応用力学Wikipediaプロジェクト

応用力学Wikipediaプロジェクトとは

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 従来、専門用語の意味を調べるには、各分野の専門書や用語辞典などを参考にしてきました。しかし近年では、文献などを調べる前に、インターネット上の百科事典であるウィキペディア「日本語版」(Wikipedia:http://ja.wikipedia.org)を用いて手軽に情報を収集する傾向が見られます。ウィキペディアには、一般の用語から専門的なものまでさまざまな用語の意味や解説が掲載されています。またGoogleなどのサーチエンジンを用いて、調べたい用語を検索すれば、一番上位の候補にウィキペディアの記事が挙げられることも多くあります。このように近年広く認知され、利用されるようになったウィキペディアを通じて、「専門家の有する土木関連の知見を社会に発信していく」ことを目的として、応用力学委員会ウィキペディアプロジェクトは活動しています。

専門家がウィキペディアを編集する意義

 ウィキペディアの特徴の一つに、「ウィキペディア上の記事を誰でも執筆・編集できる」ことが挙げられます。記事を編集する際には、ウィキペディアに利用者登録することが推奨されていますが、登録を行わなくても編集は可能です。ウィキペディアがこれほどまで広く普及した理由の一つとして、この「誰でも執筆・編集できる」特徴を挙げることができるでしょう。多くの人びとがウィキペディアの記事の編集に携わることで、幅広いジャンルの記事を充実させることができますし、新しい用語や追記事項が登場したときにも、比較的早く記事に反映することができます。しかし、この「誰でも執筆・編集できる」特徴は、必ずしも良い点ばかりではありません。誰が書いた記事なのかわからないため、ウィキペディアの記事の内容には必ずしも高い信頼性があるとはいえないといった欠点も併せ持ちます。また、匿名で記事を執筆・編集できるので、内容に対しての執筆者の責任は希薄です。ウィキペディアでは、記事の信頼性を向上させるために、執筆についての三つの基本的な方針が示されています。

  • 中立的な観点
      一つの物事に対して、特定の偏った側だけでなく、たくさんのあらゆる角度から見た観点を平等に書かなければならない。
  • 検証可能性
      すべての情報は信頼できる情報源を出典としなければいけない。また、その出典を明記すべきである。
  • 独自研究は載せない
      ウィキペディアは独自研究の発表の場ではない。未発表な情報を掲載してはいけない。

 ウィキペディアでは、これら三つの基本方針に従い記事を執筆しなければいけないとしていますが、すべての記事がこれらの方針を踏まえて編集されていないのが現状です。  ウィキペディア上の多くの土木用語には正しい内容が記載されていますが、偏った解釈の記述がある用語もまれに見かけます。また、ウィキペディアに登録されている土木用語の数は、まだ十分とはいえません。偏った解釈の用語の編集や、新規の用語の執筆に土木の専門家が貢献することは非常に重要です。さらに、専門家が率先してウィキペディア上で土木用語について議論する場を設けていかなければいけません。このように、学会の、あるいは学会員の有する専門知識をウィキペディアを媒体として正しく社会に発信することは、新しい社会貢献の形といえるのではないでしょうか。

ウィキペディア編集による学生教育

 さて、本ウィキペディアプロジェクトは2007年に発足し、土木学会の研究助成金(平成19年度重点研究課題)や応用力学委員会の支援を受け活動を行っています。プロジェクトのメンバーは、大学等の教員や研究機関の研究者で構成されています。また、プロジェクトメンバーが所属する各大学の4年生と大学院生にも編集作業に加わってもらっています。「ウィキペディアの基本方針」から明らかなように、記事の執筆には高度な専門性は必ずしも必要ではなく、大学の学部教育程度の専門知識を有していれば十分です。  「ウィキペディアの基本方針」に従って土木関連の用語についての記事を執筆するためには、その用語について複数の文献を調べ、それらを自分の言葉で要約し、土木を専門としない人にも伝わる言葉で表現する必要があります。学生が一連のウィキペディア執筆作業に携わることで、文献検索能力や文章作成能力が向上するなどの教育効果が期待できます。自分が執筆・編集した記事は、他人に加筆・修正されて洗練された記事になっていきます。その過程を見ることで用語に関する理解がさらに深まるという効果もあります。また、ウィキペディアを通じて有意義な情報を発信することが社会貢献であると理解すれば、ボランティア精神も培われるでしょう。

具体的な活動

 本プロジェクトでは、常時、編集委員がウィキペディアの土木関連用語のなかで修正が必要な用語やいまだ登録されていない用語を見つけ出し、編集や執筆作業に取り組んでいます。そして年に一度、執筆作業の報告と執筆した記事の内容を複数人で審査するために、プロジェクトメンバーと編集に携わった学生が全国より集まり合宿を行っています。 名の学生が参加しました。合宿ではウィキペディア編集だけでなく、他大学の教員や学生との交流も行われます。参加学生からは、他大学の学生の研究姿勢に刺激を受けたなどの意見も聞かれます。こういった活動を通じて、若手研究者(の卵)である学生の育成とともに、ウィキペディアに信頼性の高い土木関連用語を追加しています。

今後の活動の展開

現在、土木学会のような学術学会のプロジェクトとして、専門家グループがウィキペディアの編集を行っている事例は、応用力学委員会のウィキペディアプロジェクトが日本では唯一であり、本プロジェクトはウィキペディアで活躍している人びとから注目を浴びています。2009年11月22日に東京大学本郷キャンパスにて、日本で初めてウィキペディアの活動に焦点を当てたカンファレンス「ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2009」が行われました。応用力学委員会ウィキペディアプロジェクトを代表し、カンファレンスの人文セッション「ディスカッション:ウィキペディアと学び」のパネリストとして参加し、プロジェクトの活動紹介や、他のパネリストやウィキペディアの管理者の方々との貴重な意見交換を行いました。本カンファレンスにはNHKの取材も入っており、カンファレンスの取材内容を含めてウィキペディアの現状についての特集が2009年11月26日のNHK『ニュースウォッチ9』で取り上げられました。マスコミの注目の高さがうかがえます。  こういった注目度の高いカンファレンスへの参加や、本稿により、われわれの活動を広く知ってもらい、われわれが提案する「ウィキペディアを利用した学術学会の新しい社会貢献の形態」にご賛同いただき、ウィキペディアプロジェクトが土木学会の他の委員会や、他分野の学術学会でも発足してほしいと願っております。

(応用力学委員会ウィキペディアプロジェクトプロジェクトリーダー 吉川 仁)

出典:土木学会誌,95-3,2010,pp.54-56

 

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