コンクリートの今とこれから

京都大学教授 宮川豊章

  土木コンクリート構造物は、基本的 “丈夫で、美しく、長持ち (Tough, beautiful and durable)” しなければならず、しかもそのような例は多い。地震・台風・津波が来ても壊れないあるいはうまく壊れてくれ、市民の誇りとなるような美しさを持ち、子孫曾孫以降の世代でも用いることのできるように長持ちしなければならない。我が国においては、インフラの数的充実が社会的な緊急要請であった高度経済成長の建設の時代から、建設も必要ではあるものの維持管理の重要性が増したインフラの質的充実が必要な時代に大きく舵が切られたと思っている。

 丸山委員長の後を受けてコンクリート委員会委員長を引き受けたとき、私は大方針とする3本柱として、 “時間軸での性能照査、国際化、環境” を示した。コンクリート構造の性能照査については、性能照査の技術はすでにその必要性が言われ示方書も性能規定化され世に認知されつつあった。しかし、必ずしも適切なレベルに達しているとは言い難く、特に時間軸での性能照査はまだ十分とは言えず未熟であったと言って良い。時間軸での照査が可能であって初めて維持管理の時代を乗り切ることができると考えている。また、国際化については種々の国における共同WSを開催するとともに、英文示方書の発刊を行った。もっとも当初の計画である1年間での完成には無理があり、3年ほどを要してしまった。もう少し素早い対応が必要だったと思っている。環境については2012年版の示方書にずいぶん注意点が取り入れられた。コンクリート標準示方書[基本原則編]においては、数々の議論の結果、環境に関する記述が充実している。

 現在示方書は性能照査型になっている。しかし、人間に真に必要であり同時に喜びであるのは創造としての設計行為であると考えている。照査においては、合理的な論理のみでもある程度の対応は可能であるかもしれないが、設計となると感性もまた要求され、技術者の経験に基く “勘” が必要となる。工学の原点は経験にある。特に自然の中にある土木工学には経験工学の側面がある。コンピューター、ITあるいはシステムはあくまでバーチャルである。土木は自然と対峙する建設や維持管理の現場が眼目であり執務室ではない。現実の現場には思いがけない気付き、知識が隠されている。道具の独走を人間が制御する仕組みが必要であると思う。私はそれを種々の場面における現場の経験に基づく人間力に期待している。

 コンクリート構造物は市民社会のインフラをなしている。しかし、その重要度は部材によって大きく異なる。したがって、個々の部材・部分のシナリオを想定し環境性も含めた設計・施工・維持管理を行うことが必要であると考えている。シナリオを造ることには、単なる技術力だけではなく、哲学を含む人間の文化的側面もまた要求されるだろう。これらの行為が可能であるような、四次元空間におけるコンクリート構造物の挙動把握に関する研究が今後も続くことを希望している。