土木学会コンクリート標準示方書

東京大学名誉教授 岡村甫

限界状態設計法と安全係数

  土木学会コンクリート委員会は、若手を中心とする「終局強度設計小委員会」を1968年に設置して調査研究を始め、調査結果の一部を鉄筋コンクリート「終局強度理論の参考」として1972年に、鉄筋コンクリート「設計法の最近の動向」として1975年に発刊した。その後は目標をコンクリート標準示方書の改訂に絞った調査研究を続け、コンクリート構造「設計指針第二次素案」を1977年に、コンクリート構造の「限界状態設計法試案」を1981年に刊行した。

 「終局強度設計小委員会」は「限界状態設計法小委員会」に改組され、主として幹事会において、さらに検討を進め、コンクリート構造の「限界状態設計指針(案)」を1983年に刊行した。これとほぼ同じ内容が、コンクリート標準示方書「設計編」に1986年に採用され、調査研究を開始して18年目にようやく日の目を見たのである。

 「限界状態設計法試案」作成時における主な議論の一つは安全係数の数であった。「許容応力度」や「終局強度」に基づく設計法で用いる安全係数は実質1個である。限界状態設計法を採用した「CEB−FIP指針」では2個の安全係数を用いることが提案された。我々は、部材耐力の設計用値を求める過程で用いる安全係数を材料係数と部材係数とに分離し、外力から部材断面力の設計用値を求める過程で用いる安全係数を荷重係数と構造解析係数とに分離し、断面力と断面耐力の比較を行う段階で用いる構造物係数を加えて、合計5個の安全係数を用いることに落ち着いた。コンクリート工学における進歩をそれぞれの安全係数に反映することを配慮したからである。この考えは以後の「コンクリート標準示方書」に引き継がれている。

 部材耐力の算定に用いる安全係数を材料係数と部材係数との2個に分離したのは、材料・施工の進歩と耐力算定式の進歩とを独立に採りいれるのが主たる目的である。基本的には、材料係数は施工の影響を、部材係数は耐力算定式の不確かさ考慮するためのものである。

 鉄筋は施工の影響をほとんど受けないのに対し、コンクリートは現場施工の良し悪しでその品質は大きく影響を受ける。鉄筋においても継手部では施工の影響を受けるので、施工の信頼度に応じて、材料係数の値を定めるのが望ましい。コンクリートにおいても、材料分離の小さいコンクリートや施工の信頼度が高い場合には、その値を小さくできる。

 せん断耐力などの実験式はその下限値に近い式を用い、理論的根拠に基づく曲げ耐力算定式などは平均値を表すのがそれまでの方法であった。後者の考えに統一することとし、実験式の精度はこの部材係数の値で表わすこととした。なお、版、梁、柱など部材の重要度をこの係数で扱うのが便利である。また、せん断耐力の部材係数を曲げ耐力よりも相対的に大きくし、耐震性能を向上させることも可能である。

 
耐久性設計

 「耐久性設計小委員会」を1988年4月に立ち上げ、翌年8月にコンクリート構造物の「耐久設計指針(試案)」を発刊した。その中で総合的かつ定量的な耐久設計方法や具体的な環境指数と耐久指数を提示し、1995年にはその改訂版も出版された。

 1999年版コンクリート標準示方書「施工編」— 耐久性照査型 — は、耐久性の向上を図るべく設けてきた各種の規程を整理し、施工段階におけるひび割れ照査を独立した章とした。また、コンクリートの性能を、施工段階に必要な性能と維持管理段階で必要な性能に区分して取扱い、品質管理と検査との区分を明確にした。

 示方書はその時点における技術レベルを前提として、一定水準以上の構造物を造るように作成されるものであるが、技術の進歩発展を阻害するおそれを常にはらむ。したがって、必要に応じて改訂を図ると共に、新しい技術を容易に取り入れることのできる体系とすることが望まれ、この示方書はそれを意識して作成されたのである。しかし、使い易さという観点では、1996年版「施工編」に劣ることも確かであり、その内容を本質的に同じとし、どちらを使っても良いことにした。

 構造物の種別ごとに、推奨する「材料・施工法」は、その時点での技術レベルで、自ずと定まるものである。この示方書に基づいてそれを提示するのが、優秀な技術者の役目である。そのひとつの例が、2007年に発刊された「施工性能に基づくコンクリートの配合設計・施工指針(案)と思う。この種の指針が増えていくことを希望している。