コンクリート標準示方書と技術開発

長岡技術科学大学名誉教授 丸山久一

  コンクリート標準示方書は、1931年発刊以来、その名の示すようにコンクリート技術のあり様をまとめるとともに、技術開発の方向を示し続けている。欧米ではCode(fib Model Code、ACI Code)と呼んでいるが、それらと比較すると、扱い方に社会的・文化的な背景が反映されていて、必ずしも同じではない。科学や個々の技術に国境はないが、体系としての示方書やCodeは微妙に異なっていて、それが新たな技術開発の基ともなっている。

 コンクリート標準示方書は、発刊当初から材料・施工に重きを置いていた。国土の整備やエネルギー確保の観点で、港、道路舗装、ダム等の構築に適したコンクリート材料の開発、施工技術の開発を基として、大いに貢献してきた。設計については、許容応力度設計法を採用していて、1986年に限界状態設計法が採用されるまで変わらなかった。

 1970年頃から、土木学会コンクリート委員会においてコンクリート構造の力学的特性に関する研究が精力的に始められた。米国の実務的な研究手法を参照しながら、欧州の科学的な手法を積極的に取り入れ、わが国のコンクリート構造の研究開発を大きく進めた。十数年の成果が1986年のコンクリート標準示方書に反映され、「設計編」として独立した冊子となった。55年に及ぶ許容応力度設計法から限界状態設計法に大きく変わり、ページ数も60ページ程度のものから3倍以上の180ページを超えたものとなった。

 この時、施工編にも新たな内容が加わっている。マスコンクリートの温度ひび割れ制御に関する項目に数値計算手法が取り入れられたことである。コンクリートの発熱量に基づく変形を具体的に計算し、変形によって発生する応力とコンクリート強度とを比較してひび割れ発生を予測するものである。このことにより、コンクリートの材料・施工技術と構造設計が結び付けられる端緒が開けることとなった。その後、この分野の研究が大きく進展し、現在では、温度応力および温度ひび割れ制御に関する技術は世界でも注目されるものとなっている。

 現在のコンクリート標準示方書がfib Model CodeやACI Building Codeと比較して大きく異なっているのは、分冊にはなっているものの設計編と施工編が同時にかつ同等に扱われていることである。示方書改訂小委員会の構成は、構造、材料、施工の専門家からなっていて、総合的な議論がなされている。その結果、材料や施工の実態を反映した構造設計になるとともに、構造物の特性を念頭において材料開発や施工技術の開発がなされている。代表的なものとして、高流動コンクリートや自己充填コンクリートの開発、施工性能に基づくコンクリートの配合設計体系の確立、コンクリートの収縮やクリープに関する予測技術の開発などが挙げられる。

 一方、Codeの内容を見る限り、fibおよびACIは設計を主体として構成されている。材料や施工に関する技術の記述がないわけではないが、分量的に非常に少ない。また、ACIでは別に施工に関する大部の書物が刊行されている。ただ、それは全く別の専門家からなる委員会でまとめられている。

 数値解析技術の積極的な取り入れもコンクリート標準示方書の特長である。前述の温度応力解析やクリープによる変形解析の他、耐震設計では時刻歴の非線形応答解析を基本としている。1995年に発生した阪神大震災におけるコンクリート構造物の崩壊は、この分野の技術者、研究者に大きな衝撃を与えた。1996年発刊のコンクリート標準示方書〔耐震設計編〕では、これまでの静的解析を拡大し、動的応答解析を主体とした耐震性能照査方法を導入した。その後の技術開発により、コンクリートや鋼の材料非線形および履歴特性に基づく構造物の時刻歴応答解析が可能となり、この分野では世界の最先端を行っている。

 個別の技術については、土木学会の100周年記念事業として発刊された「日本が世界に誇るコンクリート技術」にまとめられている。そちらを是非参照されたい。