序文 (土屋義人,昭和60年11月)

ゾイデル海の締切は,1916年の大高潮災害を契機として,理論物理学の主峰
ローレンツ博士を委員長とする調査委員会を設け,1918年より8年間にわたる
研究調査の結果に基づいて計画施工された.かれ自身の理論物理できたえた
数学の腕と物理的な感覚,直観力による適切な理論展開で,浅海における潮
汐や高潮の理論が作られ,それらは簡単な場合から次第に複雑な場合に,ひ
とつひとつの実験や観測で検証され,十分な確信が得られてから実際に適用
された.理論物理学の朝永博士によれば,これは政治家,科学者,技術者の
最も美しい協力の実例であり,それがまた驚くほどみごとに成功した例であ
るといわれる.

ほぼ同年代に,信濃川の洪水対策として,大河津分水が完工したのが1922年
であるから,すでに60年余を経過した.当時,わが国最初のこの分水工事に
よって何が起るか論議されたことはいうまでもないが,対象海域について定
期的な深浅測量が義務づけられたことは大変意義深いものといえる.しかし,
信濃川の旧河口を中心とする海岸は,地盤沈下とあいまって著しい海岸侵食
を余儀なくされ,1948年ころより富山海岸,皆生海岸とともに海岸侵食の調
査が始められ,わが国の海岸工学,とくに漂砂,海岸侵食の研究の基礎とな
ったことは周知のとおりであるが,現在なお,分水工事による漂砂源の変化
に対する恒久的な侵食制御法の確立が望まれているといってよい.

わが国は災害国であるが,その開発はめざましく,21世紀に向って高度の都
市化時代を迎えている.その中で,海岸工学の研究においては,治岸海域の
開発に対応して海岸防災技術と海岸環境の管理技術の進展など究明すべきも
のが多い.それには,応用数学から地形学,生態学など数多くの分野が関与
するので,大学における基礎研究,各研究機関における研究から,実際面へ
の適用という適切な協同研究を推進すべきであり,そこには有効なパラダイ
ムが必要となろう.これまで諸先輩と同僚諸氏の努力によるいくつかのパラ
ダイムによって,わが国の海岸工学のめざましい発展をもたらしたことは敬
服の至りであるが,同時に新しいパラダイムが生れることを期待したいもの
である.

本講演会では,157編の論文が発表されるので,この機会に十分討議されて,
新しいパラダイムの育成とそれぞれのプロジェクトの推進に役立てていただ
きたい.また,日本海沿岸の海岸保全に関するシンポジウムが企画されてい
るので,海岸工学の研究成果のみならず,海岸地形学の知見をも考慮して,
恒久的な侵食制御の方法論について討議されることを望みたい.

最後に,本講演会を開催するに当って,絶大な御後援をいただいた土本学会
関東支部,同新潟会をはじめとする各関係機関の方がたに対し深く感謝する
とともに,本講演会論文集の編集にあたられた当委員会編集小委員会ならび
に土木学会事務局担当者に謝意を表明する.


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