京工業大学教授・大学院総合理工学研究科 * <地震工学>
伯野 元彦 東洋大学工学部長 <地震工学>
佐藤 忠信 京都大学助教授・防災研究所 <耐震工学>
東原 紘道 東京大学教授・地震研究所 * <地震工学>
土田  肇 沿岸開発技術研究センター理事長 <港湾工学>

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