関東の土木遺産 関東の土木遺産
土木遺産の概要 施設位置図 施設一覧
   
栃木県
わたらせがわじょうりゅういきあしおのさぼうえんていぐん
渡良瀬川上流域足尾の砂防堰堤群
R3年度認定(2021)
1.名 称:
わたらせがわじょうりゅういきあしおのさぼうえんていぐん
渡良瀬川上流域足尾の砂防堰堤群
2.完成年:
① 井戸沢口砂防堰堤 1940(昭和15)年
② 深沢上流砂防堰堤 1947(昭和22)年
③ 深沢砂防堰堤 1947(昭和22)年
④ 仁田元砂防堰堤 1949(昭和24)年
⑤ 内籠川一号砂防堰堤 1956(昭和31)年
⑥ 深沢一号砂防堰堤 1956(昭和31)年
⑦ 神子内砂防堰堤 1956(昭和31)年 1985年補修
⑧ 足尾砂防堰堤 1955(昭和30)年 1976年増強 1996年補修
⑨ 井戸沢砂防堰堤 1959(昭和34)年 1999年補修
⑩ 井戸沢下流砂防堰堤 1960(昭和35)年 2001年補修
⑪ 松木川一号砂防堰堤 1964(昭和39)年 1976・1985年補修
⑫ 松木川二号砂防堰堤 1967(昭和42)年
⑬ 松木川三号砂防堰堤 1970(昭和45)年
3.形式等:
① 重力式 粗石コンクリート堰堤 、天端 石張 (堤高 8 .0 m 堤長 27.0 m)
② 同 上 (堤高 7.7 m 堤長 21.0 m)
③ 同 上 (堤高 7.8 m 堤長 17.0 m)
④ 同 上 (堤高 26.0 m 堤長 114.0 m)
⑤ 同 上 (堤高 15.0 m 堤長 32.0 m)
⑥ 同 上 (堤高 13.0 m 堤長 42.0 m)
⑦ 同 上 (堤高 13.0 m 堤長 50.0 m)
⑧ 同 上 (堤高 39.0 m 堤長 204.4 m)
⑨ 同 上 (堤高 10.0 m 堤長 47.0 m)
⑩ 同 上 (堤高 10.5 m 堤長 37.0 m)
⑪ 同 上 (堤高 15.0 m 堤長 99.0 m)
⑫ 同 上 (堤高 15 .0 m 堤長 81.0 m)
⑬ 同 上 (堤高 15.0 m 堤長 92.0 m)
4.設計:
①足尾砂防工場、②~④日光砂防工事事務所、⑤~⑪渡良瀬川砂防工事事務所、⑫~⑬渡良瀬川工事事務所
5.施工:
①~④直営、⑤玉川土建、⑧大林組、⑨相良組、 ⑩相良組、⑪吉新組(S31-34年)、相良組(S35年)、野口建設(S36年)、佐藤建設(S37-39年)、⑫飛島建設、⑬名工建設・佐藤建設(S43年)、名工建設(S44年)、名工建設・生方組(S45年)
6.推薦理由:
 渡良瀬川は、栃木県日光市足尾の皇海山(すかいさん)および庚申山(こうしんざん)等の湧水を合わせ源流として、栃木・群馬県境を跨ぎながら南西に下り、その後は栃木県足利市街地のほぼ中央を横断し、ラムサール条約批准の地・渡良瀬遊水地を経て利根川に合流する一級河川である。源流に位置する足尾地区は、近世初期の銅の鉱脈発見以降、江戸幕府の御用銅として江戸城や芝増上寺・日光東照宮の銅瓦に使用され、近代に入り古河市兵衛による採鉱・選鉱・精錬技術の近代化により、本邦一の銅生産地となった。反面、銅の精錬過程で排出される大量の亜硫酸ガスにより、周辺の山の表土は酸性土壌化するとともに、また銅山坑内の支保材および精錬のための薪炭材としての山林の乱伐、さらに冬季における乾いた季節風による土壌凍結と脆弱な地質で急峻な地形という地域特性も加わり、足尾の山は植物が枯れ果て草木の育たない荒廃地と化した。当時の状況について、建設省関東地方建設局調査課の「足尾堰堤地質調査報告書(昭和25年8月29日)」には、『・・・・山地は27,000町歩の広さでその中400町歩の地域は、植物枯死し一草も見ることのない裸地で降雨毎に山骨崩壊して多量の土砂岩屑を押流し河道を埋める。今日では岩石風化し林相の回復は困難と思われる。・・・・』と記されている。湧水を源とする松木川・仁田元川・久蔵川等の小河川は降雨の度に、鉱毒とともに山肌を削って発生する大量の土砂を渡良瀬川に流出し、渡良瀬遊水地(旧赤麻沼周辺)に至る広大な下流域に甚大な被害をもたらす土砂災害が常習化した。
 このような状況を踏まえ、渡良瀬川上流域の内務省直轄砂防事業は、1925(大正14)年に提出された沿川住民による水源涵養に係る請願書が端緒となり、1937(昭和12)年に内務省東京土木出張所足尾工場が設置され、同年から1945(昭和20)年に至る9年度継続事業として、流出土砂の軽減・抑止と渓岸の崩落防止を目的とした砂防堰堤および山腹工事に着手されることになった。しかしながら、折柄の戦中戦後の混乱と窮乏による事業費の縮小により、芳しい進展はなかった。そんな中、1947(昭和22)年のカスリン台風・1948(昭和23)年アイオン台風・1949(昭和24)年キテイ台風の度重なる大型台風の襲来により、足尾荒廃地から流出した大量の土石流により、下流周辺地域は未曽有の被害を被った。少量の降雨でも土砂の流出が絶えなかったところに、多量の降雨を伴った大型台風の襲来は、その下流地域に甚大な被害を与えたのである。因みに、カスリン台風は降雨継続36時間に390.5㎜、アイオン台風は27時間 298.5㎜、キテイ台風は36時間 435.0㎜であった。カスリン台風では、渡良瀬川へ流出した土砂は群馬県桐生市赤岩橋で約570万㎥と推定され、このうち足尾荒廃山地の土砂が約290万㎥にも及んだとされている。
 これにより、1950(昭和25)年に渡良瀬川砂防工事事所が新たに開設され、遅滞していた足尾地区の砂防施設の整備が促進されることになった。松木川・仁田元川・久蔵川の三川合流地点に、その膨大な予算と工期から見送られてきた戦前から計画されていた足尾砂防堰堤の建設が具体化した。工事規模や機械設備の必要性等を踏まえ当時における最初期となる請負方式が採用され、大林組・熊谷組・間組・鹿島建設・西松建設・清水建設の6社が指名され、同年8月18日工事現場の説明、26日の入札の結果、大林組が施工業者に決定した。同年1月および4月に土木研究所に依頼された地質調査(弾性波探査・電気抵抗法等)の結果、堰堤予定箇所の河床基盤は砂礫の堆積が右岸側16.3m、左岸側26.3mであり、堰堤の基礎を河床上に置くことが困難であることが確認された。これらを踏まえ、河床上は非溢流形式の堰堤、左岸寄り中腹岩盤に溢流堰堤(水通部を築造し、導水堤により下流120mにて元河道に放流するよう設計された。1950(昭和25)年8月から第一期工事が始まり、1955(昭和30)年1月に東洋一の規模となる足尾砂防堰堤が完成した。
 このように、足尾地区の砂防堰堤は、土石流・渓床堆積物の流出等土砂災害および洪水氾濫への対策として、1937(昭和12)年の内務省東京土木出張所足尾工場の設置を端緒として取り組みが開始された。1940(昭和15)年井戸沢口砂防堰堤の竣工を皮切りに、順次大小の堰堤が築造され、現在も継続して築造・整備が進められている。
 また、1956(昭和31)年に足尾銅山で自溶炉製錬法が導入され亜硫酸ガスから濃硫酸が回収されると、足尾山地では本格的な緑化活動が開始された。公共事業としての取り組みは、その後地元の住民を中心に広がり、春の植樹デーが毎年開かれ、小学生の体験植樹など学校からの申し込みによる参加が増え、さらにボランティアによる植樹体験という形が出来上がった。1996(平成8)年に「足尾に緑を育てる会」が設立されてから、2002(平成14)年にはNPO法人に、2010(平成22)年には日本ユネスコ連盟のプロジェクト未来遺産に登録される等、その活動は定着するとともに高く評価されている。
 今回、土木学会選奨土木遺産として推挙するのは、当該地区で最初に築造された井戸沢口砂防堰堤(1940年)完成、わが国を代表する規模の足尾砂防堰堤(1955年)完成等を含めた、築50年を経過し今尚現役で機能している砂防堰堤13基である。中には補修履歴のある砂防堰堤も含まれるが、機能の維持・増強のための補修であり、形態を激変する大きな改修ではない。むしろ補修せざるを得ないほどの過酷な環境下であることの証左でもある。これらの砂防堰堤群は、脆弱な地質・急峻な地形・土壌凍結という過酷な地域特性に加え、近代における殖産興業政策の具現化に伴う環境軽視が招いた大規模な土砂災害への反省とその対策・効果を今に伝えるものである。加えて、官民協働事業としてのボランティア植樹体験システムの確立とその地道な活動等、環境学習の場としての意義 を物語るモニュメントでもある。何の装飾性もなく、人里離れた山奥に、人知れず、地域の安全・安寧のために存在しているこれらの砂防堰堤群は、土木の本質を寡黙に物語る遺産として、後世に伝えていくべき歴史・文化遺産でもある。
7.所在地:
栃木県 日光市
8.管理者:
国土交通省関東地方整備局 渡良瀬川河川事務所
9.特記事項:
管理者および関係官庁等と調整済み。
10.PR方法:
11月上旬に開催予定の土木学会関東支部 栃木会の「土木の日の集い」において、認定書および銘板の授与式をおこなう。また、新聞各社などマスコミへの周知を積極的に行う。
11.連絡先:
国土交通省関東地方整備局 渡良瀬川河川事務所
砂防調査課長 清水 勉 氏
〒326-0822 栃木県足利市田中町661-3
tel. 0284-73-5559
mail :
≪位置図および写真≫

(『フォトエッセイ渡良瀬有情』東京新聞出版局から抜粋)

井戸沢口砂防堰堤(『足尾堰堤設備台帳』渡良瀬川砂防工事事務所から転載。以下、同じ)

深沢上流砂防堰堤

深沢砂防堰堤

仁田元砂防堰堤

内籠川一号砂防堰堤

深沢一号砂防堰堤

神子内砂防堰堤

足尾砂防堰堤

井戸沢砂防堰堤

井戸沢下流砂防堰堤

松木川一号砂防堰堤

松木川二号砂防堰堤

松木川三号砂防堰堤

足尾砂防堰堤の工事写真①昭和25年9月30日
(『足尾堰堤施工状況』渡良瀬川砂防工事事務所、昭和26年9月から転載。以下、同じ)

足尾砂防堰堤の工事写真②昭和26年1月31日

足尾砂防堰堤の工事写真③昭和26年4月29日

足尾砂防堰堤の工事写真④昭和26年末~27年初め頃か
(『足尾堰堤工事概要』渡良瀬川砂防工事事務所、昭和29年1月調整から転載)

現在の足尾砂防堰堤(撮影日 2021.4.2)
前を見る 前を見る 次を見る 次を見る
Copyright (c)2004 jsce-kanto All Rights Reserved.